30話 メロンさんは優しい
その次の日から、あたいは早速薬をメロンさんの工房の隅っこで売ることにしたのだけれど……。
「……お、お客さんこないね」
「おう、そんなもんだ」
メロンさんが作業の片手間といった調子でそう返した。
メロンさんはお客さんが来なくても忙しそうで、カンカンと金槌を振るう姿がよく見られる。
けれど、あたいはお客さんがこないと、何もすることがない。まあ、ブックカバーを付けた魔導書の解読が出来るからいいけれど……。
ジャンは朝起きたらすでにどこかに行ってしまっていて、一人で朝ごはんを食べる派目になったし。
自分の知り合いの家なのだから、もう少しあたいのことも考えて欲しいわ。
「そういや、今日の朝、ジャンから聞いたんだがよ」
メロンさんが熱した金属を水に入れて、冷ますついでにあたいに顔だけ向けた。
「お前は賢者なんだとな」
「……うん。そうだよ」
あたいは魔導書を膝の上に開きっぱにして、同じく首だけ回して目を合わせた。ブックカバーの意味、なかったわ。
「どうだ、大変なのか。今も難しい顔でぶあっつい本を読んでるが」
「んー、そんなに。あたいは好きでやってるもの。新しい魔法を覚えるの、すごい楽しいんだよ?」
「へぇ、勉強が大嫌いな俺にゃわかりそうにねぇな」
皮肉げにメロンさんが笑った。あたいにとってはあんまり勉強ってつもりじゃないから首肯しかねる。
メロンさんが水の中から金属を取り出した。ナイフの形をしているそれをじっくり眺めて、そして息を細く吐いてから言った。
「この街の警備隊には気をつけろ。あいつら、ちょっと不思議な薬でも勝手に検挙しやがる」
「……それ、あたい危なくない?」
「ああ。だが日常生活でお前が持ってきたような薬は貴重品であり必需品でな。特に、職人の怪我は、この街で許されたような薬じゃ雀の涙ほどの効果しかねぇからな」
なるほど、とあたいは納得する。職人さんの怪我っていったら、大きな火傷だったり深い切り傷だったりするかもしれない。
それだったら強力な薬が必要だものね。
「なら、いっぱい薬作ろうかな」
あたいは本をパタリとたたんで立ち上がった。
「ねえねえメロンさん。この辺りの地図とかってある?」
「おう。そこの引き出しに入ってるから好きに見ろ」
「ありがとう!」
あたいは言われた引き出しを開けて、中に丸められた羊皮紙の地図を見つけた。そして、元の位置に戻って広げる。
「大きな森……は、ないね。そうなると峡谷の中とかかなぁ。あんまりキノコだったり魔物の内臓だったりの薬は作ったことないけれど……」
あたいはその隣に辞書を開いた。いろいろな薬になる素材を持つ魔物の図鑑だ。
「ねぇメロンさん。切り傷と火傷だったらどっちが多い?」
「圧倒的に火傷だ。どこのやつもそうだろうよ」
「わかった!」
あたいは洞窟とかの暗く狭いところに住む魔物に目星を付けて見ていく。そして見つけた。
「黒ネズミ。洞窟の中に住んでて、火の魔石や魔物の攻撃などで火傷をした時のために、火傷を治す成分を含まれた唾液を持つ。互いに舐め合い……火傷治しの素材になる。これだ!」
あたいは立ち上がって、二階に駆け上がっていった。そしてリュックを引っ掴んで階段を駆け下りた。
「それじゃ、あたいはちょっと採取に行ってくるわ!」
「おう。本当に、警備には気をつけろよ。俺はそこまでの面倒は見れねぇんだ」
「たぶん大丈夫。あと、人が来たらその薬、一本五〇ペリで売っといて!」
「五〇?! 待て、さすがにそれはーー」
「じゃあもうちょっと安くてもいいよ! 行ってきます!」
あたいはメロンさんの言葉も聞かずに家を飛び出た。
ジャンじゃないけれど、あたいも実は冒険とか探検っていうのが大好きなのよね。峡谷がどんなところなのか楽しみだわ!
あたいは危険も忘れて、喧騒の中に紛れ込んだ。