03-05 おしのび王族
「僕はクリフォード。クリフォード・ホイーロ・ルーペス」
王子様は自己紹介をした。
茶髪、藍色の目をしており、姉であるローザンヌ王女には似ていない。
「弟は父上に似ているのだ。私は母上に似ているようだ」
なるほど、とゴローは思った。
俗説ではあるが、男の子は母親に、女の子は父親に似る、という『謎知識』が頭をよぎる。
「ローザンヌ姉上からいろいろお話を聞きまして、一度お邪魔してみたくて……」
「は、はあ」
そこにモーガンも口を添える。
「クリフォード殿下は普段あまり外に出たがらないからな。いい機会なので私が護衛についてお邪魔した次第だ」
「はあ……」
元近衛騎士が、率先してお城を抜け出す手伝いをしていいのかとゴローは思うが、モーガンは涼しい顔をしている。
「おお、この国の王子殿下と王女殿下か、妾はジャンガル王国の王女、リラータ・ジャンガルじゃ」
「え、えと、姫様の従妹、ネア・ジャンガルです」
ゴローが考え込んでいる間に、王族たちは自己紹介し合っていた。
そして。
「おお、クリフォード殿下は魔法がお得意か。それは是非見てみたいのう」
「得意といっても、剣術よりはという程度ですよ。剣術はローザンヌ姉上にはまるきり敵いませんし」
「いやいや、人に誇れるものがあるというのは大事じゃ。それに王族はそうそう前線に出るものではないしのう」
「そ、そうでしょうか?」
「うむ。で、どのような魔法がお得意なのじゃ?」
「ええと、水属性魔法と治癒魔法が得意です」
「おお、2属性とはなかなか」
リラータ姫とクリフォード王子は意外と話が合うようで、いつの間にか仲よくなっていた。
「そういう姫君はどうなんです?」
「うむ、妾は一通り全部できるぞ!」
「ええっ? それはすごいじゃないですか! ……それに比べたら僕なんか……」
「い、いや、妾は狐の獣人じゃから、魔法と素早さに特化しておるのじゃ。殿下はヒューマンなのじゃから……」
わたわたしながら慌ててフォローするリラータ姫。
なんとなく微笑ましいなとゴローは眺めていた。
そしてそれはローザンヌ王女も同じらしく、いつになく穏やかな顔で弟を見つめている。
「お昼をご用意いたしました」
そこへマリーがやって来た。
「食堂に用意してございます」
「う、うん、ありがとう」
ゴローが返事をし、お客たちに声を掛ける。
「大したことはできませんが、お昼ができました。よろしければご賞味ください」
「なんの、ゴローの家の食事は美味いからな」
モーガンが真っ先に返事をした。
「うむ、『屋敷妖精』の料理など、王都のどこへ行っても食べられぬぞ、クリフ」
「はい姉上、楽しみです!」
ローザンヌ王女とクリフォード王子はそんな言葉を交わしている。
「うむ、悪いのう、食事まで馳走になって」
そんなことを言いながらもリラータ姫は少しも悪びれた様子はない。
「あ、あの、ありがとうございます」
ネアはさすがに恐縮しているようだった。
* * *
「ほう、これは何じゃ?」
「赤い麺、ですか……?」
リラータ姫とクリフォード王子が面食らった声を出し、
「ふむ、いい香りがするな。これはトマトとタマネギか? あとは……わからぬな」
「ニンニクの香りがします。隠し味に使われているようですね」
ローザンヌ王女は使われた食材を推測し、ネアは隠し味を当てた。
「おお、ゴロー、サナちゃん、これって初めてだな!」
そしてモーガンは初めてのメニューを喜んでいたのである。
そしてゴローは、
「ええと、お出でになった皆様に、ご紹介いたします。同居人で工房主のティルダです」
と、先程マッツァ商会への納品から帰ってきたティルダを紹介した。
「ティ、ティルダ・ヴォリネンと申しますです」
ティルダにしてみれば、帰ってきたらモーガンとローザンヌ王女のみならず、初めて見る顔が3つもあり、それもどうやら王族らしいと、内心あたふたしていた。
「冷めないうちにお召し上がりください」
とりあえず食事を勧めるゴローだった。
「おお、美味いぞ! ゴロー、これは何という料理だ?」
モーガンはあっという間に一皿平らげ、お代わりを所望している。
「ええとこれは『ナポリタン』といいます。トマトを使ったソース……『トマトケチャップ』で味を付けています」
トマトケチャップの作り方は、トマト、タマネギ、ニンニクをそれぞれ適量用意し、すり潰し、砂糖、塩、酢を加えて煮ればいい。
隠し味に月桂樹の葉を入れたり赤トウガラシを入れたりもする。
小麦粉で作った麺はよく食べられているが、こうした食べ方はされていないようだったので、ゴローがマリーと試行錯誤して作ったのである。
「さすがご主人様です」
とマリーに感心されたが、ゴローとしては由来のしれない『謎知識』によるものなのでなんとなく素直に賛辞を受け入れられなかったが、
「うむ、美味しいのう。ゴロー、礼はするからこのレシピを教えてくれんかのう?」
「あ、ゴローさん、僕からもお願いします。帰ったら王城のコック長に頼んで作ってもらおうと思います!」
クリフォード王子もそう言ってせがむので、ゴローは頷かざるを得なかった。
そしてそれ以上に、王子王女に喜んでもらえたようなので、ほっとしたゴローである。
一方、ネアとローザンヌ王女は無言のまま夢中で食べていた。
が、
「ネア、口の周りが真っ赤じゃぞ」
リラータ姫が注意をすると、ネアは顔を赤くして俯いた。
「あ、うう……」
「ほれ、これで拭け」
リラータ姫はネアにハンカチを差し出した。
「ありがとうございます……」
1歳違いということだが、ネアの世話を焼いているリラータ姫を見ていると、もっと歳の差があるように見えるなあ、とゴローは思っていた。
* * *
「……おや?」
賑やかな食事風景。
そんな中、ゴローは布を被せられたトレイを持って門の外に向かうマリーを見つけた。
(何やってるんだ?)
マリーは外に出るとすぐに戻ってきた。トレイの上に載っていた布はなくなっていた。
気になったので、食べ終えた食器を下げにやって来たマリーにゴローは尋ねてみた。
「マリー、今さっき、何で外に行ったんだ?」
「あ、ごらんになってましたか。……ええと、リラータ姫様の警護の方に昼食をお出ししてきたのです。ご主人様に断りもなく……申し訳ございません」
つまりマリーは、お忍びで出てきたリラータ姫を陰ながら警護する者たちが屋敷の周りにいることを察し、軽食を持っていった、とこういうことである。
「ああ、そうだったのか。よくやってくれたな。大丈夫、怒ったりしないよ」
「ありがとうございます」
自分が帰ってきたときはいなかったので、おそらく姿を隠していたのだろうなとゴローは思った。
小声で話をしていたのだが、リラータ姫は耳聡くその話を聞きつけた。
「ああ、そうじゃったか。マリー、相済まぬ。礼を言う」
「いえ、恐縮です」
「しかし、よく妾の警護の者だとわかったのう」
感心するリラータ姫。
「はい。警護の方は皆『獣人』の方ばかりでしたから」
「なるほどのう」
マリーの答えに、リラータ姫は納得して頷いたのだった。
「しかし、マリーは有能じゃなあ」
感心するリラータ姫。
「ええ、凄いですね。王城にもいませんよ、マリーさんのような使用人は!」
クリフォード王子も褒めちぎっている。
「本当にな。紹介した私も鼻が高いぞ」
モーガンもまた、嬉しそうに目を細めた。
「モーガンさんには、いい屋敷を紹介していただいて、本当に感謝してますよ」
ゴローもまた、本心から礼を述べたのだった。
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次回更新は1月30日(木)14:00の予定です。




