38話 いざ出発?
幻惑の森の前に、小さな村がある。そこにたどり着いたのは、リリバの街を出でから二ヶ月ぐらいのことだ。
あたいたちはそこで、できる限り羽を伸ばしている。現に、あたいは……。
「あー……気持ちいいなぁ」
温泉に浸かってる真っ最中!
竹の仕切りで囲まれて、風景は堪能できないけれど、お湯よりも冷たい風が心地いい。あとお湯加減が最高!
この村は火山が近く、この温泉ひとつで頑張っているらしい。
これだけ心地良ければ、多少交通は不便でもいろいろな人が足を運ぶだろうなぁ。あたいは元から柔らかい筋肉がほぐれてく感覚を味わう。
それにしても、常々思ってたことだけど……。
「なかなか女の子との出会いって、ないなぁ」
リューリの街のエレちゃん以来、あんまり女の子と仲良くできる機会が無い。はっ! もしやあたいはもう男の子……?
なんて、馬鹿なことを考えて一人で温泉の中で笑う。
温泉は貸切状態。
あたいは一息ついてから立ち上がり、冷たい石畳に温まった足裏を置いた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「キタラさん、本当にありがとうございます!」
「ははは! 子供は大人に甘えればいいんだ! ほら、ジャンくんも」
「あ、ありがとうございます」
あたいたちの前にはたくさんの豪華な晩御飯が並んでいる。あたいもお金を出すと言ったら、さっき言ってたみたいに断られちゃった。
あたいたちは、これまでもたくさんの大人にお世話になってきたから、ちょっと慣れてしまった。そしてその度に思う。
あたい達がおっきくなったら、次はあたいたちが助けてあげるんだ!
……その次はいつかなぁ。
そんなことをぼんやり考えるついでに、焼き魚を口に運んだ。レアな焼き加減がパンに合う。
「なあ、この次が幻惑の森なんだよな?」
ラム肉を頬張るジャンが、頬を忙しなく動かしながらあたいに尋ねる。それに、あたいも口に物を入れたまま頷いた。
「ふん。ほうはよ」
「ちゃんと口の中は空にしてから喋れって」
「……ん、ジャンだって」
「お互い様だな! はふは!」
「キタラさんも!」
まったく、揃いも揃って行儀が悪いんだから。
あたいたちは一斉に破顔して笑い合う。
なんだか、こうしているとお師匠様のことを思い出す。一人多いし、お師匠様はいないけれど、だけどよく似た温かさがここにある。
あたいは込み上げてくる感情を、冷たい水で喉の奥に押し込んだ。強がったっていいでしょ?
「それで、なんか作戦というか、そういうのはあるのか?」
「え? うーん……」
あたいは考える。キタラさんがいるから、あんまり魔法は使いたくない。何個か新しい古代魔法とかも覚えたし、キタラさんも良い人だけれど、やっぱり怖がらせたくないしね。
「ジャンに任せる!」
「だと思ったよ!」
そう声を荒らげるも、口角はしっかりつり上がっていて、もうすでにわくわくしてるみたい。男の子ね!
「それじゃ、小さな傭兵さんに旅路を頼もう!」
「おう! 俺に任せな!」
ジャンが胸を張って、その真ん中をどんと勢いよく叩いた。その衝撃で若干むせる。あたいはまた笑った。
まあ、もしもの時はあたいもこれまでみたいに魔法を使うわ。あたいだってちょっとわくわくしてるの。
危険が楽しみ、なんて、あたいたちも平和ボケしたわね。
目的地まではあと少し。頑張らなきゃ!
ーー ーー ーー ーー ーー
「……なんか、怖いね」
「だな。不気味だぜ」
幻惑の森。そこは、あたいたちの思っていた以上に普通で、それがかえって怖かった。
青々しい葉を風になびかせる木々は、あたいたちがよく見るものとまったく同じ。道も、虫も、鳥だって普通にいる。
でも、いやに静かな空間だ。あたいは怖くて、馬車の荷台の荷物をひとつ掴んだ。
「そうかい? 俺には至って普通に見えるぞ」
御者台から、キタラさんの声が聞こえてきた。やっぱり大人は感じるものが違うのかな。
普段通りの声音だったから、あたいはそれで少し安心した。
その次の瞬間。
「うわっ?!」
大きく馬車が揺れた。頭に跳ねた荷物が当たって、あたいは痛みに目をつぶる。
「いたた……。ジャン、大丈夫?」
そう隣にいるジャンに声をかけるも、返事がない。あたいは目を開ける。
「……あれ?」
けれど、そこは馬車の荷台の中ではなくーー
「ここ、どこ?」
見慣れない、街の中だった。