23話 三人の子供
「ただいま!」
よーし、エレちゃんと一緒にチョコバナナ食べるぞ!
と、エレちゃんの部屋に駆け込んだ時。
「ふぇっ? ひ、ヒヨ。おかえ、ぐすっ、なさい……ぐすっ」
ジャンの前でエレちゃんが泣いていた。
「ジャン? あんた……」
「いや、俺はただここまでの経緯を俺なりに話しただけだから! だから杖を仕舞え物騒な!」
「良いお話でした……ぐすっ」
なんだ、そういうことだったのね。てっきりジャンがエレちゃんのことを泣かせたのかと。まあ、ジャンが泣かせたっていうのにかわりはないけれど。
あたいは杖を納めて、代わりに紙のパックを差し出す。
「はい、エレちゃんとジャンにお土産!」
「ん? なんだこれ……。おお、美味そう」
「チョコバナナ、ですね! 私も食べるのは久しぶりです」
二人はチョコのかかっていないところを持って、口に運ぶ。あたいも一緒に食べる。
「おお! 美味い!」
「でしょ〜? あたいも驚きの美味しさ!」
「私も好きなんですよ〜」
もぐもぐと三人で頬張っていると、遅れてやってきたヴェールとグローブがあたいたちの近くに腰を下ろした。
「可愛いらしい光景でございますね。そう思いません?」
「……同意だな。ほら、三人とも口にチョコがついてる」
あたいたちは揃って顔を突き出し、グローブは小さくため息を吐いて、けれどテキパキとあたいたちの口周りを拭いた。
「えへへ〜。あたいたちも子供ね」
「そりゃそうだろ。旅をしてるからって大人にはなんねーよ」
「わかってるよ〜」
「あ、あの。私はこの国の法的には一応成人してるんですけれど……」
何かエレちゃんが抗議していた気がするけれどスルーして、あたいは自分のリュックの中身を取り出した。
「材料は九割買ってきたわ。とりあえず、これで作れるところまでは作っちゃうね」
「ヒヨ様。九割ということは、何か足りない材料があるのですか?」
あたいの並べた材料を眺めながら、ヴェールが尋ねる。あたいは頷く。
「うん。あと二つだけ足りないのがある。けれど、片方は記述がおかしいから、そっちはあたいがいろいろ試すわ。問題はもう一個」
あたいはここまでにメモをしておいた紙を取り出す。
「“ドククライの肝臓”これだけはどうにか手に入れないと」
案の定、この国のどんな怪しいお店を巡ってもそんなものは無かった。当然だ、魔導書に書かれるような材料は、賢者にしか扱いようがないのだから。
あたいは雑貨屋で買ったここら一帯の地図を広げた。
「ドククライが居そうなところ、なんてそうそう見つからないよね……」
あたいたちが来た方向の森は穏やかで、毒の片鱗すら無かった。この先の方向も森ばかりで、そもそもドククライが出るようなところを通る人間はいない。よってこっちにもいないだろう。
だとしたら、もっと遠く……。
「……これはこの街の歴史とも関係があるのだが」
唐突にグローブが口を開いた。
「……この街の東にある岩山。そこには毒を食らう怪鳥が住むとされていた。それ故に、人々はそこを避けどうにかこの美しい地にすんでいた。幸い、毒の無いこの湖にはやつらも近づかなかった。それが、ここだ」
グローブが指したのは、あたいたちがやってきた洞窟、その山。
「近年、ようやくやつらを回避しながらでも通れる道。この洞窟が作られて、僕たちの国への行き来は楽になった」
「へぇ……。じゃあ、ここに行けば?!」
「ええ、手に入れることも可能でしょう」
ヴェールがあたいを肯定しながらも、難しい顔をした。
「けれど、かなり危険です。古来からその山の開拓は考えられていたようですが、何度も失敗してると、そう聞きますもの」
「でも絶対必要なんだもん。……やるしか、ないね」
あたいはジャンに視線を向ける。ジャンは微笑みで頷き返した。きっと、久しぶりに剣を振るえるのが嬉しいのかも。
あたいはふっと笑う。しかし対照的にエレちゃんは酷く不安な顔をしている。
「そ、そんな! ヒヨは賢者の弟子。そんな方をそんな危険な地には……」
「じゃあ、あたいがいなくて誰も怪我しない?」
あたいはエレちゃんに聞き返した。エレちゃんは言葉を詰まらせる。
「賢者の弟子だからこそ、あたいは頑張るんだよ。賢者の弟子だから、あたいは危険に立ち向かうの」
あたいは胸の前に杖を掲げて見せた。
「だから、任せて」
「……はい」
あたいはぎゅっとエレちゃんを抱きしめた。
それにきっと、お師匠様はこう言うだろうから。
『これも修行だ』