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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 一章 リューリの街
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19話 大司教 エレ

「こちらに、大司教様がいらっしゃいます」


 あたいたちが案内されたのは、リューレル教会その最上部。真ん中のあの最も大きい塔の最上階だ。


 ちなみにあたいはもうここまで登ってくるのでかなり疲れている。あんなに重い荷物もって旅してるけど、やっぱり大変ね……。


 荒い息を吐くあたいとは対照的に、ジャンはシャンと背筋を伸ばすぐらい余裕があるみたいだけれど。


 呼吸を整えて改めて現れた扉に向かう。


 真っ黒で重厚な扉だ。装飾というものの一切がなく、夜闇が広がっているように見える。それがあたいの身の丈の三倍ぐらいの大きさがあるのだからすごい。


 案内を務めてくれたローブの一人が、大きな扉を黒い金属の丸いペンダントで一度ノックした。


「大司教様。お連れ致しました」


 ややあって、三回のノックが向こう側から返ってきた。


 この街の一番偉い人だと言うので、あたいは否が応でも緊張する。身だしなみ大丈夫かな……。


 なんてあたふたしていると、ローブの人が扉をぐっと押した。大きさの割に微かな音を立てて扉が開く。


 あたいとジャンは横に並んで、同じスピードで扉の向こうへ進んだ。


「ようこそいらっしゃいました。会うことができて光栄でございます。賢者様」


 現れたのはーーあたいよりも小柄な少女。


 修道服に身を包み、黒く艶やかな髪を長く地面まで伸ばしている。目じりは垂れておっとりとした印象を与える可愛い顔だ。


「……こ、こども?」

「いいえ。私はこう見えても十五歳。十分大人ですよ?」

「俺の三個上だな」

「あたいの四個上ね。……って、ジャンってあたいより年上なんだよね……」

「おう! だからほんとは俺の方が偉いんだぜ!」


 そんな……! この旅一番の驚きだわ……。なんか負けた気分。


 むっすりとした顔を腹の立つにやけ顔のジャンに向けていると、触れられなかった大司教様があたふたとする。


「あ、あの……! け、賢者様、ですよね……?」


 なんだか不安げに尋ねられたけれど、あたいは正直に答えた。


「ううん。あたいはまだ賢者じゃないよ。賢者の弟子。今はその聖地に行く旅の途中なの」


 そう言うと、大司教様が口を開いてパクパクしていた。


「う、うそ……! わ、私もしかして間違えちゃったの……?! だ、だってこの水晶が……」


 とかなんとか言いながら、てってってと走りにくそうな服で器用に走って水晶を持ってきた。


 あたいはその水晶から不思議な感じを察知した。


「あれ? それ、なんか不思議な感じする……」

「あの、念の為なんですが、何か魔法を使っていただいても……」

「いいよ!」


 あたいは懐から杖を抜き取る。


 ふふふ……。実は、最近の寝る前の勉強で一個すごいのできるようになっちゃったんだ!


「ファイア・ミクシー・ウォーター!」


 あたいの杖の先から赤と青の二種類の光を持って魔力がほとばしる。


 そう! なんと二種類の混属魔法を扱えるようになったのよ! だいぶ頑張ったの……。


 したり顔でいると、魔法とは別の強い光を網膜に感じて目を細める。


 見れば、大司教様の手の中の水晶が、これでもかと光っていた。


「やっぱり間違ってない……。うん、だったら」


 独り言を言って、大司教様は水晶を手近な椅子の上に乗せた。そしてあたいたちに向き直る。あたいも杖を収める。


 大司教様は、真剣な眼差しで、


「私の名前はエレ。このリューレルの現最高位である大司教を務めております。ーーどうか、貴方様の力をお貸しください」


 そう言って、エレは頭を下げた。


 あたいは答える。


「もちろん! あたいに出来ることならなんだってやるよ!」


 だって断る理由がないもの!


 あたいはここまでの旅で、人間のいい所をたくさん見た。だから、あたいは人間をできる限り助けたい。ジャンもうんうんと頷いている。


 あたいの返答に、エレは表情を輝かせる。


「ありがとうございます! ああ、本当に困ってたのですよ……。少々お待ちください」


 エレが水晶を片付けるついでに本棚に駆け寄った。


 その間にあたいはこの部屋を見渡す。


 巨大な縦に長い円形の部屋だ。きっと、外から見えてたのと同じ大きさなんだろう。右手の六分の一ぐらいに本棚があり、びっしりと分厚い本で埋まっている。


 生活感のあるベッドや机はその向かいにあり、あとは扉から目の前に大きな窓がある。


 そして何よりも異様なのは、丁度中心にあるカーペットに描かれた魔法陣……みたいなもの。あたいの知識の中には無い。


 その魔法陣を凝視していると、エレが戻ってきた。


「それで、力を貸して欲しいってのは?」


 ジャンが何も言わないあたいに代わって尋ねる。


「はい。それというのも、王国から姫の病を治す薬を作ってくれと依頼が来まして。それと一緒に送られてきたのがこの魔導書なのです」


 そう言って差し出したのは、紫紺に染められた毛皮の表紙のこれまた分厚い本。


 あたいはそれを受け取って、パラパラと捲ってみた。


「うーん……。あっ、でも結構簡単ね」


 あたいでも七割は読める。何個か意味がわからない単語があるけれど、どうにか持っている辞書で間に合うはずだ。


 書いてある材料もそこまで難易度は高くなく(かと言って楽でもないけれど)どうにかできそう。


「本当ですか?! 良かったぁ……。これが出来なければ、私たちはきっとまた税を上げられ、苦しい生活をしなければならなくなるのです。だから、本当に……。あの、お名前は?」

「俺はジャン。普通の人間だ」

「あたいはヒヨ! 賢者の弟子よ!」

「ジャンさんに、ヒヨさん。お願いします。どうか、この街を……!」


 エレがまたあたいたちに頭を下げた。


 あたいはしゃがみこんで、エレの顔を下から覗き込む。


「大丈夫よ。きっと完成させるから。……あと」


 あたいはにっと笑った。


「さん付け、禁止!」


 きょとんとした顔をするエレ。あたいは振り返ってジャンに視線を向ける。


「まあ、エレのが年上だからな」

「むー。ジャンは年下なのに呼び捨てなの?」

「……じゃあ、エレさん?」

「あたいはエレちゃんって呼ぶ!」

「それもどうなんだ?!」


 えっ……。ちゃん付けならきっと大丈夫でしょう?


 今度はあたいがきょとんと惚ける。するとあわあわとエレちゃんが間に入って、


「呼び捨てで構いません! わ、私も……その、ジャン、と、ヒヨって、よ、呼びますから……」


 しどろもどろでそう言った。きっと呼び捨てに慣れてないのだろうけれど、なんだか可愛いわ!


「……年上で偉いエレちゃんに飛びつきたくなってきた」

「バカやめとけ。たぶんローブの人達の誰かもそう思ってるだろうから仕返しされるぞ」

「そんなことないですよ?! ……きっと」


 うーん。これはジャンの言ったことを信じた方がいいかも。どこかから視線を感じるわ。


 よっこいしょと立ち上がって、あたいは魔法陣を掲げた。


「ともかく、あたいに任せてエレちゃん! きっと完成させてあげる!」

「はい、よろしくお願いします! ひ、ヒヨ!」

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