29話 職人さんの家
ジャンに案内されたのは、職人街の薄暗い路地裏の先。そこにひっそりと佇むトタン屋根のサビれたーー文字通り錆びたーーお家。
「……ルトンさんのお家より寂しいわね」
「お前の家もなかなかじゃなかったか?」
「あれは可愛いさびれ方なの! ……もう跡形もないけどねっ」
「賢者になって帰ったらまた建てればいいだろ?」
ジャンが平然とそう言う。……まあ、そうだけど、さ。
あたいは少し想像してみた。あたいとジャンとで頑張ってお家を建てて、そこにあたいがなんとか持ち出した思い出の品と、いろいろを飾って……。
「……ぐすっ。いいね、それ」
「だろ?」
思わず涙が出てきてしまった。
そこに今までの思い出はないけれど、きっとこれからの思い出はたくさん溜まっていくんだろうなぁ。
まだ出来てもないのにあたいは感慨に浸る。というか、戻れるかもわからないのに。
「ま、実際この家は、外も中も見た目通りだけどな!」
「散々な言いようじゃねぇか?」
「うおぉあ?!」
ビクゥッ! と、扉に背を向けていたジャンが驚いてあたいの背後に隠れた。あたいもビックリして心臓が飛び出そうだったけどね!
いつの間にか開いていた扉から現れたのは、スキンヘッドの大柄な男。サングラスを掛け、筋骨隆々な肉体をタンクトップで惜しみもなく露見させている。
「め、メロンのおっちゃん……。ビックリするからそんな急に出てこないでくれよ」
「人の家を散々言っておいて勝手だなぁ、ええ? ……ん? なんだそいつは。彼女か」
「急に何言ってんだよ!」
「あ、全然違います」
「うん。その反応が正しいんだけどさ……」
正しい反応を示したのに、ジャンがなぜか悔しそうに俯いた。「そうなんだけどさ……」とかなんとか言っている。
そんなジャンは置いておいて、あたいはメロンと呼ばれた男の人を見た。身体にメロンをくっ付けたみたいに丸い筋肉が僅かな光に黒々と輝いている。
「……ここの街の人って、みんなすごいのね」
「まあこっち側はな。みんな職人としての腕も肉体も磨きまくってる」
すごいなぁ。でもちょっと引いちゃいそう。すごいんだけれど、路地も狭くて圧迫感が……。
けれどどうやらメロンさんは良い人みたいで、あたいは心のどこかで久しぶりの安心感を抱いていた。
ここまでの道のりはなかなか過酷で、気の休める時間がなかったから。
「なあジャン。ルトンのじいさんはどうしたんだ」
「じっちゃんはちょっといろいろあったんだ。また今度話すよ」
「ほう。そうか……。それで、お前は何をしに来たんだ」
「それも話すと長くなるんだ。けど、まずはここにしばらく泊めて欲しいんだよ」
「泊める、ねぇ」
メロンさんは自分の後ろにある家を振り向いて、
「……この外見通りの内装の家にか?」
「うっ、それはちょっと効くなぁ……」
ジャンが両手を上げておどけてみせる。自分で墓穴を掘ってて、哀れだわ……。
やっぱりジャンは戦い以外ではあんまり役に立たないなぁ、って思ったり。これで何度目かな? なんてね。冗談よ。
メロンさんがガリガリと禿げた頭をかいた。
「ま、別に構わねぇけどな。二階を好きに使ってくれや。俺はどうせ一階しか使わねぇ」
「おう、サンキューおっちゃん! 恩に着るぜ!」
「ありがとうございます!」
「いいってことよ。……ま、多少なりとは働いて貰うけどな?」
ニヤリとサングラスの奥の瞳が笑って、あたいたちに向けられた。ジャンは「おぅ……」と呻いた。
「もちろんです!」
ジャンの代わりにあたいは大きく返事をしておいた。ジャンってば面倒くさがりね! 親しき仲にも対価は必要なのよ。
「あ、それと、あたい薬を作るのが得意なんです! だから、そのお金もお礼としていくらかあげますね!」
「そりゃ助かるな。それなら、うちの一階で売っててくれても構わねぇぞ。練り歩くのも大変だろう」
「そうします!」
やったね! これで売る場所も確保できたし安泰! エレちゃんからお礼と言われて貰ったお金も結構少なくなってたのよね。
上機嫌なあたいの隣からジャンが顔を出した。
「……こんな店に客なんて来んのか?」
「ジャン。お前は泊めて欲しいのかたたき出して欲しいのかどっちなんだ」
「ごめんってば! 俺もちゃんと手伝うから!」
また自分で墓穴を掘っている。あたいは呆れて笑った。それに釣られてか、メロンさんも鼻で笑った。
居心地が悪そうなジャンは苦笑いを浮かべていた。
「それじゃ、中を案内しようか」
メロンさんに連れられてあたいたちは家の中に。一階は思ったよりも広くて、大柄なメロンさんでも悠々と歩けるぐらいには通路もある。
そして何よりも、見慣れない様々な道具や液体、塗装のペンキだったり金床や竈と多種多様なものが集まっていた。
「これ全部使うの?」
「仕事があればほとんどは使うな。俺は道具の修繕を生業にしてて、錆をとったり刃こぼれを直したり、いちから作り直すこともある」
「い、いちから?!」
「酷いやつはな」
すごいわ。修繕ってこんないろんな道具を使うんだ。……一回その作業風景でも見てみたいなぁ。
あたいが感心して見回っていると、ジャンが思い出したように「あ!」と声を出した。
「なあなあ、おっちゃん。これ直せるか?」
そう言って、ジャンが鈍色の剣。お師匠様の部屋から持ってきた剣をメロンさんに見せた。
「もちろん、金は払うよ」
「……なら、考えてやらんこともないが」
メロンさんがジャンから剣を受け取る。ーーそして、動きを止めた。
しかしそんなことを気にもとめずに、あたいは部屋の中を見て回る。へー、石炭……と、火の魔石がいっぱい。儲かってるのかなぁ。
「……わかった。受けよう。それと、金は出世払いでいい」
「やけに太っ腹じゃん」
「こんなものを見せられて、金なんて貰えるか」
一通り見終わってジャンの元へ戻ると、メロンさんがそうぶっきらぼうに言ってあの剣を机に置いた。
「これは長くなる。足りない材料は、お前たちに調達してもらうからな」
「任せろ。あと、調達なんてのは俺だけで十分だ」
ジャンがニヤリと笑って、メロンさんは呆れたように僅かに口角を上げた。
あたいは何が起こったのかがわからないから、僅かに首を傾げただけで、でもすぐに気にならなくなったのだった。