03-06 お願い
食後にはリラータ姫のリクエストでハチミツとレモンのジュース。
「うむ、やはり美味いな。甘い飲み物は苦手な私でもこれはいける」
モーガンにも高評価だ。
「どうやって作るのじゃ?」
のじゃ姫はまたもレシピをご所望かと思いながらも、これで国同士が仲よくできるなら、と、ゴローは説明をする。
「レモンを洗って薄く輪切りにしてビンに入れ、ハチミツを流し込んで漬け込むんですよ」
冷暗所に4、5日置くと、レモンの水分がハチミツに吸われて出てくるので、それを薄めて飲む、とゴロー。
「ほうほう、手順は難しくないのじゃな」
「姫様、ですがハチミツが高価ですよ」
「そうじゃな。じゃが、国に帰ればハチミツはいくらでも手に入るじゃろう」
聞き逃せない情報があったので、ゴローは聞いてみることにした。
「ええと、そちらのお国ではハチミツが豊富なんですか?」
「うむ。我が国の主要な輸出品の1つじゃしな」
どうやら、ジャンガル王国はハチミツを輸出しているようだ。
「じゃが、これほど美味くはないのう……何か秘密があるのかや?」
「そんなことはないと思いますが……」
ゴローにも、すぐには見当が付かない。
が。
「あれ……もしかしたら」
1つだけ思い当たることがあった。
「何か、気が付いたのか? なら、是非教えてたもう! もちろん、礼はする!!」
「……ええと……」
一瞬躊躇したゴローに、ローザンヌ王女が口添えする。
「ゴロー、私からも頼む。礼もしよう。だからリラータ姫に秘密を教えてさし上げてくれ」
そうまで言われては、ゴローとしても教えるのは吝かではない。
「ええと、うちのハチミツは、一種類の花から作っているんですよ。いろいろな花からの蜜は『百花蜜』といいまして、それはそれで美味しいんですが、花の種類が変わりますから味が一定しないんです」
「なるほどのう……しかし、蜂の巣を捕ってくるわけじゃから、蜜を採った花が何かなどわからんじゃろう?」
「いえ、ですからミツバチを飼うんですよ」
「飼う!?」
「飼うじゃと!?」
「飼うんですか!?」
「あ、そこからか」
ゴローはミツバチの飼い方を簡単に説明した。
というか詳しくは知らない。なにせ『木の精』のフロロとその眷属になったピクシーに任せているのだから。
それでも、ミツバチを飼うという方法は目から鱗だったようで、リラータ姫のみならずローザンヌ王女とクリフォード王子も目を輝かせて聞いていたのであった。
* * *
ミツバチを飼うことで、安定したハチミツの確保ができるということと、花の種類を絞ることで味の安定化が図れることをゴローから聞いたリラータ姫、ローザンヌ王女らは、
「……気軽に聞いてしまったが、これは相当の礼をすべき案件じゃな」
「同感だ」
「うむ。……ゴロー、君はいろいろなことを知っているなあ。まったく感心するよ」
モーガンもゴローの博識さを褒め称える。
「だが気を付けろよ。その知識を狙って、質の悪い奴が寄ってくるかもしれんぞ」
「はい、気を付けます」
ゴローは顔を引き締めて答えた。
だがサナはそんなゴローに、
「ゴロー、気にすることはない。何かあったら、私がついてる。ゴローはそのままでいいと、私は思う」
とフォローした。
「おいおいサナちゃん、ゴローには甘いな」
モーガンが苦笑して言うが、サナはあっさりとそれを受け流す。
「当然。私はゴローの姉さんだから」
さらに、
「甘いものは大好き、だし」
とも、おどけて付け加えたのだった。
* * *
「甘いもの、か……」
その単語を聞いたローザンヌ王女は、何かを考え込んだようだった。
「姉上、ゴローさんに相談してみたらいかがでしょう?」
「うむ、クリフの言うとおりだな。……ゴロー、一つ相談に乗ってもらえないだろうか?」
いつになく真剣なローザンヌ王女の様子を見て、ゴローは頷いた。
「ええ、俺にできることでしたら」
「おお、そうか! さっそく承知してくれて嬉しいぞ! ……クリフ、お前から説明してくれ。私はどうもそういうのが苦手でな……」
「姉上……剣の稽古ばかりではなく、もう少し学問もなさってください。せめて本を読んでくださいといつも申し上げているでしょう?」
「こんなところで小言を言うな」
どうやらローザンヌ王女は勉強よりも身体を動かすことが好きなようだ。
なんとなく察していたが、身内である実の弟から言われているようではかなりの脳筋なんだな、とゴローは内心で苦笑をした。
「わかりましたよ……ええとですね……3日後に宮廷晩餐会が開かれるのですが、そこで出すスイーツで悩んでいまして」
「……なんで王族が?」
そういうのは料理人が考えることじゃないのだろうか、とゴローは疑問を口にした。
「ええと、それはですね……」
言いづらそうにクリフォード王子が説明したところによると、
ローザンヌ王女とクリフォード王子の幼馴染みである伯爵令嬢のそのまた幼馴染みが城の料理人見習いをしており、今回の晩餐会でスイーツを1品作ることになったという。
「それが好評なら、見習いから正式な料理人になれるんですよ」
(幼馴染みの幼馴染みって……)
心の中でツッコミを入れるゴロー。
(まあ、だけど、王族ってあまり『友人』って作れないだろうから、そういう関係って貴重なのかな……)
王族ともなると多少なりとも打算を持って近づいてくる者ばかりだろうし、とゴローは考えた。
(幼馴染みなら……小さいうちはそうした打算とは無縁だろうからな……少なくとも本人は、たとえ親が『友達になりなさい』とけしかけたとしても、当の本人たちは純粋な気持ちで友達付き合いをしていたはず……多分)
「ね、ゴロー、何かないの?」
同じようなことを考えたのか、サナもゴローに尋ねてきた。
いや、きっとサナは新しい甘味を食べてみたいだけだろうとゴローは内心で苦笑する。
〈ゴロー? 何か失礼なこと考えてない?〉
念話は切っていたはずなのに、勘のいいサナは何か読み取ったのか、ジト目でゴローを睨んだ。
〈い、いや、別に〉
ゴローは慌てて否定し、続けて、
〈サナ、『浄化』って生活魔法があったよな?〉
〈うん〉
〈あれって、特定の物質を除去しているのかな? それとも術者が指定できるのかな?〉
〈………………うん、術者が無意識に指定しているみたい〉
さすがサナ、短時間で魔法の解析を行ってしまった。
〈なるほど、なら……できるかな?〉
〈何か、思いついたの?〉
〈ああ〉
〈どんな?〉
〈それはうまく行ったら教える〉
〈けち〉
* * *
そんなわけでゴローは、ちょっと試してみる、といって台所へ向かった。
当然サナはついていく。ティルダも『興味深いのです』と言ってついてきた。
そしてローザンヌ王女とクリフォード王子も。モーガンもなんだなんだという顔で一緒に。
さらにはリラータ姫とネアもついてきたので、結局全員が台所に集まった。
そこそこ広い台所ではあるが、これだけの人数が集まるとやや狭く感じられる。
「さて」
ゴローは大きめのボウルにに1キムほどの砂糖を入れ、少量の水も入れた。
「で、どうするの?」
「まずはよく練る」
ざらざらガリガリと音のする粘っこい砂糖を、ゴローはそこそこ力を入れて練っていく。
すると、砂糖の粒子は次第に細かくなり、音がしなくなった。
「それで終わり?」
「いや、まだまだ。……『浄化』」
「あ」
薄茶色をしていた砂糖が白くなった。
「成功だ」
白くなった砂糖を、ゴローは金属製のバット(角形の浅い容器)に空けた。
ボウルの外には、茶色く粘つく『蜜』が分離されていた。
「これはこれで何かに使えるだろうからな」
それを集めてビンに入れたゴローは、
「こっちが本命だ」
「お砂糖だけ?」
サナが首を傾げるが、
「そう。これは『和三盆』っていうんだ。正確には『もどき』だけどな」
和三盆には正確な定義がないが、竹糖という品種が用いられるというし、魔法を使わず『研ぎ』という工程や蜜を抜くために麻袋に入れて『押し』を掛けるなどするため、今回作ったのはあくまでも『もどき』である。
「お砂糖だから、甘いのはわかる、けど」
サナはどうしてゴローがこんな手間を掛けたのかわからない、と言った。
「それはな……仕上げをご覧じろ、だ」
ゴローは最後の仕上げに取り掛かったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月2日(日)14:00の予定です。
20200130 修正
(誤)ゴローにも、すぐには検討が付かない。
(正)ゴローにも、すぐには見当が付かない。
20200623 修正
(誤)少なくとも本人は、例え親が『友達になりなさい』とけしかけたとしても
(正)少なくとも本人は、たとえ親が『友達になりなさい』とけしかけたとしても




