18話 リューリの街
「すっごーい!」
「ほら、ヒヨ。あんまはしゃぐと馬車が揺れるから……おい!」
「うげっ」
ジャンに襟首を捕まれ、椅子から下ろされる。しぶしぶあたいも大人しくすることにした。他の人もいるから仕方ない。
まあ、あたいを引っ張ったジャンもずっと外ばっかり見てるんだけれどね!
湖の周りを進む観光馬車に揺られる。あたい側の窓からは、色とりどりの家々が光を反射する青い水面を背景にして景色は流れ、ジャンの方では盆地の山々が同じくカラフルな家の背後を彩っている。
水の都と山の外壁。両極端な二つの景色を持つこの街のなんと贅沢なこと。あたいはそれらを交互に見ながら、思わず感嘆の息を漏らす。
「お嬢さんたちは観光ですか?」
若い男の御者さんがあたいたちの方を振り返りながら尋ねる。
「半分あたりです!」
「そうですか。知ってますか? ほら、あの教会。一階部分までは、誰でも入場が可能なんですよ」
「へー! ねぇ、ジャン。後で向こうも行こうよ!」
「いいな! 俺もちょっと、いや結構気になっててさ……」
魔法を目の前にしたルトンさんぐらいに瞳を輝かせて、ブツブツと何やら独りごちるジャンは置いておいて、あたいはまた教会に目を向ける。
真っ白な外壁が水面の乱反射を映し出し、天然で無常な模様を作り出している。きっと同じ模様は二度と現れることはないんだろう。
高さの違う四つの塔が四隅にあり、中央にはさらに二回りも大きな塔が聳えている。
塔の真っ黒な三角錐の屋根はくっきりと空と教会との境界線を引いていて、二色の幻想的で神秘的な建造物としての威厳を示している。
他の観光客とも同じように、あたいも協会の美しさに見とれていると、御者さんがあたいを手招きした。
「よろしければ、最終地点で他のお客さんを下ろした後、あそこまで案内してあげますよ」
「ーー! いいんですかっ?!」
頑張って声を抑えて言うと、御者さんはニッコリと笑って頷いた。
やっぱり優しい人もいっぱいいるのね!
あたいは一層浮いた気持ちで残りの時間を楽しんだ。
ーー ーー ーー ーー ーー
「……すっごーい」
リューレル教会その一階。荘厳な作りを前にして、あたいは静かに叫ぶ。でも叫んでないから大丈夫。
周りは観光客と宗徒とが入り交じっていて、しかし誰もがこの神聖さに感動しているらしかった。ほぼ無音に近い空間だ。
あたいは四つの道が繋がった広いこの大広間の天井を仰ぐ。たくさんの壁画が白い壁をキャンパスに描かれていた。
賢者というものにとって、神というのは身近な存在ではない。
賢者にとっては信じられるものは自分のみ。あとは精霊だったりは信じてるけど、精霊を神が起源とは呼びにくい……とかなんとか。
そういうわけで、あたいにはやっぱり新鮮だ。
「すげぇな……」
ジャンもあたいの隣で感動に言葉を漏らす。さらにその隣にいる御者さんが、得意げに小声で言った。
「すごいでしょう? リューリの街の目玉、リューレル教会です。はるか昔はお城だったとかいう説もあるのです。わかりませんけどね」
「へえー……。すごいです」
首が痛くなってきたことに気づいて、顔を戻して頷く。もうすごい以外に言葉が出てこない。
「二階もあるのですよ。行きますか?」
「行きます! ほら、ジャン」
「ん? おう」
さりげなくジャンの襟首を掴んで(さっきのお返し!)ぐいっと引っ張った。ジャンは嫌そうな顔をしつつもすぐにバランスを取り戻す。くっ、やるね!
「お前なぁ……」
じろりと睨まれるのであたいは知らん顔で御者さんの後をついていく。
大広間から隣の部屋に大きな白い螺旋階段があり、あたいたちはグルグルと登る。この教会は内装も白を基調にしているみたい。
二階は元使用人の部屋か何かが並ぶフロアになっているようだった。入れる部屋は少ないけれど、長い螺旋階段を登った高さ分、窓からの景色が美しい。
さっきまで首を交互に動かさないと見えなかった湖と街と山がいっぺんに見れる。
「ここ、私のお気に入りなんです。綺麗でしょう?」
あたいとジャンは瞬時に頷いた。綺麗すぎて言葉にならなかった。
とーー
「おい、アーチェ! お前なんでこんなとこにいるんだ?!」
突然静かな空間に響く声。その対象はーー御者さんに向けられているみたい。
「おっと、見つかってしまいましたね。仕方がないです。逃げますよ!」
「えっ、えっ、えっ?!」
「ちょ、兄さん?!」
ど、どうしたの?!
あたいとジャンは手を掴まれて結構なスピードで走らされる。あたいたちの困惑も知らないふり。
「ぎょ、御者さん?!」
「いやぁ、サボりが見つかってしまったみたいで。さあ、逃げないーーと?!」
螺旋階段に差し掛かったその時、御者さんが足を若干の段差に引っ掛けて盛大に転んだ。あたいたちの手はその時に離されて、御者さんだけが階段を転がっていく。
そして柵にぶつかって止まった。
「大丈夫ですか?!」
あたいは急いで駆け寄った。苦しそうに呻く御者さん。ーー肘が変な方向へ折れ曲がっている。
「うっ……自業自得ですね」
こめかみから汗が吹き出ている。
あたいはーーその隣にしゃがみこんだ。
「御者さん。何も誰にも言わないでくださいね」
そして、ローブで二人の体を隠して、懐から杖を取りだした。
「ヒーロ」
杖の先がほのかに青色に光った。そして、光が当たる御者さんの肘の向きがーー治る。
御者さんは目をむくほどに驚いてあたいの顔を見た。あたいは人差し指を唇に当てる。
「内緒ですよ? それじゃ、お大事に!」
「ヒヨ! もう俺にはお前の行動パターンがわかんねぇ!」
呆然とする御者さんを置いて、あたいは螺旋階段をかけ下りる。自分がこけないようにしないとーー
「うべっ」
螺旋階段の最終段。あたいは盛大に転んだ。
少し魔力を使いすぎたみたい。クラクラと揺れる視界に酔う。
「あーあー……。そんな気がしたぜ」
ジャンに手を引かれてあたいは立ち上がる。うぅ、あたいも……。
「誰だ、お前ら」
唐突に、ジャンがそんなことを言った。あたいの手を握る力が込められる。
何が起こったのかとあたいも当たりを見渡した。
あたいたちの周りを、七人ほどの黒いローブ姿の不審な人間が囲んでいた。
ジャンは、背中に背負っていた鞘から鈍色の剣を引き抜く。
お師匠様の部屋にあったその剣は、錆びていないのになぜか斬ることができない。けれどそれが都合がいいから、ジャンはいつもこっちを持っている。
けれど、その人々はさらにあたいたちが驚く行動をした。
「ーー賢者様」
七人が一斉にあたいたちの前で跪いた。
「どうか、そのお力をお貸しください」
あたいとジャンは、何も言わずに顔を見合せた。
そのあたいの視界の先で、笑顔の御者さんがどこかに連れていかれていて、一瞬だけ目が合った。