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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 二章 とある最強家族
33/79

32話 英雄の子

 ーーメロウジスタ戦争というものがある。


 あまりにも有名過ぎる話だ。魔女が王として君臨した魔女国家、メロウジスタを、現王国が魔女狩りとして潰した、というのがあらすじである。


 そう、人間は、魔女を()()()のだ。


 以来、魔法使い狩りは頻度を増したとも言われている。


 けれど、メロウジスタの英雄って言ったら、おとぎ話のような、非現実的な能力を持つ神の使いのような人間のはずだ。


 それが、あのルトンさん?


 ……にわかには信じられない。あたいは絶句したままルガムを見つめた。


「……うん、まあ、信じられないよね。あはは、冗談さ」


 ルガムは罰が悪そうに肩を竦めた。そして顔をあたいから背ける。顔は笑みを称えたまま。


 あたいの中でもうひとつの衝撃的な話が、ルトンさんの話の影から湧き上がってきた。


「……ジャン、の?」


 思わず零れたあたいの言葉に、ルガムはピクリと口の端を引き攣らせた。


「……ジャンと、知り合いなのかい?」

「うん」

「そうか……」


 ルガムは何かを忘れるように頭をかいて、あたいの方を向いた。そして告げる。


「ジャンくんは強いかい?」

「うん、すっごい強いよ」

「そうかそうか」


 ルガムはニッコリと笑ったけれど、なんだか寂しそうだ。けれどそれを指摘する前に、ルガムはあたいに手を差し出した。


「さあ、危ないから、一緒に行こうか」

「はい、ありがとうございます」


 あたいはおずおずとその手を取った。なぜかルガムへの警戒を解けないまま。


 しかしその理由はすぐにわかる。


「ーーそんな玩具の杖じゃ、なんの役にも立たない」


 ぞっと、背筋を氷が這い登ったような悪寒が走った。


「……そう、で、すね」


 あたいは曖昧に笑って、その杖をローブの中に入れた。


 これじゃ、足止めも出来そうにない。


ーー ーー ーー ーー ーー


 リュックを下ろしていたのは僥倖だった。おかげでネズミを見られずに済んだ。


 ルガムはあたいを単なる好奇心旺盛な少女と見たようで、それ以上魔法使いについて追求はしてこなかった。


 代わりに、ジャンの話をすることになったのだけれど。


 あたいは旅の話をした。もちろん、旅とは言わず、ちょっと遊びで潜った、と語った。


 狼を突き刺したり、蜂を両断したりした話だ。


「そうかいそうかい。ジャンくんはそんなに勇敢になったんだねぇ」


 懐かしむような口調で、ルガムは朗らかに笑った。ちょうど空から光が降り注いでいて、見上げるあたいには少し眩しい。


 けれど、空は雲が疎らにかかっていた。


 あたいは意を決して尋ねる。


「あの、なんで、ジャンのところから居なくなったんですか……?」


 警戒か緊張か敬語になってしまった。


「簡単さ」


 ルガムがそう語り出した。


 空一面は雲に覆われていた。


「僕が、殺人者だからだよ」


 ルガムは、笑顔でそう答えを述べた。


「僕は、親父ほど戦いに目的を持ってなくてね。戦いのためならなんでもしたよ。傭兵にもなった。山賊にもなった。衛兵の詰所を潰して回ったこともある」


 話すルガムの顔は険しく、あたいは尋ねたことを後悔したほどだった。


 その表情が、にわかに柔らかくなった。


「……けれど、妻を持ったんだ」


 ルガムは空を見上げた。


「強い女性だよ。荒れていた僕を諭して、戦いの無益さを説いてくれた。あの凶暴だった頃に……。おかげで僕の悪行は絶えた。子もできた。それが、あのジャンだ」


 ルガムが短い髪を撫で付けた。ジャンよりも淡い色の髪の毛が跳ねる。


 その横顔に憂いが差した。


「でも、結局ダメだったなぁ。戦いを失った僕は、自分を抑えきれなくなって、妻にも暴力を奮ってしまった。酷い話だ。そして、我に返ったとき、僕は真っ先に家を飛び出した。愛剣だけを持ってね。そして、いろいろあって今はここにいる」


 あたいたちは階段を登った。すれ違った警備の人にあたいは目もくれず、ただ俯いて、段差に気をつけて、ルガムの話を聞いていた。


「そんなことがあったから、僕はジャンくんの傍に居られないのさ」

「でも!」


 あたいは声を荒らげる。


 でも、それは違う。


「子どもなら、お父さんに、近くに居てもらいたいものなんですよ!」


 だって、あたいはお師匠様を失ってこんなに悲しくて寂しかったから。


 だから、ジャンだって同じなんだ。


 あたいはルガムさんの目をじっと見つめた。


「……そういうもの、かな」


 ルガムさんが最後の階段を登った。


 空は晴れ切っていなくて、まだ白と青が混ざりあったような、モヤモヤした表情をしていた。


 あたいは何も言わずにルガムの後ろから地上に出たのだった。

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