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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 三章 幻惑の森
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48話 兄を魔法使いに殺された男

 男は、生き生きとした笑みを浮かべたまま、音もなく開きっぱなしの窓のふちに降り立った。しゃがんだままの男と、魔剣を構えたジャンの視線が交錯する。


 あたいはチラリと自分の杖の場所を確認した。完全に油断してた。あたいのリュックはファムちゃんのすぐ近くにある。


 男が空を見上げて口を開く。


「やったよ、兄さん……! 魔法使いをついに見つけたんだ!」


 あたいは聞き捨てならない言葉が聞こえて、きっと男を睨みつけて言った。


「あの、あたいたちは魔法使いじゃないけど」

「え?」


 男が首を傾げた。そして、さも当然と言うふうに、


「魔法を使ってるんだから、魔法使いだろ?」

「違う! 魔法使いは、人を攻撃する悪い賢者のことを言うの。魔法を使うからって、魔法使いじゃない!」

「ふーん。でもさ、僕の兄さんは、賢者に殺されたんだよ?」


 あたいは言葉に詰まる。なるほど、この人には相当な過去があったらしい。だからきっと、あたいが何を弁明しようが関係ないのだろう。


 自分の鼓動の音と、ジャンが大きく息を吐く音が聞こえた。そして男が大声で宣言する。


「だから僕は! 全ての()()使()()を殺してやると決めたんだ! ああ、君たちを殺す僕の名前を教えてやろう! 僕の名前は、()()()()!」

「気は済んだか!? ベラベラとうるせぇんだよ!」


 ついにジャンが男に攻撃を仕掛けた。男は窓の縁を蹴ってジャンの剣を避け、隣の民家の屋根に着地した。


 あたいはジャンに言う。


「ジャン! ある程度やっつけたら、街の出口まで来て!」

「おう! わかった! あとヒヨ、お前も油断すんじゃねえぞ!」

「わかってる!」


 あたいは辞典を持って自分のリュックの所へ走る。薬はさすがに諦めた。あたいはリュックとともにファムちゃんの手を取った。


「行くよ!」

「待って」


 ファムちゃんがそう言って、窓の外を見た。そして、テラロアへ人差し指を向けて、唱える。


「マジック」


 指先から線香の煙のようなものが出てきて、それは一本の縄のようにテラロアへと巻きついた。


 テラロアはそれに気づいていないようだった。そして、突然あらぬ方向を見上げる。テラロアは、驚愕に満ちた声で呟いた。


「メガルハ……兄さん?」


 瞬間、あたいの背筋が凍りついた。目の前のジャンも、驚いて剣を下ろした。


「ねぇ……兄さんって……」


 あたいはテラロアにそう聞く。しかしテラロアはまだ幻覚の中にいて、あたいの声は届いていないようだった。


 幻覚の中のテラロアは、突然形相を豹変させて、激昂する。


「ふざけるな! 兄さんは死んだんだ! 人間の裏切りと、邪悪な魔法使いの手にかかって、無惨に殺されたんだ! 僕は忘れないぞ! ()()()()()()()()()を!」


 アルミルティの、惨劇……?


「僕は心に決めたんだ! 兄さんを殺した魔法使いを、兄さんがされた分殺してやるって!」


 待ってよ、その言い方。その話。そんなの、まるでーーお師匠様が、生きてるみたいな。


「だから! 僕は!」


 テラロアが、唐突に剣を握っていない左の手のひらを宙に向けて、叫ぶ。


「魔法に手を出したんだ! 〇●■□!」


 それは、あたいの聞いたことの無い古代魔法。テラロアの手のひらが眩しく光ってーー空へ真っ白に光る人の頭ぐらいの弾を打ち上げた。


 あたいが窓に駆け寄り、体が落ちるような勢いでその弾の行方を追う。弾は、雲を貫通して空に大きな楕円を作り、なおも止まらずに星のようになって消えた。


「なんで、そんな魔法……」

「うあっ……」


 背後から、ファムちゃんの苦しそうな声がする。あたいが振り返ると、ファムちゃんは苦しそうに頭を抑えながら言った。


「魔法、壊された。うっ……」


 ファムちゃんが気を失う。あたいはファムちゃんのところへ走る。


「……俺に任せろ」


 すれ違う時、ジャンがあたいにそう言った。


 あたいはどう返すべきか迷った。ジャンに無理だよって言うべき? それとも、任せるよって言うべき?


 あたいは倒れるファムちゃんを看る。大丈夫、わかりやすく命に繋がるような異常は無い。


「……よくも僕を惑わしたな」


 殺気の込められた声が、あたいの脳に直接響くように聞こえた。


 息遣いが自然と荒くなる。早く決めないと。あたいは、どうすればいいのか。何をすればいいのか。


「メガルハ兄さんは、死んだんだ! そんな幻想を、よくもおおおおおぉぉぉぉ!」


 端正な顔が怒りに歪む。


 ーーここだ。


 あたいは紫の水晶の杖を引き抜いた。ああ、そういえば、昔もこんなことがあったっけ。


 ジャンに、当たらないように。


 集中。


「ハイドロ・トリサ・カッター!」


 今まさにあたいたちの部屋へ飛びかかろうとしていた男へ、あたいの杖から迸る三つの強力な水の刃が襲いかかる。


 男は剣でその二つを弾いた。嘘! 結構強い魔法なんだけど!


 けれど、最後のひとつは男の足元の瓦を抉り、男がバランスを崩す。


「今よ! ジャン!」

「ナイスだぜ、ヒヨ!」


 ジャンが窓から飛び出した。そして、男へと弾丸のごとく飛びかかる。


 窓の外で、金属が激しくぶつかる耳障りな音がした。


 今しかない。あたいはファムちゃんを抱えて部屋を飛び出す。その途中で身体能力をあげる魔法をかけ、宿を飛び出した。


 背後では、激しい破壊音が轟いている。いったいどんな状況なのか。ジャンは、大丈夫なのか。


 ーーううん。今のあたいたちがすることは、逃げること。それにきっとジャンは強いから、大丈夫だ。


 そんなことを考えながら、路地を曲がった時だった。


 曲がり角に、人影。


 あたいの中の警戒が鐘を鳴らす。ばっと顔を向けるが、そこに人はいなかった。


 けれど、あたいは確実にそれは見間違えではないと思う。あれは、きっと魔法使い。張り紙のはテラロアじゃない。きっと、こいつだ。


 あたいは走りながら必死にそいつを探すが、ついぞ見つけることはなかった。


 代わりにたくさんのモノを見つけた。


 金属の鎧に身を包んだ、屈強な人々だ。それも、あたいたちを見ているようだった。なんだか怖いわ。


 訝しみながらも、あたいは今は逃げるより他ない。必死に足を動かす。ようやく、街の出口だ。


 と、あたいたちの真上飛んだ何かが、あたいたちの影を通り過ぎていく。落下地点に目を向ければ、ボロボロのジャンた。


「ジャン!」

「なんなんだ、あいつ! 馬鹿みたいに強いぞ!」


 ジャンがあたいの横に並んで、そう愚痴る。そして、焦った表情であたいを見た。


「つーか、全然ダメージ与えられてねぇからすぐに追いつかれる!」

「大丈夫! あたいたちの目的地は、すぐ近く! このまま走れば……」

「走るにしろ、こんなチンケな速度じゃダメだ!」

「ひゃっ?!」


 何を思ったのか、じゃんがあたいをお姫様抱っこした! あたいは普通に動揺して、変な声をあげてしまう。


「ちょ、ちょっとジャン?!」

「ああ?! 非常事態だろ!」

「いや、そうだけど!」


 なんか……なんか!


「すごい、恥ずかしいっ!」

「〜〜口に出すな、バカ!」


 なんでジャンも照れてるのよ! あっ、あたいか口に出したからだったわ。とりあえず、今は後回し!


 あたいはジャンの顔を見るのがいやで、視線を後ろに向けた。すると、テラロアさんが見えた。それも、立ち止まってーー


「嘘でしょ?! まさか、ここで?!」


 あたいは急いで杖を取り出す。そして叫ぶ。


「◼️◼️●〇◽︎!」


 大地が盛り上がって、大きな壁を形成する。すると、五秒ぐらいしてから、壁が爆ぜ、少しあとに強烈な爆発音。


 ジャンはその爆風に身を任せてさらに加速したようだった。


「ヒヨ! 道!」

「このまま真っ直ぐ!」

「了解!」


 ジャンは走った。あたいたちを抱えて、ずっとずっと。


 途中からはもうテラロアさんの姿はなくて、ジャンの力の凄まじさを知る。もし今あたいたちを抱えているのがジャンじゃなかったら、あたいたちは今頃死んでいたわ。


 そして、その時は突然訪れる。


「おいおい、なんで霧が……」


 辺りが突然霧に包まれる。その霧に、あたいは魔力を感じた。


「着いた、着いたよ、ジャン!」

「あ? そうなのか? って、暴れるなって! 今下ろすから!」


 嬉しくてジャンの腕の中で身を捩っていると、ジャンが迷惑そうに、そして嬉しそうな声音であたいをおろした。


 あたいはファムちゃんを抱えたまま歩く。ジャンはあたいの隣に並んだ。


「不気味な感じだな」


 あたいはそれに無言で頷いた。なんか、神聖な雰囲気がひしひしと伝わってきたから。それに、この霧は自然のものじゃない。魔力で作られたものだ。それもすごい濃い。


 あたいは自然と息を飲んだ。


 進む途中で、ファムちゃんが目を覚ました。


「ファムちゃん、大丈夫?」

「……うん」

「なら良かったわ」


 あたいはほっとする。魔法が壊されるって、実はすごい怖いことなの。賢者にもわからない領域。


 ファムちゃんはまだ調子が悪いようで、あたいの腕の中から降りようとしなかった。


「おい、霧が晴れるぜ」


 ジャンが指をさして、あたいたちの方を振り向きながら言った。あたいもその方向を見ると、確かに光が見える。


 しかし、ジャンは剣の柄に手をかけていた。あたいも、こっそりと杖を握る。


 霧が晴れるーー


「ーーようこそ、賢者の弟子よ」


 そこは、石の街だった。


 見るもの全てが、灰色の無機質な石で作られた原始的な街だ。けれど、無秩序なようでいてどこか規則性のある不思議な街並み。


 そして、あたいたちへ歓迎の言葉を送ったのは、ひ弱で背の小さい老人だ。長く白いまつ毛と髭が、顔全体を隠すようだ。


 あたいたちはその姿を認めても、動けずにいた。警戒は、解けない。


「ほっほっほ。そう警戒せんでもよろしい。わしらは敵ではない」


 そう言われて、あたいはようやく肩の力を抜いた。まあ、ここで警戒する必要はないよね。だって、ここは賢者の聖地でーー


「しかし、味方でもございません」


 背後で、強烈な魔力の反応。


 あたいはばっと振り向いた。そこには、見たことも無い異形の化け物が、あたいたちに襲いかからんとしていた。


 その牙を、ジャンが剣で止めている。


「おい、どういうことだよ!」


 ジャンが叫ぶ。それに、老人は淡々と言った。


「ではわしが聞こう。なぜ、魔法使いを連れているのか、とな」


 あたいたちは、いつの間にかたくさんの人々、賢者たちに囲まれて、その視線はーーファムちゃんに向けられていた。

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