25話 VS ドククライ
ドククライは、おおよそ生き物とは思えない容貌をしていた。
顔は全体の家が禿げ、グロテスクな顔面は見るに堪えない。翼は羽毛こそあれど、筋力は見るからに無く、生気のない灰色の斑の羽根と相まって一層不気味だ。
それだというのに、胴体は丸々と太っている。
ーーそんな異形の怪物が、あたいたちを見ていた。
「……寝てるって、話だったろ……!」
ジャンが焦りを孕んで呟く。それは誰かに向けているというよりかは、前提の崩壊に苛立ってるようだ。
あたいたちは動かない。否、動けない。あのそこの見えない真っ黒な瞳から目を背けられない。
ドククライは悠然と立ち上がった。そして、あたいたちの方へ、一歩、二歩、三歩、四本ーー
「コメット・トリサ!!」
あたいは杖を引き抜いて唱える。三つの白い岩石がどこからともなく現れ、ドククライの胴体に打ち込まれた。
しかしドククライはあたいの攻撃をものともせずに、屍のような足取りでこちらへ向かってくる。
「みんな、下がって! こっちはあたいとジャンでどうにかする!」
「は、はい!」
集中する。その意識のどこかでヴェールが返事をしたのを聞き取って、あたいはジャンに言う。
「チャンスを作ればいい?!」
「ああ、そうすりゃこいつで一撃だ!」
「任せるよ!」
あたいは杖をドククライに向ける。そして目をこらす。
あたいの視界を、色とりどりの風が彩る。魔力の流れだ。
無意識に操作するよりも、こうして魔力の流れを見て、実際に操った方が強力になる。
「ごめんね! ロック・クリエー!」
ドククライの足元の岩の地面が動いて、その細い両足を岩の中に封じ込めた。足の自由を奪われたドククライは何も出来ずに頭部から地面に崩れ落ちる。
「行ける?!」
「当たり前だ!」
ジャンが飛び出した。白銀の刃は昼の光を反射して輝く。
けれど、
『ヴェェェアアァァァァ!』
耳をつんざく絶叫。それはドククライから発せられるもので、あたいは耳を塞いでしゃがみこむ。ジャンもその迫力に気圧されて立ち止まった。
脳みその奥底を引っ掻くような絶叫がなりやんだと同時。今度はドククライが激しく動き出した。細い翼を振り回し、羽根がバラバラと抜け落ちて、紫の魔草を灰色で隠す。
あたいは、それが見てられなかった。
「ロック・クリエー」
ドククライの頭と翼が、岩に取り込まれて動けなくなる。それはなんだか、胴体からそれ以外を切り落とされた鶏肉のようだった。
そして、あたいはジャンに頷きかけた。
ジャンは、剣を振り上げーーその首を切り落とした。
「や、やったか……」
ジャンが剣を重力に任せて、地面に剣先を付けた。あたいたちは共に荒い息で、得物を下ろした。
「そ、そうみたいね」
あたいも集中を解く。ドククライの体を拘束していた岩は無くなり、自傷した手足が見えた。
首から流れる血は赤黒く岩肌を染めた。
さあ、あとは材料をーー
『ヴエエェェェェァァァアアア!!!』
再びの、耳をつんざく叫び声。
それだけではないーー
「嘘だろ?!」
「なんで?! なんでなんでなんで?!」
首を切り落とされたはずの胴体が、とんでもない荒ぶりをしだした。
全身をめちゃめちゃに動かして、怒り狂っているかのようにあらぬ方向へ猛進している。
しかもその方向はーー
「そっちはダメ! ロック・クリヴェッ」
噛んだ!
「バッカ野郎お前、そりゃああぁぁ!」
ジャンが滑り込むような動きで、間一髪でドククライではない何かの膝から下を切り落とした。
けれどそれでも止まらない。
「逃げて! 司教さんたち!」
そう叫ぶも、司教さんたちはどこからか現れた毒を持った魔物たちに手一杯だ。
あたいの心臓は高く肋骨を打ち付ける。どうする、どうするーー
まだ、勉強したばっかりだけれど!
あたいは杖を構えた。
世界からあたい以外が消えた。
「ロック・◼️◼️●〇◽︎」
瞬間、ドククライが地面に吸い込まれた。否、地面に突如現れた落とし穴にかかったのだ。
落とし穴は深さは大人二人分。半径は大人の蛇を伸ばしたぐらいに大きい。
こんな芸当は、あたいたちが普段使う魔法じゃ到底不可能だ。けれど、あれならば、古代魔法ならば可能なのだ。
予備動作無しで破壊と想像を行う魔法。『◼️◼️●〇◽︎』
「はぁ、はぁ……よ、かった……」
あたいは地面に崩れ落ちる。その瞬間、世界にあたい以外のものが存在することを思い出した。
やはり古代魔法は大変だ。この、“一番簡単”な魔法でこの消耗。今の時代は使われないっていうのも当然ね。
重たい頭を持ち上げた時、ジャンは司教さんたちを助けるために飛び出していたところだった。
ドククライはまだ暴れているらしく、穴の中を引っ掻く音が聞こえる。
帰ったらチョコバナナを食べよう。一人で三つぐらい。あたいはそう決めて、静かな喧騒の中で大きく息を吐いた。