42話 家族の時
風景が変わっていく。
どんな原理かはわからないが、きっと、あたいが今思い出した光景を映し出そうとしているのだろう。
その光景が映し出された時、あたいは、息を飲んた。
ーーあまりにも眩しい世界だったから。
そこはお師匠様と住んでいた懐かしの家の光景。まだ青い髪のあたいと、お母さんとお父さん、そしてお師匠様が机を囲んでいた。
「それにしても、君は相変わらず料理が下手だね」
「ええ、本当に」
「まずいー!」
「あなた方に言われては、わたしもそろそろ料理を諦めるしかないな……」
笑い声が起こる。見ているだけのあたいも、思わず笑ってしまった。
料理を運んできたのはお母さんで、きっと全部お母さんが作ってしまったんだろうと思う。あの野菜もきっとお師匠様は触らせてもらえてない。
過去のあたいは、あたいの覚えていない味を堪能しているみたい。ほっぺを抑えて楽しそうに食べてる。
「やっぱりお母さんのごはんおいしー!」
「それ、毎日言ってるわね。ありがとう」
「えへへー!」
一丁前に照れるあたい。チョロいなぁ。今のあたいはそれほどじゃないよ?
あたいはふと家の中を見渡してみる。
なんだか、あたいの知っている家よりはサッパリとしていた。本棚の魔導書の数も少ないし、薬草から薬を作るようなものも見当たらない。
「それにしても、お師匠様」
あたいはばっと顔を向けた。
お師匠様……?
「レーザ、その呼び方は勘弁してくれないか。まるで僕が偉いみたいじゃないか」
「あらあら。特例で大賢者になった人は偉いのね?」
「そうじゃないって……」
お父さんはやれやれと首を横に振る。随分と疲れが溜まっているようで、どの行動にもキレがない。
その疲れの元凶は、机の下から顔を出した。
「おとーさん!」
「ん、どうしたんだい? ヒヨ」
「あたいね! 夢があるの!」
「それはどんなのだい?」
ヒヨは、満面の笑みでお師匠様を指して、
「レーザと一緒におとーさんの弟子になって、賢者になるの!」
その時、あたいの胸の中の何かが熱を持った。
そうなんだ。あたいは、もうこんな時期から、こんなことを言っていたんだ。
あたいは目が熱くなるのを抑えきれなかった。涙が頬をつたう。
「そうかそうか。じゃあ、頑張ってくれ」
「うん! あたい、賢者になるよ!」
思い出の中のあたいは、そう楽しそうに宣言した。きっと、その言葉にどんな意味が含まれているのかはあんまりわかってないだろう。
でも、これだけはわかっていたのだ。
お父さんや、お母さんや、お師匠様は、かっこいいって。
「では、ヒヨはわたしの妹弟子になるのだな」
「うん!」
「ははは。楽しみだ」
いつの間にかお師匠様の近くに顔を出していたヒヨが、お師匠様に頭を撫でられる。ヒヨは嬉しそうに目を細める。
「いいや、妹弟子にはならないよ」
けれど、お父さんが突然そう言った。
お師匠様は、困惑した様子で、
「それは、なぜでしょうか?」
その問いにーー
「お前が今日から賢者になるからだ」
お師匠様が目を見開いた。その瞳がみるみると涙で満たされていく。
「ほんとう、ですか」
「ああ」
「わたしが、賢者に」
「ああ、そうだとも」
お父さんが立ち上がり、杖を取りだした。
「大賢者カルドは、弟子レーザを、今ここに、賢者として認めよう」
紫色の光が金の杖からほとばしり、朝日の差し込む部屋を紫に染め上げた。そして、光がゆっくりとお師匠様を包み込み、体の中に染み込むように消えた。
「今後も、大賢者を目指し精進したまえ」
「はい……はい……っ!」
お師匠様は、机に額が着くのではないかと思うほど頭を深く下げ、泣いていた。
ヒヨは、何が起こってるかわからないなりにお母さんとともに拍手をし、お師匠様を、新たな賢者を祝福していた。
その光景は、あまりにも眩しかった。今はすでにこの世にないもの。あたいがもう見れない景色から、なぜか顔を背けたくなって、あたいは窓を見た。
ーーピンクゴールドの髪の少女が、こっちをじっと見ていた。
「……え?」
少女は、逃げるように踵を返して去っていく。
あたいは、一瞬の逡巡を経て、
「待って!」
少女を追いかけ、扉を開けて玄関から飛び出した。
「あら? お客さんかしら」
最後にそんなお母さんの声と、金属の擦れる音が聞こえた気がした。