47話 魔法使い
「魔法使い、か……」
「本当にいると思うか?」
「うーん、どうだろう。でも、いると思うな」
「根拠は?」
「だって、魔法の残滓をいっぱいみたもん。ねぇ、フェムちゃん」
「うん」
あたいに聞かれてファムちゃんがこくりと頷きながら言った。可愛い。
この街には、普通の人は気づかないだろうが、異常なほどの魔力が漂っている。それも、窓から流れ出てきていたりするから驚きだ。同類なら、「あそこね!」ってなる。
ジャンはあまり興味がなさそうに、ふーんと適当に相槌を打ってから自分の剣の手入れを始める。あたいも荷物をいろいろと整理して、買ってきた素材で調合を始めた。
あたいとジャンが急に真剣になったので、部屋が一瞬で静かになる。ファムちゃんがあたいの隣にとてとてと寄って来た。
あたいは魔法辞典を読みながら尋ねる。
「読める?」
ファムちゃんは首を横に振った。可愛い。
「でも、魔法の素材はわかるんだ」
「うん。お母さんの、見てた」
「そっか」
ふとあたいはお師匠様の調合を見ていた時のことを思い出した。あの時は、あたいも全然文字が読めなかったから、懐かしいなぁ。
なんて思っていると、ファムちゃんがあたいの服の袖を引っ張る。
「多いよ」
「え?」
あたいはスプーンの上にとった粉末の量と、辞典に書いてある説明とを読み比べる。ほんとだ! スプーンの大きさが違った!
「ありがとう、ファムちゃん!」
ファムちゃんは心なしか満足した様子で、今度はジャンの方へとかけていく。
ジャンはそれを横目で確認しながらも、慎重に手入れを続ける。それがむっときたのか、ファムちゃんはちょいと腕を押した。
「うおっ、危ねぇな!」
ジャンが声を荒らげて注意すると、驚いたファムちゃんが表情を強ばらせてあたいの背中に隠れる。
ジャンは珍しく結構本気で怒っているようだ。あたいはファムちゃんの方をむく。
「ファムちゃん。それはダメ。怪我したら、どうするの?」
「治す」
「見た目は治っても、心の傷は治せないよ」
「魔法を使う。幻覚魔法」
ファムちゃんがとんでもないこと言ってる気がする。
でも、あたいはそれを頭ごなしには否定できなくて、頭をかいた。そして、結局人差し指をピンと立てて言う。
「それも違うの。それは、ダメ」
「なんで?」
「うーん、なんていうか……その……りんりてき? みたいな」
「道徳的に、か?」
「そう! それは、人としてあんまり良くないことだから、ダメ。魔法はもっと特別なものなんだから」
「……わかった」
ファムちゃんはそう言って、ベッドの上に寝転んだ。あたいは気づかれないようにふうと息を吐く。子供って、こんなに大変だったっけ。
それに、なんていうか、昔のあたいと似ている気がする。お師匠様、大変だっただろうなぁ。
「おい、ヒヨ。なんかすごい色になってるけど大丈夫か?」
「え? あっ、やばっ!」
あたいが調合をしていた試験管は、いつの間にか真っ茶色のくすんだ色になっていた。あたいは加熱を止めて辞典を読む。よかった! 茶色がはまだギリギリセーフだ!
あたいはほっと胸をなでおろして、また調合を続けた。
そうして四回目の調合を終わらせた時だった。
「ーー!」
あたいはばっと顔を上げて、窓の外を見た。窓の近くでは、ジャンがすやすやとベッドにもたれかかって眠っている。
あたいと同じものに気づいてか、ファムちゃんも顔を上げていた。
あたいはファムちゃんに聞く。
「感じた? 今の」
ファムちゃんはこくりと頷いた。
あたいたちは今、間違いなく感じたのだ。新たな魔力の流れ。魔法が発動されたということを。それも、かなり近い。
「……待って」
それは誰にでもない、あたい自信に尋ねた言葉だ。あたいは試験管に目を向ける。
調合をする時にも、わずかに魔力の流れが発生する。木が燃える時に煙が出るように、調合をすれば魔力が出るのだ。
あたいは再び窓に目をやった。穏やかな風が部屋に流れ込んでくる。
「まさかーー」
ボンッ。
窓の外で、何かが破裂する音。それと同時にそこそこの大きさの魔力の動き。
音でジャンが目を覚ました。
あたいは声を張り上げる。
「ジャン! 窓の外!」
「おう!」
ジャンが窓の外を見る。そこにいたのはーー
「やった! 魔法使いを見つけたぞ!」
ガタイと同じガッチリとした甲冑、使い込まれた鉄の剣、銀色の髪に整った顔が映える。
いいや、今は見た目なんてどうでもいい。ただ、あたいが気になったのはただ一点。
ーーこの人は、魔法使いじゃない。