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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 三章 幻惑の森
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41話 あの日

 無言の戦いが続いていた。


 傭兵も魔法使いも何も言葉を発さずに、ただひたすらに筋肉を酷使し剣を振るい魔法を唱える。これが、二人にとっては誇りある戦いなのだろうか。


 あたいはそう疑問に思う。だって、二人とも、とても辛そうな顔で戦っているのだもの。


 男がローブの内側に手を入れた。


 現れたのは、金色の杖。それをルトンさんに向けた。


「■○○ー△!」


 古代魔法だ。それも、あたいが知らないもの。


 何が起こるかとあたいは杖の先を凝視する。淡い黒色の魔法陣が展開され、中から出てきたのはーー


「あ、悪魔?!」


 溶岩のような肌を持つ異形の怪物。あたいも魔術の本での絵でしか見たことの無い存在。


 異界の動物、低級悪魔は上半身を露にした。


 だが、下半身がこの世に現れることは無かった。


「……想像以上だ」


 ルトンが、悪魔の体ごと魔法陣を切り裂いて、その上魔法陣の裏の男までもを狙った。


 しかし男は奇跡的なステップで回避。だが……。


「……ふぅ」


 金の杖の真ん中から先は、凹凸ひとつない断面を残して真っ二つに割れていた。


 男は表情を変えず、ただ長く息を吐いた。


「まあ、こっちの方が都合がいいな」


 そう呟いて、何を思ったのかその手をかかげた。


 あたいは知っている。杖の先がどんな働きをしていて、今から男が何をしようとしているのか。


「◥=■」


 ーーこれは、知ってる。


 本来ならば、この魔法は一点集中の超爆発魔法。しかし、あの杖の状態ならばーー


 杖の先が輝き、形が不揃いで歪んだ大きさの様々な魔法陣が、無秩序に出現した。


 そのどれもが、淡い光を放つ。


「血迷ったか!」

「ああ、血迷ったさ」

「お主の妻はどうする!」

「あいつは! 死んだ!」


 魔法が、発動した。


 赤い熱を帯びた岩石が、噴水のように吹き出し、街を次々と破壊していく。


 あたいの目の前にも落下して、あたいは仰け反った。けれど、あたいは夢を見ているだけなので、熱とかは感じなかった。まあ、当たり前よね。


 ともかく、その激しい岩石の雨の中を、ルトンさんは淀みのない動きで進む。そして、なんと男との距離を詰めてしまった。


「せぇい!」


 銀色の線が輝くーー


「……素晴らしいな」


 男はそう呟いて後ろに飛んだ。杖を持ったままの手首が宙を舞うのを眺めながら。


 右手を失った男は、血溜まりができることを気にもとめずに、残った左手で剣を構えた。


 しかし、ルトンさんはもう剣を構えてはいなかった。


「……終わりだ」

「何を言っている」

「終わりだと言ったのだ。お前のその、心ここに在らずという状態では、わしもただ心が痛い」

「何を……?」

「お前の娘のことだ!」


 ルトンが、かっと目を見開いでそう叫んだ。


「お前には娘がいたはずだ! 無論、この街のどこかにいることは間違いない。だが! お前のあの魔法で、いったいどうなったか!」


 その瞬間、男が息を詰まらせたのを感じた。男は、左手の剣を取りこぼす。


 今、この街は酷い有様だ。そこら中で消えない炎が燃え盛り、そらは灰色の煙に覆われている。もし、その娘が生きていたとしても、果たしてどんな状況か……。


「ーーヒヨ!」


 男は駆け出した。あたいの名前を呼んで。あたいはその背中を追いかける。


 男は今にも泣き出しそうな顔で走っていた。貧血のせいか、あたいよりも遅い走り。けれど、必死に娘を探していた。


 そして、あたいの名前を呼びながら。


 たどり着いたのは、元の広場。


「ヒヨ! ヒヨおぉ!」


 そこにいたのは、あたいと、お師匠様と、そして亡くなったあたいのお母さん。


 その時、やっとこの男の人は自分のお父さんなんだって実感した。お父さんは、あたいの元に駆け寄ろうとしてーー


「うあっ!」


 燃える瓦礫に足を取られて転んだ。その炎が、服に移る。


「カルド!」


 お師匠様がお父さんの名を呼んで掛けてきた。幼き頃のあたいは、ただお母さんの前でぼうっとしているようだった。


 お師匠様が、お父さんの前で膝をつく。


「……僕は、僕は! あぁ、なんてことを……!」

「カルド! 早く火を消すんだ! その魔法は、術者にしか消せない!」

「いいや、レーザ。無理だ。僕にはもう、魔力も杖もない……。ヒヨは、ヒヨは無事か……?」

「ああ、無事だ。無事だよ!」

「なら、よかった」


 お父さんが力なく笑って、左手をゆっくり握った。そして再び自嘲する。その目には、涙の粒が溜まっている。


「はは。哀れなものだね。人間に一矢報いた、いや、人間を痛めつけた代償が、これかい」

「もう、助からないのか……?」

「うん。そうみたいだ」


 炎がお父さんの左手を包み込んだ。その手はもう娘には届かない。ゆっくりと、左手を娘へと伸ばした。


 幸か不幸か、娘はそれに気づいて、ゆっくりと顔をお父さんに向けた。娘は、何が起こってるのかをまったく理解していないみたいだ。


「レーザ。最後の僕達の頼みを、聞いてくれ」

「ああ、聞くとも」


 お父さんは、小さく息を吸った。


「娘を……ヒヨを、幸せにしてやってくれ」


 そして娘へ、


「ヒヨ、愛しているよ」


 お父さんの顔が、炎に包まれた。


 涙は炎に抱かれて消えた。


 お師匠様が、悲しみを堪えきれずに咽び泣く。


「すまない……! 本当にすまない……! アリア、カルド……!」


 何かがフラッシュバックする。


 ああ……。そうだ、そうだった。あたいはこの光景を見て、それで……。


「……あなたは、だあれ?」


 お師匠様は、泣いたまま驚いた顔をして、そしてあたいを抱きしめた。


 その瞬間、あたいは忘れていたことを思い出した。


 あたいのトラウマに隠れた、家族の時間。

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