33話 あたいの作戦!
「帰りました……」
あたいは倒れ込むように扉を押し開けて、覚束無い足取りで薬を広げていたスペースに倒れ込んだ。
薬が乗った紙の角がふわっと浮き上がった。
「って、凄い売れてる?!」
「当たり前だ。お前、自分の設定した値段わかってんのか?」
「必要最低限の価格設定だけれど……」
「それが破格過ぎたんだよ! ほれ、これがお前へのチップだ」
メロンさんが水と重たそうな袋を持ってやって来た。
あたいの目の前に置かれた袋は、着地と同時にジャランジャランと景気のいい音を立てた。
「それで、どうだった」
「ちょっと、強い敵がいて、負けちゃいました。代わりにルガムさんに助けていただきましたけど。あ、お水ありがとうございまーー」
「ルガム?」
その疑問符はジャンのものだった。
あたいは言ってはいけないことを言ったような気がして、メロンさんから水の入ったコップを受け取って固まった。
これ、ジャンには言わないでおこうと思ってたのにーー
そう考えているうちに、ジャンはすぐ側に立っていた。
「それ、本当か?」
ジャンが少し緊張した顔つきであたいに問いかける。
あたいはコクリと頷いた。
「そうか……」
ジャンは肩を落として呟いた。やはり嬉しくない話だったのだろう。剣の柄を爪でカツカツと叩くのは悩んでいる時の癖である。
「で、でも! ……なんか、楽しそうにジャンのこと、話してたよ……?」
「そうか。……ま、あいつの話なんて、俺には関係ないからな。あいつにとって、俺は家族じゃないんだ。あんな小さな頃だったからって忘れるもんか」
柄を叩いていた手が、柄を強く握りしめた。
「何が“ジャンくん”だ。ふざけるなよ。ーー俺は他人かよ、クソ野郎」
あ、とあたいは心の中で呟いた。声に出なくてよかった。
そうだ。ルガムは、ジャンのことを必ず“ジャンくん”と呼んでいた。それはルガムの決意と後悔の表れであって、決して、決して悪い意味じゃない。
けれど、どう説明しようと、ジャンには届かないのだろう。あたいの言葉じゃ。
だからと言って、あたいはどうすることもできない。ここにあたいが関与する余地は無いのだ。
「そ、そういえば、ジャンはいっつも何をしてるの?」
あたいは無理やりに話の方向を曲げた。
「ん? ああ、賢者様の部屋から持ち出した剣をさ、直してもらってるんだ。俺はその素材を取りに行ってるのさ」
「困ったもんだ。やっすい仕事を受けて金を稼いで、そのついでに素材を集めて、それで俺に修理を頼んでんだ。さすがの血筋だなぁ?」
「ルトンの孫だからな!」
すぐに調子を取り戻したジャンが、誇らしげに胸を張った。あたいは思わず笑う。
調子が良すぎて、さっきまでの悩みが吹き飛んでしまいそうだ。
あたいは少しだけ元気と勇気が出て、身を乗り出してジャンにお願いした。
「じゃあ、あたいからも一個だけお仕事頼んでいい?」
「なんだよ、改まって……」
「ちゃんとした依頼。報酬も出すから」
「うう……。なら、言ってみろよ」
あたいはニッコリと笑って言った。
「あたい、今日ゴーレムに襲われて荷物を置いてきちゃったから、その回収! お礼は五〇〇ペリよ!」
「安い仕事だなぁ。言っとくけど、難易度が高かったらその分上乗せしてもらうからな?」
「…………う、うん」
「なんだ今の間は?!」
いやぁ、だってさ……。きっとあたいの意図を知ったら、五倍とかにあげられそうだし……。
「ま、まあいいわ! よろしくね!」
「いいんだな? ほんとにいいんだな?」
「も、もちろんよ! 薬屋ヒヨの財産を舐めないで頂戴!」
「最近金欠だったはずだがなぁ」
ジャンの指摘に、あたいは思わず破顔する。そう、こういうやり取りが楽しいんだ、ジャンと一緒にいると。
しばらく笑ってから、あたいたちは二階の部屋で寝る用意をした。
さあ、明日はあたいが頑張らなきゃ!