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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 三章 幻惑の森
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40話 男、女性、英雄、お師匠様

 街が、瞬きのうちに消えた。


 それは否定しようのない事実で、ただ、少し付け加えるならば、その後のことも説明しなければいけない。


 ーー街が生まれた。


 無機質な灰色の、泥で作ったかのような奇妙で不気味な形の家々が、街が、生えてきたかのようだ。


 あたいは頭を馬鹿みたいに左右に振る。この光景が信じられなくて、同じ場所を六回は見直した。


 そして、その街の創造主は地面に降り立った。あたいの目の前だ。


「これは……報いだ。貴様ら、人間たちが、僕と妻にした仕打ちの、ほんの一部だ……!」


 どんどん怒りの熱が籠る声。あたいはその時気づいた。彼の四肢にも、女性にあったような、痛々しい傷の痕がある。


 きっと、彼はここまで耐えてきたのだろう。耐えて耐えて、だが耐えきれなかったんだ。


 賢者であることよりも、妻の命を優先した男。


 男が、元は広場だった場所の中心に横たわる女性のところへ向かう。


 ーーその次の瞬間だった。


 あたいの右側で、何かが爆ぜる大きな音がした。


 あたいと男が首を同時にその方向へ向ける。灰色の家々は、瞬く間に残骸とかし、その破壊はあたいたちの方へ向かってきていた。


 その元凶が、正体を表す。


「……うそ」


 あたいは、自分の目を疑った。


 だって、否定しようのない面影と、容貌をしているのだから。


「……魔法使いは、怖いか。ルトンよ」


 見た目は六十ぐらいの、老いた傭兵は、白銀の剣を構え男を睨んでいた。


「怖くなどないわい」


 ルトンさんが、そう呟いた。


「じゃがな、悪者は成敗せにゃならん。例えわしが望んでいなくとも、人々にとっては、望みなのじゃから」

「そうか。僕は、悪者か……」


 男が、そう口の中で反復して空を仰いだ。空にはまだ赤い魔法陣の名残がある。


 ゆっくりと朽ちていく魔法陣が、半分と少しまで消えた頃、男は呟いた。


「なら、悪者になりきろう。それが、僕のケジメだ」

「成敗っ!」


 ルトンが声を置き去りにして男との間合いを詰める。そして、あたいが視認できない速さで右下から剣を切り上げた。


 金属がぶつかる、耳に残る音。


 男は、赤い紋章が入った青い剣で斬撃を受け止めた。


 紋章が輝くーー


「むんっ!」


 ルトンさんが、岩盤のような硬さの灰色の地面をつま先でえぐり、一枚の板を盾のように蹴りあげた。


 炎は灰色の岩盤を包み込んだ。炎は消えることがなく燃え続ける。


 それを認めて、ルトンさんは表情を引き締めた。


「魔法使い殺しは、とても善なことだ。だがな! 魔法使いにも誇りというものがある! 負けてなるものか! メロウジスタの英雄うううぅ!」


 切っ先から、炎が激しくほとばしる。赤い軌跡がルトンさんのすぐそばを走る。その全てを、ルトンさんは避けて避けて避ける。


 目まぐるしく戦いの場所を変える二者に、あたいはついて行くことができずに、広場の女性の横でただ呆然としていた。


 真っ赤に燃えゆく街を見て、あたいはふと思う。


 これは、なんの幻想なのだろう。誰の夢なんだろう。頭の端が、先程から焦がされているみたいにチリチリと気持ちが悪い。


 あたいは、堪えきれずにしゃがみこんだ。その時、小さな声が聞こえた。


「……お、ねがい」


 それは、ともすれば聴き逃してしまいそうな微かな声。倒れていた女性が、死の間際に発した言葉だ。


「ヒヨを、ヒヨを……!」


 ……え?


 あたいは、女性の顔を見た。そのあたいに影がかかる。


「わかった」


 その声は、なんだろう。久しぶりに聞いた声音だった。


 あたいはゆっくりと首を回す。そして、目を見開いた。


「おし、しょうさま……?」


 若き日のお師匠様は、険しい辛そうな顔で、女性の前に佇んでいた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「約束通り、わたしが全ての片をつけましょう。……あなたの最後の望みを」


 その右手には、あたいの知らない真っ白な杖を握っていた。


 お師匠様は屈んで、女性の力の無い手を取った。震える声で、こう言った。


「あなたの夫を殺し、そして、あなたの娘を……ヒヨを、きっと、立派な姿に……!」


 その時、あたいには女性が微かに笑ったように見えた。


 同時に、その女性はーーいいや、あたいのお母さんは、静かに息を引き取った。


 お師匠様は、顔を俯かせて、


「あ"あ"あ"!!」


 そう短く叫んで勢いよく立ち上がった。何もかもを捨て去り、覚悟を決めたような勇ましく悲痛な叫びだった。


「カルド! 今、行くぞ! わたしが……救ってやる!」

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