21話 大司教様とお喋り
あたいたちがエレちゃんの部屋に住み込んでから早十日。その昼間。
「よしっ。一通り読み終わったー! エレちゃん褒めてー!」
「すごいです! さすがですよ、ヒヨ!」
「うへへ〜♪」
「チョロいな……」
呆れ顔のジャンを視界から追い出して、あたいはエレちゃんの豊かな胸に顔を埋める。うへへ〜。
エレちゃんは、初日にあった修道着ではなく、今は少しラフなワンピース姿だ。白いワンピースに艶やかな黒髪が映える。すごい可愛い。
ニヤケ顔を隠そうともしないでいると、ジャンが立ち上がった。
「それで? 何がいるんだ?」
「ああ、そうですよ! 私たちがお願いしたわけなので、道具や材料はできる限り揃えます。もし足りなかったら、取りに行かせますので」
「うーん、そっか」
エレちゃんにそう言われてあたいは悩む。九割。九割はどこにでもある普通の材料だ。あたいも見聞きしてたり実際に調合したことのあるような。
けれど、二つだけどうにもおかしな材料がある。
『ドククライの肝臓』と『巨大蜂の毒』だ。
前者は純粋に難易度が高い。ドククライっていうのは毒性のある食物を食べる怪鳥のこと。つまり、ドククライのいる地域は毒塗れだということだ。取りに行くのは大変。
そしておかしいのは後者。巨大蜂の毒は、死因と聞いて三回に一回はあげられるような危険な毒。広い範囲で長い間研究されてても完全な解毒剤が作られないような毒だ。
解毒の方法はといえば、お師匠様がジャンにしたように、腫れた部位に溜まった毒を取り除き、僅かな効果のある解毒剤と薬で処置するぐらい。
そんなものを薬に入れたら……。でも、そのあとの二三文字が、薄れていてどうにも読めない。
これは後回しかな。
「それじゃあまず、赤青黄の薬草をそれぞれ三束と、黒の魔草一束。あとヒールフロッグの腎臓にカブトウサギの耳。……まあ、ジャンはいつもの道具類よろしく!」
「まあ、ってのが気になるがまあいいや。行ってくるぜ!」
久しぶりに仕事を貰って意気揚々と飛び出したジャンを見送る。……ジャンはきっとメモしてても材料間違えるだろうから、道具を任せたんだよね。
ま、あたいは大丈夫だから! メモしてあれば!
「ねぇねぇ、あたいエレちゃんと一緒に行きたいわ」
あたいはそう言ってエレちゃんの手を掴む。けれど、エレちゃんはゆるゆると首を横に振った。
「ごめんなさい。私はどうしてもここを出ることは出来ないのです。荷物でしたら、司教の方々を一人お供につかせますので、持ってもらってください」
「そっかぁ……」
しょんぼりと肩を落として、あたいは材料のメモ書きに戻った。
エレちゃんがそういうのなら、仕方がないかな。エレちゃんは今の立場で頑張ってる。それを邪魔しちゃいけないんだろうけど……。
「……やっぱり、ダメ?」
「う……。わ、私だって、本当は外へ出てみたいのです! けれど、ダメなんです……。そういう決まりなんです」
「そっか。ごめんね」
あたいは謝る。あたいは時々、こういう自分の無神経さが嫌になる。あたいはパチリと頬を叩いた。自分への罰だ。
「……でしたら、ヒヨ。外のお話をしてくれませんか?」
「おやすい御用だよ!」
あたいはエレちゃんに近づく。急に近づかれてビックリしたのかエレちゃんがまたあたふたした。エレちゃんを困らせるの、なんか楽しい……。
はっ! いけないいけない。なんだかやましいというか……ええい、落ち着けあたいっ!
「それじゃ、あたいのここまでの二ヶ月のお話をたっぷりしてあげる!」
「楽しみです!」
顔を輝かせるエレちゃん。その表情にあたいは若干の安堵を覚えて、そして杖を取り出した。
あたいは魔法を絡めながら語る。ジャンがたくさんの魔獣を相手取ったこと。あたいが魔法でテントを作って豪雨を凌いだこと。ここまでの村での人との関わり。
旅に出る前の事は語らなかった。だって、聞いてもあんまり面白くないでしょ? 暗いお話は心が大変になった時だけ! そう決めてるもの。
エレちゃんは時々怖がったり、笑ったり、神妙な顔で頷いてたり。あたいも語り甲斐があって楽しくなって喋った。
そしてひと月分ぐらい喋った頃。
「ヒヨー。持ってきたぞ」
ジャンが二人のローブの人と一緒に戻ってきた。さすがのジャンも若干息を切らしている。珍しい!
「ありがと! ……もうちょっと遅くてもよかったかも」
「これでも精一杯ゆっくり来たんだぜ?」
ジャンがそう言って肩を竦めてみせる。まあそれならしょうがないとあたいはかわりに頷いた。
「それじゃ、あたいは材料を買ってくる! ジャンはエレちゃんにいっぱいお話してあげて!」
「おう、了解」
あたいは久しぶりに軽いリュックを背負う。いっつもパンパンだったから、スカスカで不安になるくらい。
「ヒヨ、何人か司教もお手伝いさせますから、下の階に行ったら探してあげてください」
「軽いからいいのに。……でも、お話もしたいしなぁ。うん。探すね。行ってきます!」
あたいはエレちゃんに手を振りながら部屋を出た。そして、浮ついた足取りで螺旋の階段を駆け下りていく。
新しい街での買い物っていうのは格別に楽しい。ちょっと多めのお金を貰ったけれど、自分へのお土産は自分で出すわ。
あたいたちが最初御者さんに案内されていた一階について、周りをキョロキョロと見渡す。すると、それらしきローブの二人組がいた。
一人は長身、もう一人は一回り背が低い黒いローブの二人。顔はいつも通りフードで隠されて見えない。
あたいはたっと駆け寄る。
「えーっと、司教さん?」
「ええ、そうですよ、ヒヨ様」
「そんな様なんて付けなくてもいいのに」
「……それは無理なお願いだ」
二人の司教はフードを取った。
身長の高い方は、赤茶の髪を深紅のリボンでくくって長いポニーテールにした女性だった。強さを孕んだ綺麗な顔をしている。
そしてもう一人は、なんだかどんよりとした目付きの男性。ボサボサの黒い髪にバンダナを巻いている。
「あたしはヴェール、こっちは無口なグローブです」
「……結構喋ってるつもりだけどな」
「まあご冗談を」
ヴェールがクスクスと笑った。
「ヴェールさんにグローブさん……でいい?」
「大司教様にはちゃん付けで、あたしたちにはさん付けなのですね?」
「年上の人はさん付けするよ。……エレちゃんは、なんか友達みたいな感じだし」
どうにもエレちゃんを様とかで呼んでいる自分が想像できない。大司教様とは呼べるけど、それはまた別。
そんなことを思っていると、グローブが、
「……まあ、別に僕たちは気にしない。外してくれた方が、気持ちは楽だが」
「そう? じゃあ、ヴェールにグローブ……でいいの?」
「ええ、そっちの方が子供から呼ばれるとしたら妥当でしょうね」
子供、と言われあたいはちょっとだけムキになる。
「むー。子供でもあたいは自称大人よ!」
「……大司教様と同じこと言ってるな」
「ですわね。ふふっ、ごめんなさいね、賢者様。それじゃ、行きましょうか」
「エレちゃんと同じ……」
喜べばいいのか悲しめばいいのか……。って、悲しむ要素なかったわ。でも手放しでは喜べない複雑な感じ!
あたいは二人の後について、教会を出た。まだまだ昼は長そうだ。