34話 親子激突
ジャンを連れて、あたいたちは件の峡谷を下っていく。道はあたいが最初に降りたところで、二回目なのにあたいにはかなりキツかった。
ジャンは素知らぬ顔で、深呼吸ひとつもせずに最下層まで降りてきた。解せない……。
「へー。結構深いんだな」
「あっ。あたいと同じ感想抱いてる」
「誰でも思いそうなことだけどなぁ」
あたいたちは空を見上げる。今日はまだ快晴だけれど、遠くに分厚い雲があったから、少しぐらいは雨が降るかもしれない。
そんなことを考えながら、あたいはジャンの先を歩いた。
「こっちだよ」
峡谷の端。暗い別世界へと歩みを進める。あたいはまた光源を発射して視界を確保して、ネズミを遠ざけた。
まだキュウキュウと鳴き声がするけれど、ジャンがいるからまだ安心出来る。
そうしてしばらく歩いて、目的地にたどり着いた。
「……こりゃ、すごいな」
ジャンが、崩れ落ちた黒いゴーレムを眼前にしてそう呟いた。そこには倒した者への敬意の色が濃く表れていた。
あたいがゴーレムのすぐそばに光源を配置すると、ゴーレムの体を住処にしようとしていたネズミたちが散っていった。
「あ、あたいのリュックだ!」
あたいは自分のリュックに駆け寄る。そして持ち上げようとして、
「うげっ。血でベトベトだぁ……。うーん。これはもうここでバイバイかな。結構気に入ってたんだけれど」
「それはいいんだが、お前、ネズミの死骸をそのままで運ぼうとしてたのか。猟奇的だな」
「そう言われるとあたいも否定できない……っ!?」
た、確かに……。そう考えると、どっちにしろ街の手前でこのリュックは手放していただろう。
底の方が赤黒く染まったリュックに、あたいは両手を合わせた。今までお疲れ様。
「それで、こいつはなんなんだ」
ジャンが剣でゴーレムを指した。
「ゴーレム……なんだろうけど、こんなところにいるような強さじゃないのよね。あたいの古代魔法も効かなかったし」
「あの発音出来ないやつか。……ってか、もしかしてだけど、ゴーレムが生物として認識されたんじゃあるまいな」
「生物?」
「ほら、その魔法の欠陥というか、出来ないことがあるだろ。さすがに人間にポンポン撃って破壊するなんて出来ねぇだろうし」
「ああ、なるほど!」
あたいは脳内の辞書から、この魔法の詳細を引っ張り出す。
「……物質の消滅と生成を行う。尚、魔力で加護された物体や、魔導機などには効果がない」
「なるほどな。で、ゴーレムってのは?」
「一応、物質だけれど……これは、加護と魔導機であることの両方だと思うわ」
確かゴーレムは魔導機のひとつでもあったはずだし、そもそも魔力で動いているから、加護も受けているだろうし。
「そりゃ効かねぇわな」
ジャンがツンツンと切先でゴーレムの岩石をつつく。その拍子にガラリと崩れ、内側から紫色の水晶が現れた。
「ゴーレムの、核」
と、そこで思いついた。
「そうだ!」
あたいは目の色を変えてその水晶に飛びつく。触って確認してみると、やはり強力な魔力を感じた。
「これ、杖の素材にできるわ! やっと古代魔法の種類増やせる!」
「またあの最強の魔法増えるのか……。お前、実は凄いんじゃないか?」
「へへーん。そんなことないよー」
でも、そう言われると嬉しいわ! あたいは上機嫌になって、水晶をローブのポケットに入れた。
加工は……メロンさんに頼んでみよっかな。自分でも出来そうだけれど大変そう。
……やっぱり頼りっぱなしで悪いし、自分でどうにかしてみようかなぁ。
「おやおや」
なんて考えていたら、昨日聞いたあの優しそうな声が、背後から投げかけられた。
あたいは自然に。ジャンは緊張か身を固くして、機械仕掛けのような動きで振り向く。
やっぱり来るだろうと思ってた。
「どうも、ルガムさん」
「やあやあ。……それと、久しぶり、かな?」
笑顔で佇むルガムが、顔を伏せたままでいるジャンに話しかけた。
しかし、ジャンは強く剣の柄を握ったままでいる。
「ちなみに、なんであたいがまたここに来ると思ったのか、聞いてもいいですか?」
「簡単だよ」
やっぱり優しそうな笑顔をして、
「君は賢者だろうから、あのゴーレムを放っておくわけないだろう?」
「……あはは、バレてますよね」
乾いた笑いで誤魔化しても、ルガムの視線はあたいから逸らされない。代わりにあたいが首を回して、助けを求めるようにジャンを見る。
しかし、その時ジャンはすでにそこにおらず。
直後、金属のぶつかり合う激しい音が、左耳を突き刺した。あたいはその方向を見る。
ーージャンが、鬼の形相でルガムに斬りかかっていた。
「俺たちの邪魔をすんじゃねぇよ、クソジジイ」
「あはは。反抗期かな、ジャンくん。成長したね。感慨深いよ」
「適当なこと言ってんじゃねぇ!」
ジャンが剣を振り切る。ルガムが笑って飛び退いて距離を取る。ジャンが舌打ちをして、その距離を一瞬で跳んで詰める。
「いい動きだ。やっぱり、成長したね」
「嫌でもな! それが、じっちゃんの血だ!」
ジャンはまた斬りかかって、横に縦に袈裟に次々と剣撃を放っていく。
対して、ルガムはーー
とても、悲しそうな笑顔で、全てを捌いていた。
「そう、だよね」
感情を剣に込めて振るうジャン。また、一歩踏み込もうとしてーー
「じゃあ、僕には勝てそうにないかな」
ジャンが踏み込もうとした地面は、ルガムに円形に切り落とされ、ジャンの踏み込みで、水の上を跳ねる石のように飛んでいく。
それも、あたいの右足のすぐ傍を。
固まるあたいの視線の先で、ジャンは足場を文字通り取られて、大きく転んでいた。
「まあ、これも親父の血、だよね」
「……けっ」
ジャンが立ち上がって、ルガムを睨みつける。子供の目線にしてはいやに鋭い。
けれど、それを微笑ましいものを見るかのように、ルガムは目を細めていた。
「……僕は別に君たちに危害を加えるつもりはないよ」
「どの口がそれを!」
「ただ、ちょっとジャンくんと遊んでみたくってね」
「ーーまた! ジャンくんジャンくんジャンくんって……! あんたは俺のっ!」
「じゃ、またね。賢者ちゃんと英雄の孫くん」
ルガムはひらひらと手を振って、容易く崖を跳躍で登って行った。
あとに残されたあたいたちは、なんとも言えない雰囲気の中で、ただ二人、突っ立っていた。
あたいの心中は複雑だ。果たして、あたいのこの行動に価値はあったのか。ジャンの傷を広げ、ルガムの後悔を掘り下げただけではなかったのか。
……ううん。あたいは自分の行いが正しいと。正しくはなくとも、間違いではなかったと思おう。
「クソっ、クソっ、クソっ……!!!」
ジャンが、悔しそうに空を見上げた。
「あのクソ親父が……!」
空から一滴の雨粒が、ジャンの額に落ちた。