17話 あたいたちは旅をする!
「お嬢さん。その薬はどのぐらいだい?」
「はい! 三〇ペリです!」
「そんなに安くていいのか?」
「はい、大丈夫ですよ!」
「それじゃあ、はい」
「お買い上げありがとうございます!」
黒髪の男性が、お金をあたいに渡して青色の解毒の薬を買っていく。
とある名も知らない村の端っこで、風呂敷を広げて簡易的な薬屋をやってるわ! 最近の売上は上々だけれど、そろそろ次のところに行った方がいいかな?
「ヒヨ。調子はどうだ?」
「うん。結構お金貯まったよ!」
「そうか。ま、俺もだけどな!」
「やるじゃん!」
ジャンが、この村の大人の手伝いで稼いだお金をあたいに見せびらかしてきたので、あたいも箱に入れたお金を見せると、うっと言葉を詰まらせた。
あたいはふふんと鼻を鳴らして得意げな顔。
ーーあれから、あたいたちは賢者の聖地を目指して旅をしている。
最初はジャンの持っていた僅かなお金で、あたいが薬を作れるように道具を買い、それからはこうして行く先々にある村や町で薬を売ったり手伝いをしたりしてなんとか旅費と寝場所とを確保している。立ち寄った数だと、この村は四箇所目だ。
もちろん、許可を貰って商いをしてるから安心してね!
今いるこの村で、距離的にはたぶん五分の一ぐらい。ここまでで七十日もかかった。
魔導書をひっくり返すように見ていたら、どうやら聖地について記された本があったみたいで、はらりと落ちてきた地図を見た時は驚いた。試験管から駒だったわ。
そのおかげで、今はこうして進めている。
ちなみに、ルトンさんの行方はあたいは知らないけれど、ジャンはどうやら知っているみたい。
「ヒヨちゃんや。腰痛に効くのはないかのぉ?」
「あっ、それだったらーー」
ともかく、この日も大繁盛!
ーー ーー ーー ーー ーー
この村で泊まらせてもらっている家の二階。あたいたちはベッドの椅子に腰掛け、簡易的なテーブルを間に置いて地図を広げた。
「今はここで、次の街までは早くても八日。……人に出会う可能性があるところじゃ魔法は使えないから」
「二倍はかかるか」
「うん」
ジャンと共に地図とにらめっこする。
聖地までの道のりは長い。あたいたちの住んでいたところから、街を三つ、洞窟と峡谷をひとつ、そして大きな森を抜ける必要もある。
やっぱり大変な旅だ。なんて思っちゃう。
「ここのちょっとした森で薬草を採って、夜にちょっとずつでも作って……。うん、通りかかる商人の人たちから買えば……」
ぶつぶつと一人で考える。こういうことにはジャンは全く役に立たない。勉強を知らないのには驚いたわ。
もっぱら、ジャンは戦闘あたいは頭脳。用心棒と賢者の弟子ってところかな。……並べてみるとあんまり強くなさそう。
「よしっ!」
様々な目星を付けて、あたいは忘れないようにノートにメモをとる。
「なあなあ、次のところはどんなところなんだ?」
ジャンが地図を真上から覗き込みながら口だけで尋ねた。
「次はね、リューリの街っていうところ! でっかい湖とその真ん中に教会のある国なんだって」
「へー。今までとは全然違うとこだな」
「うん。ただ、洞窟をひとつ通らないと行けないみたい。でも日常的に使われてるらしいから大丈夫だと思うけど……万が一の時はよろしくね?」
「おう、任せとけ!」
ジャンが力こぶを作ってみせる。最近のトレーニングの成果を見せたいだけのように見えて、あたいはふふっと笑った。
ここまではまだ順調。そう今までにも何度も確かめていたことを再確認して、心を落ち着かせる。
「それじゃあ、出発は明後日ね。明日のうちにあたいもお世話になった人達に挨拶してくるから」
「わかった」
「「お世話になりましたー!」」
二日後。結局、村の人達に見送られてあたいたちは村を出た。昨日挨拶して二回目になっちゃった!
村の人達の温かみを改めて感じつつ、若干後ろ髪引かれる思いもあるけれど、大きく手を振って誤魔化す。
ありがとうございました! そう五回ぐらい心の中で言って、あたいはようやく背中を向けた。お土産と言って渡された食料をリュックの一番上に重ね、よっと背負い直す。
「さっ、また長くなるわよ!」
「おう!」
朝日の照る道を、確かな足取りであたいたちは進む。風は心地よく背中を押した。
ーー ーー ーー ーー ーー
「結構暗いんだね」
「お、俺もちょっと苦手な感じだな……」
洞窟の中を、珍しく弱気なジャンの手を引いて進む。
「暗いところが? でも、ジャンは夜見張っててくれるじゃない」
「いや、暗くて狭いところが苦手なんだよ……。昔、とっちゃんと遊んでた時にふざけて押し入れに入ったら気づかれずなぜか出られずになって、トラウマなんだ」
なるほど、それなら納得ね。あたいもトラウマあるもん。そう、お師匠様の料理。自分で作るようになって世界がひっくり返ったわ。
お互いあんまり良くないことを思い出して気まずい苦笑いのまま、光の薄れた発光石に導かれて進む。時々チカチカと点滅している石には、そっと魔力を送って回復させてあげながら。
人通りは思ったよりもあり、洞窟を切り抜いて作ったらしい休憩所と宿屋には商人も何人かいた。
ちょうど食料が心もとなかったから、ここで一回補充する。お金は洞窟の前に出会った人に薬を売って多めに余っていたから大丈夫。
ついでに観光とか、できないかな……?
洞窟の不気味さ半分ウキウキ半分。ようやく洞窟の出口がやって来た。
「ほら、ジャン! 出口だよ!」
「や、やっとか……」
半日は洞窟の中にいたから、僅かな日光が眩しい。手を目の上に当てて、外へ一歩出る。
「わぁ……!」
絶景が広がっていた。
洞窟の出口は小高く、そこからは盆地とその真ん中の湖、そしてリューリの街の全貌がありありと見られた。
水色の丸の縁をカラフルな屋根が彩り、八つの方向から湖の中央の教会へ灰色の橋がかかっている。
こんな装飾品があったならば、誰もが手に取りお金を渡してしまいそうなぐらい美しい街が、悠々と広がっていた。
「すげぇ……!」
ジャンも感嘆の声を漏らす。あたいも何も言わずに頷いた。口角は不思議とつり上がっている。
ーーずっと森の中にいて、こんな景色を見るなんて夢にも思っていなかった。
「ねぇねぇ、余裕があったら観光しようよ!」
「ん? 別にお前がするってんなら俺はついてくよ」
「やった! じゃ、早く行こ!」
緩やかな坂道を、ジャンを置いて駆け抜ける。馬車ともすれ違って、体の引っ張られるままに。
なんだか良いことが起こりそうな予感!