20話 あたいたちは友達になる!
「うわー! すっごいふかふかのベッド!」
ベッドに飛び込んだあたいの第一声。本当に気持ちいい! まだお昼なのにすぐ寝れちゃいそう……。
「……うちのヒヨがごめんな」
「いえいえ!」
ジャンの申し訳なさそうな声に気づいてあたいはそっとベッドを降りた。
「ご、ごめんね?」
「大丈夫ですよ!」
そうは言ってくれるけどやっぱりやっていいことと悪いことの線引きは大事よね。
仕方が無いので今度は本棚の方へ向かう。
「って、半分魔導書じゃん!」
見てみてビックリ! 半分は魔導書で埋まってた。あとの半分は小説だったり辞典だったりだけれど、今あたいが持ってるものよりも分厚い辞書もある。
「ああ、そうなんですよ。なぜかたくさんの魔導書がここにはありまして、これは大司教以上の人間しか知らないのです」
「へえ……」
埃を分厚く被った辞書を引っ張り出して、あたいはパラりと中を読む。……こ、これは。
「読めない!」
魔法言語の古語ってよばれる部類ね。古語をマスターすると古代魔法っていう、今の魔法よりもはるかに強力な魔法が使えるっていう話だけれど、こんなものが……。
「ヒヨにも読めないのか」
「うん。これ古代魔法の辞書みたい。昔すごい賢者様がここに住んでたのかも」
古代魔法なんて、今は使われないし、その書物もほとんどないってお師匠様も言ってた。まさかこんな所で出会うなんて。
あたいはそれをそっと本棚に戻した。そして、今度こそ現代魔法の辞書を取り出す。
「うんうん。これは読めるし、あたいの持ってるのよりもちょっと詳しいかも。……あ、でもここの表記違うなぁ。どれどれ……? へぇ! 同じ言葉で違う効果の魔法があるんだ! あ、でも杖の材質依存なんだ。って、石の杖?! そ、そんなのが……」
あたい辞書って好きなのよね。今もたった一ページの中に大量の発見と情報があって目移りしちゃう。
って、あたいが楽しんでちゃダメだったんだ!
「ーーエレは五歳のころからここにいるのか?!」
「ええ、そうですよ。それからこの部屋を出たことはありません。私の役目ですからね」
「あたいも混ぜてー!」
ジャンだけ楽しそうに話しててずるい! あたいはばっとエレちゃんに飛びついた。
「わわっ?!」
「はっ! エレちゃんいい匂いする……」
あたいはすんすんと鼻を鳴らす。なんだろう……。お花畑の匂いが服と髪と肌の全部からする。ベッドの匂いよりもいい匂いだ。
「ひ、ヒヨ。て、照れてしまうのですけれど……」
「うへへ〜」
エレちゃんが真っ赤な顔を背けた。一通りエレちゃんを堪能したので、あたいは離れる。あんまり迷惑かけちゃいけないもんね!
「でも、エレちゃんのおかげであたいやる気でました!」
「エレ。こいつのやる気出たは十分で切れるからよく見とけな」
「そこ! 余分なこと言わない!」
もう! せっかくあたいがやる気を出してあげるって言うのに、ジャンってば水を刺すような真似を。
そういうところが男の子だと心の中で悪態をつく。
「エレちゃん。あの机使ってもいい?」
「いいですよ。……でも、ここでするのですか?」
あたいはその問いかけに躊躇なく頷く。
「うん。ここ広いし、きっとたくさん道具使うだろうし宿屋じゃできないよ。魔道もいっぱいあって便利だし、あと、エレちゃんもいるしね!」
「そ、そうですか」
エレちゃんってば照れ屋だ。また顔を赤くして、クセなのか長い黒髪で口元を隠した。
エレちゃんはなかなか可愛いところが多い。きっと人慣れしてないのかも。ずっとここにいたって言ってたしなぁ。
「そういえば、エレちゃんの家族は?」
あたいの問いかけに、エレちゃんは何かを考えるような顔をした。そして、少し間を置いて話し出す。
「……私は、五歳のころ、教皇に選ばれてここにやって来ました。両親も反対はしたらしいのですが、結局はここの教徒でしたから逆らえず。それでも、十分楽しかったんです」
エレちゃんの目線が本棚へ向けられる。その目線を追うと、分厚い本に紛れて何冊かの絵本があった。
「男の教皇様もいつも私にすまないと言ってました。女のら枢機卿様はとても優しくしてくれました。……私は選ばれし者なのだとも、言われました。未だにどんな役目があるのかもわかりませんが」
エレちゃんは寂しそうに笑った。
ゴールの見えない役目っていうのが大変なのは私も痛いほどわかる。賢者の修行にもゴールがない。
どこまで行けばいいのか。いつやめればいいのか。それがわからないのは、辛い。
「それでもやっぱり楽しかったんです。それがある日、私たちに謀反の疑いがあるとか言われ、王国にお二人共連れてかれてしまって。私は置いてかれて。それが三年ほど前のことでしょうか」
三年も、一人で。
「でも、去年まではそんなことは無かったんです。私には兄もいて、兄は司教の立場でした。あのローブの方々です。なのに、何をしでかしたのか居なくなってしまいました。……あの兄のことですから、きっとすまし顔で、馬車でも引いてるのかもしれません。兄はこの街が大好きでしたから」
最後にエレちゃんは笑った。悲しさと諦めを孕んだ空虚な笑顔だ。
「ーーじゃあ、薬はゆっくり作らねぇとな」
ジャンが唐突にそう言った。
「薬に期限はあるのか?」
「えっ……いえ、別に何も……」
「なら、できるだけ長くいるか。ヒヨ。ここに来て寄った宿に荷物って置いてってたか?」
「うん。重たい本は置いてった!」
「不用心な……。まあ、俺も愛剣置いてってるしな。それじゃ、取りに行ってくる」
「よろしくっ!」
ジャンが駆け足で部屋を出て行く。石の螺旋階段を靴が鳴らしている。
そしてあたいはローブを脱いで、空いていた机に本と杖とを置いた。
「よしっ、それじゃあまずは必要な道具の書き出しね!」
「ちょ、ちょっと待ってください! お二人共、何を為さるつもりで……?」
「え? ここに泊まるのよ?」
あたいはツインテールの髪留めを外し、かわりに一つ結びにして髪を払った。
「と、泊まるんですか?! えっ、でも……」
「寂しかったんでしょ?」
あたいの言葉に、エレちゃんは目を見開いたまま口を閉会させた。
あたいは笑いかける。
「あたいたちもいつかは旅立たなくちゃならないけれど、いられる限り。薬ができるまでは、ここにいる。ーーあなたの思い出になれればいいな」
エレちゃんの顔は、逆光に隠れて見えない。けれど、目じりの雫はキラリと橙に光った。
目元を拭うシルエット。彼女の涙の意味が今までと違うものであることを、あたいは願った。