41話 あの日
無言の戦いが続いていた。
傭兵も魔法使いも何も言葉を発さずに、ただひたすらに筋肉を酷使し剣を振るい魔法を唱える。これが、二人にとっては誇りある戦いなのだろうか。
あたいはそう疑問に思う。だって、二人とも、とても辛そうな顔で戦っているのだもの。
男がローブの内側に手を入れた。
現れたのは、金色の杖。それをルトンさんに向けた。
「■○○ー△!」
古代魔法だ。それも、あたいが知らないもの。
何が起こるかとあたいは杖の先を凝視する。淡い黒色の魔法陣が展開され、中から出てきたのはーー
「あ、悪魔?!」
溶岩のような肌を持つ異形の怪物。あたいも魔術の本での絵でしか見たことの無い存在。
異界の動物、低級悪魔は上半身を露にした。
だが、下半身がこの世に現れることは無かった。
「……想像以上だ」
ルトンが、悪魔の体ごと魔法陣を切り裂いて、その上魔法陣の裏の男までもを狙った。
しかし男は奇跡的なステップで回避。だが……。
「……ふぅ」
金の杖の真ん中から先は、凹凸ひとつない断面を残して真っ二つに割れていた。
男は表情を変えず、ただ長く息を吐いた。
「まあ、こっちの方が都合がいいな」
そう呟いて、何を思ったのかその手をかかげた。
あたいは知っている。杖の先がどんな働きをしていて、今から男が何をしようとしているのか。
「◥=■」
ーーこれは、知ってる。
本来ならば、この魔法は一点集中の超爆発魔法。しかし、あの杖の状態ならばーー
杖の先が輝き、形が不揃いで歪んだ大きさの様々な魔法陣が、無秩序に出現した。
そのどれもが、淡い光を放つ。
「血迷ったか!」
「ああ、血迷ったさ」
「お主の妻はどうする!」
「あいつは! 死んだ!」
魔法が、発動した。
赤い熱を帯びた岩石が、噴水のように吹き出し、街を次々と破壊していく。
あたいの目の前にも落下して、あたいは仰け反った。けれど、あたいは夢を見ているだけなので、熱とかは感じなかった。まあ、当たり前よね。
ともかく、その激しい岩石の雨の中を、ルトンさんは淀みのない動きで進む。そして、なんと男との距離を詰めてしまった。
「せぇい!」
銀色の線が輝くーー
「……素晴らしいな」
男はそう呟いて後ろに飛んだ。杖を持ったままの手首が宙を舞うのを眺めながら。
右手を失った男は、血溜まりができることを気にもとめずに、残った左手で剣を構えた。
しかし、ルトンさんはもう剣を構えてはいなかった。
「……終わりだ」
「何を言っている」
「終わりだと言ったのだ。お前のその、心ここに在らずという状態では、わしもただ心が痛い」
「何を……?」
「お前の娘のことだ!」
ルトンが、かっと目を見開いでそう叫んだ。
「お前には娘がいたはずだ! 無論、この街のどこかにいることは間違いない。だが! お前のあの魔法で、いったいどうなったか!」
その瞬間、男が息を詰まらせたのを感じた。男は、左手の剣を取りこぼす。
今、この街は酷い有様だ。そこら中で消えない炎が燃え盛り、そらは灰色の煙に覆われている。もし、その娘が生きていたとしても、果たしてどんな状況か……。
「ーーヒヨ!」
男は駆け出した。あたいの名前を呼んで。あたいはその背中を追いかける。
男は今にも泣き出しそうな顔で走っていた。貧血のせいか、あたいよりも遅い走り。けれど、必死に娘を探していた。
そして、あたいの名前を呼びながら。
たどり着いたのは、元の広場。
「ヒヨ! ヒヨおぉ!」
そこにいたのは、あたいと、お師匠様と、そして亡くなったあたいのお母さん。
その時、やっとこの男の人は自分のお父さんなんだって実感した。お父さんは、あたいの元に駆け寄ろうとしてーー
「うあっ!」
燃える瓦礫に足を取られて転んだ。その炎が、服に移る。
「カルド!」
お師匠様がお父さんの名を呼んで掛けてきた。幼き頃のあたいは、ただお母さんの前でぼうっとしているようだった。
お師匠様が、お父さんの前で膝をつく。
「……僕は、僕は! あぁ、なんてことを……!」
「カルド! 早く火を消すんだ! その魔法は、術者にしか消せない!」
「いいや、レーザ。無理だ。僕にはもう、魔力も杖もない……。ヒヨは、ヒヨは無事か……?」
「ああ、無事だ。無事だよ!」
「なら、よかった」
お父さんが力なく笑って、左手をゆっくり握った。そして再び自嘲する。その目には、涙の粒が溜まっている。
「はは。哀れなものだね。人間に一矢報いた、いや、人間を痛めつけた代償が、これかい」
「もう、助からないのか……?」
「うん。そうみたいだ」
炎がお父さんの左手を包み込んだ。その手はもう娘には届かない。ゆっくりと、左手を娘へと伸ばした。
幸か不幸か、娘はそれに気づいて、ゆっくりと顔をお父さんに向けた。娘は、何が起こってるのかをまったく理解していないみたいだ。
「レーザ。最後の僕達の頼みを、聞いてくれ」
「ああ、聞くとも」
お父さんは、小さく息を吸った。
「娘を……ヒヨを、幸せにしてやってくれ」
そして娘へ、
「ヒヨ、愛しているよ」
お父さんの顔が、炎に包まれた。
涙は炎に抱かれて消えた。
お師匠様が、悲しみを堪えきれずに咽び泣く。
「すまない……! 本当にすまない……! アリア、カルド……!」
何かがフラッシュバックする。
ああ……。そうだ、そうだった。あたいはこの光景を見て、それで……。
「……あなたは、だあれ?」
お師匠様は、泣いたまま驚いた顔をして、そしてあたいを抱きしめた。
その瞬間、あたいは忘れていたことを思い出した。
あたいのトラウマに隠れた、家族の時間。