14話 人間を
「おかえりなさい。少し遅かったが、大丈夫じゃったかの?」
「ん、まあ……怪我はない、な」
……。
「そうか……。ヒヨちゃんも大変じゃっただろう。今日はもう寝るといい」
「……はい。ありがとう、ございます」
俯いたまま、あたいはかすれた声でそう答えて、リュックを引きずるように持ってあてがわれた自分の部屋へ向かう。
足はふらふらと頼りない。いいや、頼りないのは足だけじゃない。……心も頭もグラグラだ。
部屋に入るや否や、あたいは身を布団の上に投げ出した。使い古されてぺったんこの布団は衝撃を全ては吸収してくれず硬く痛い。けれどその痛みが嬉しい。
思い出されるのは、あの家のことばかり。
お師匠様から貰ったお気に入りのローブ。お師匠様と一緒に作った家具。頑張ってお師匠様と読んだ大好きな小説。……ほとんどお師匠様の姿があるわね。
可愛い小さなキノコが生えてて、色とりどりの植物があり、まるでおとぎ話の世界のようなお家だった。
そして、何よりも、あたいとお師匠様の、大切な居場所。
「どうして……」
どうして、こんなことに。
あたいたちはただ、ただ静かに暮らしていただけだ。人間とちょっと違うだけで、人間と何ら変わらない生活をしていただけだ。
あたいたちは賢者。たったそれだけのことで、こんなことになってしまったの?
お師匠様が連れ去られる理由も、お家が焼き払われる理由も、どこにもないはずなのに。
けれど、その理由が、もし、もしも「あたいたちが賢者だから」なんていうことだったら。
あたいは、賢者の弟子でいられるのかな。
あたいはダンゴムシのように体を縮こませる。
もう、いやだな……。
ああ、今日の出来事すべてを無かったことにできたらいいのに。無かったなら、今頃あたいたちはーー
現実逃避に陥ろうとしたその時、コンコン、とドアがノックされた。
「ヒヨちゃんや」
それはルトンさんの声。
「大事な話じゃ。……入ってもいいかの?」
真剣なルトンさんの声だ。無下にするわけにはいかない。あたいは魔法でノブを動かして扉を開いた。
部屋に来たルトンさんは、顔になんの表情も浮かべていなかった。けれど、その目は突き刺さるぐらいに真剣だ。
「お主のお師匠様について、わかったことがある」
……お師匠様について?
あたいは少しの希望を得た。そして力を振り絞って、居住まいを正す。布団の上で座ったままで動かなくなったあたいに、ルトンさんは語りかけるように優しく説明してくれた。
「落ち着いて聞いての。お主のいっていたメガルハとやらは、《魔法使い狩り》の肩書きを持つ者。……賢者様は、三日後の昼間処刑されるそうだ」
「……え?」
あたいはその言葉が理解出来なかった。いや、理解することを拒んだ。
「なんで?」
口が意志を持ったかのように、その問は溢れ出た。
「なんで? お師匠様は、賢者だよ? お師匠様は、魔法使いなんかじゃない。お師匠様は、魔法使いを嫌ってるもん。……だから、おかしいよ、そんなの」
ーー自分でも驚く程に冷淡な声だった。
だっておかしいんだもん。普通じゃないんだもん。あたいたちは賢者で、時々人間を助けるし、時々人間に助けられるだけの、ただの賢者だもん。
だから、殺されるなんておかしい。そんな罪をお師匠様は被ってない。
濡れ衣だ。
だから、
「なんで、お師匠様は殺されるの?」
あたいはルトンさんの瞳を真剣に見つめる。
ルトンさんは代わりにあたいの瞳を見つめ返した。そして嘆息する。そこには悲しみが篭っているようだった。
「……ヒヨちゃん。お願いじゃ。人間を、こんなもんじゃとは思わんでくれ。人間を信頼してやってくれ」
「そんなこと言われたって!」
あたいの口は意思に反してそう怒鳴る。怒りと悲しみで声が震えていた。しかし、はっとしてあたいは謝る。
「……ごめんなさい」
「いいんじゃよ。その気持ちは、わしにもよぉわかる。じゃからお願いじゃ」
ルトンさんがあたいの両肩に手を置いた。
「人間を、信じてやってくれ」