24話 いざ討伐!
それから四日。
「ジャン、用意はいい?」
「もちろん。解毒剤に薬草、ピクニックの用意までバッチリだ」
「なら完璧ね!」
「さ、最後のは一体……?」
エレちゃんが何やら困惑しているけれど、あたいは大丈夫だと言う代わりに親指を立てた。
あたいのリュックの中にも、これでもかという量の解毒剤と薬草、それとご飯が入ってる。ひと段落したら山頂からこの街を見たいなぁ、なんて。
そのあたいにエレちゃんが近づいてくる。そしてあたいの手を取った。
「お願いですから、無理はならさらないよう。危なくなったらすぐに帰ってくるのですよ? 何度だって挑戦すればよいのですから」
「うん。もちろんそうする。夕方には帰ってくるね」
あたいはリュックを背負って、エレちゃんに手を振った。
「行ってきます!」
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ!」
エレちゃんの声を背中に感じながら、あたいたちは階段を下った。
「ドククライって強いのかな?」
「さあな。でも、調べた限りだとあれなんだろ? 夜行性で昼間はぐっすり。強さも毒の一切が効かないってだけなんだろ?」
「そうなんだけれど、あんまりにも資料が少なくて」
あたいたちはこの街一番の図書館で、どうにかドククライの生態を調べたが、凶暴性だったりは載っていなかった。
ドククライは、人によれば毒を持つ害獣をやっつけてくれる良い魔獣だから、倒そうとした者が少ないのかも知れない。
なんにしろ、手に入った情報で戦うしかないのだ。気は引き締めて行かないと!
なんて話しているうちに、待ち合わせの門の前に来た。
「ヒヨ様、ジャンくん、おはようございます」
「おはよー、ヴェール、グローブ、それと司教さんたち!」
教会の入口で、あたいたちは司教さんたちと合流した。
司教さんたちはもちろんなんの力も持たない人間だ。けれどなにか手伝いたいと言うので、道中の護衛と倒したドククライの運搬を頼んだ。
ドククライはかなり貴重だ。色々な部位が様々な素材になる。
あわよくば、何か杖の芯になるような素材でも手に入ればとあたいも考えている。
「……寝ているドククライの討伐は任せる。道中の護衛と運搬は任せてくれ。皆、武術には通じているし、鍛えている」
「頼りにしてるわ!」
あたいがそう言うと、グローブはこくりと頷いた。とても頼もしい。あたいも集中力を保たないといけないから。
「それにしても、ジャンくんも行くのですね」
「おう、当たり前だぜ! 久しぶりに、こいつを使っておかないとな」
ジャンが口角を吊り上げて、腰の鞘から白銀の光沢を放つ片手剣を軽く抜いた。
ジャンの戦闘能力は、はっきり言って年齢にとても似合うようなものではない。強すぎるもの。魔物に囲まれて無傷で生き延びられるのはジャンのおかげだわ。
司教さんたちはわずかにどよめいたが、ヴェールとグローブが「そうですか」と納得したように笑うと、それも収まった。
あたいはお日様の位置をガラス越しに確認した。
「そろそろ、行く?」
「おう、そうだな」
「私達も準備は万端です」
全員があたいを見ていて、あたいはなんだかむず痒い気持ちになる。
けれど、この任務の要を担ってるのだ。あたいも頑張らないと!
「それじゃ、レッツゴー!」
ーー ーー ーー ーー ーー
「……ほんと、ジャンってば人間?」
「今さら何を言ってん……だっ!」
意地悪いタイミングで話しかけたというのに、ジャンはなんなく足元と目の前からやってくる二体のネズミを串刺しにした。
そして何事も無かったかのように、適当な石でネズミの体から刃を抜いた。
「あんまし串刺しって良くないんだけどさ、外した時が怖いだろ?」
「それはそうなんだけれどね……」
あたいは司教さんたちの顔色を伺う。どうやらジャンへの評価は一転したらしく、感嘆の呟きが時々聞こえてきた。
あたいたちが進んでいるのは、葉のない死んだ木々が点々とする岩山、そのけもの道。灰色の道無き道をどうにか進んでいる。
そして、ここにドククライが潜むというのも確信した。
そこら中に群生しているのは暗い紫の短い雑草。これは魔草の一種で、毒に対して強い耐性を持っている、解毒剤の材料の中でも珍しい草だ。
紫のサークルが大小合わせて、斑点状にここまでの量あるのはすごい。
それほど、この地に毒が多いのだ。
「ねぇねぇ、この山って、実はすごい山なの?」
「どうでしょうか。掘った洞窟は比較的安全ですから、山自体が危険というわけではないかと」
「そっか……。うーん、不思議」
「……俺は聞いたことがあるな」
「ほんと?!」
あたいはばっと振り向く。すごい気になっていたのだ。グローブは淡々と語った。
「……昔、とんでもない魔法使いがいて、この山を実験台にしたのだ。山は生命力を奪われ、それで表面は荒れ果てた、と。……まあ、内側まではどうにもならなかったようだが」
「魔法使い」と聞いて、あたいはピクリと表情を固くした。
「そっか、魔法使い……」
魔法使い。人間を傷つけた賢者。賢者が最も忌むべき存在。
あたいは口の中で反芻して、自分にも確かめる。あたいは賢者。そうはならない。
ーーもしものときでも、あたいは潔癖のまま死のう。お師匠様のように。
「実は、その魔法使いを撃退したのが、私たちが信仰するとある賢者様なのですよ」
唐突にヴェールがそんなことを言って、今度は驚きに顔を上げた。
「賢者を信仰しているの?!」
「ええ、そうなのです」
あたいの人生一番の爆弾発言だ……。宗教っていうのは、てっきり神様だけを信仰していると思ってた。
でも、そんなに偉大な賢者様もいたんだ。もっと静かに、ひっそりと隠れるように生きて行くものだと思ってたけれど、すごいなぁ。
あたいが形容のできない感動に打ちひしがれていると、ヴェールが笑った。
「ですから、私たちはヒヨ様と呼ぶのです」
「ああ、そっか。賢者の弟子だものね」
「ええ」
腑に落ちたわ。でも、なんだか申し訳ないな。まだあたいもヒヨっ子なのに。
ちょっと複雑な気持ちでいると、ジャンが先頭を歩いていたジャンが立ち止まった。
「いたぞ」
そう囁くような声で指を向けたその先。
ドククライは、ハゲワシのような頭をこちらに向けていて。
ーーその目は、あたいたちをしっかりと捉えていた。