12話 はぷにんぐ
「おはようございます……」
「ヒヨちゃん。おはよう。よく寝付けたかの?」
「あんまりでした……」
お師匠様のことが心配で、なかなか寝付けなかった……というか、一睡もできていない。あたいは頑なに開こうとしない自分の両まぶたを押し上げる。
どれだけあたいはお師匠様のことを……。当分、この不安は消えそうに無い。
「わしはちょっと出かけてくるでの。ヒヨちゃんはここでゆっくりしていくといい。……それとも、家が気になるなら、その間に行ってきなさい」
「はい。ありがとうございます」
感嘆符もを付けることができないままでいると、ルトンさんはうなずいてあたいの肩を無言でぽんと叩いて居間から出て行き、少しして扉のきしむ音が聞こえた。
さて、じゃああたいは何をしよう。
……お家を見に行こう。それ以外、することもないし。……何もされていないといいな。だけど、昨日はいろいろな汗をかきすぎて気持ちが悪い。あたいは少しきれい好きだから体が汚いのは気になってしまう。少し体を拭いてからでかけよう。着替えが無いのは仕方が無い。
あたいは台所でやかんで湯を沸かし、それを持って洗面所へ向かう。桶にやかんの中身を注ぎ込んで、そこに魔法で水を注いでちょうど良い温度に調節。
良い感じになったら服を脱いで、リュックの中に入れてあったタオルを浸した。そして固く絞って体を隅々まで拭いていく。ぬるいお湯が心地良い。時々思うのだけれど、あたいってスタイルは良いのよね。お師匠様にはどれだけ見栄を張っても子供だ、みたいなことを言われるけど。別に子供でも大人なのよ!
ようやく自分のテンションが戻ってきたことを感じる。あたいはタオルをてすりに掛けて、桶に青い髪の毛を垂らした。また今度前髪でも切ろうかしら。
なんて考えたその時。
ガチャリ。
扉が開く音がした。どこの?
「……」
「……」
扉の取ってを持ったまま固まったジャンと目が合った。
あたいの中で時が止まる。
「……」
「………………すまん」
「ハイドロ!!」
「うおぁっ?!」
あたいはジャンの顔面めがけて魔法を放つ。
地面が濡れちゃったけど……まあ、これはあとでジャンにでも拭かせよう。乙女の裸を見たなら、すぐに閉める!
……って、あれ? あ、あたい、裸見られた?!
そう理解した途端、とんでもない恥ずかしさが体を襲う。
な、なんでジャンがルトンさんの家に?! というか、いつ入ってきたの?! 音しなかったし……。待って、あたい杖なかったのにどうやって魔法使ったの?! ……ああ、もう!
あたいは行き場の無くなった羞恥の感情をぬるま湯にぶつけて、その水面を平手ではたいた。
「ああ、もうっ!!」
再び髪を洗おうとして桶に向かった時、揺れた水面に映った自分の顔は真っ赤に染まっていた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「それで、どうしたの?」
服を着直して、髪をタオルで乱暴に拭きながらあたいは何気なく尋ねる。
ジャンはおどおどしながらも、
「お、おう。じっちゃんに様子を見て来いって言われてさ。……大丈夫か?」
だいたいの事情は聞かされているのか、ジャンが不安げに釣り気味の目をあたいに向ける。
あたいはゆるゆると首を横に振る。
「……ううん。まだ、ちょっと混乱してるかも」
「まあ、そりゃそうだよな。……俺も、じっちゃんがいなくなったら、なんて考えると」
そこでジャンは言葉を切った。あたいが見ると、ジャンは虚ろに壁を眺めている。
しかし、ふと笑った。
「ま、俺が来たから大丈夫だぜ! 兵隊が来てもなんとかしてやるよ!」
「えー、本当に?」
「本当だよ! ……一瞬酷い目線だったぞ」
あれ、そんな風になっちゃってた? きっとジャンの思い違いね。だってーー
ーーだって、いま、少しだけ安心したから。
「よろしくね! 傭兵さん!」
「き、急に今度は傭兵呼びか。俺はどんな顔をすればいいんだ」
「笑えばいいのよ?」
そう言っても、ジャンは照れて顔を右手で軽く隠して視線を泳がしている。やっぱり子供ね!
なんていうあたいの考えは伝わってないだろうけど、あたいたちは同時に破顔する。
ああ、こんな状況なのにあたいは笑えてる。あたいは心臓のある位置に右手を当てて、高く、高く笑った。
「あはは……。それじゃ、ジャン。いきなりだけれど頼んでもいい?」
「おう! 任せろ!」
ジャンは頼もしげにそう言い切って、ドンと胸を叩いた。それはあたいが手を当てていたところと同じだ。
あたいは深く息を吸う。
「あたいのお家まで、行くわよ!」