03-04 のじゃ姫
屋敷に帰ったゴローは、2人の狐の獣人の少女に挨拶をされていた。
「先日はお世話になりました。本日はあの時の御礼に伺いました」
見知った方……ネアがまず挨拶の口上を述べた。
こうして落ち着いて話をしている限りは残念な娘には見えないな、とゴローは若干失礼なことを考えている。
そして。
「お初にお目にかかる。妾はリラータ・ジャンガル。一応ジャンガル王国の王女を務めておる。今日は先日ネアが世話になったというので御礼にまいったのじゃ」
のじゃ姫だ、と思ったゴローだが口には出さなかった。
ネアもリラータ姫も狐の獣人なので、ふさふさもふもふの狐尻尾を持っていた。
目の色はどちらも金色で、髪色は文字どおり狐色。それでもネアの方がいくらか茶色っぽく、リラータ姫の方が黄色いという感じであった。
(獣人たちが姫様姫様というのがわかる気もするな)
光の加減で、リラータ姫の髪……と尻尾は金色に輝くのだ。これを綺麗と思わない奴は少ないだろう、とゴローも獣人たちに同意するのだった。
* * *
立ち話も何なので、ゴローは前庭に設置した日除けの下へと向かう。
そこにはテーブルと椅子が常設してあって、乾燥気味のこの町では、日中でも快適に過ごせるのだ。
「ここはいい場所じゃのう。なんというか、空気が落ち着いておる」
日除けの下でリラータ姫は呟いた。もちろん椅子は勧めてある。
「『屋敷妖精』に守護された屋敷だからでしょうか?」
ネアが言うと、リラータ姫は首を振った。
「それもあるが、それだけではないのう。……ゴロー殿、もしよかったら、他の住民も紹介してくれぬか?」
「住民といっても……」
住んでいるのは、ゴローとサナと、ドワーフのティルダ。そのティルダは納品からまだ帰ってこない。
「ああ、住民といっても人間とは限らぬぞ? おそらくじゃが、妖精もたくさんいるじゃろう?」
「はあ、それならいますが……」
「会わせてくれぬか? 妾たち獣人は妖精に憧れておるのじゃ」
「……へえ?」
「えっと、そうなんです。でもなかなか会えなくて……」
ネアも補足説明する。
「エルフの連中は妖精を使役することができるが、我々はできんでのう」
リラータ姫が苦笑する。
そこへ、『屋敷妖精』のマリーが飲み物を持ってやってきた。
「どうぞ」
「ありがとうなのじゃ。おお、冷たいのう」
「ありがとうございます」
「さ、どうぞ、飲んでください」
まずはゴローが飲んでみせる。ハチミツとレモンのジュースだが、今回の配合はスポーツドリンクもどきよりも少し濃いめにしてあるので、ジュースとしてちょうどいい味だった。
「おお、これは美味しい」
「美味しいです。この前のものより味が濃いですね」
ネアもそんなことを言っている。
「今回のは水分補給じゃなく、飲み物だから」
ゴローが説明すると、ネアは納得顔で頷いた。そんなネアにゴローは、
「……よくここがわかったな?」
と聞いてみた。重度の方向音痴なネアが、この屋敷を探し当てられるとは思えなかったのだ。
「えっと、『住所』は覚えていましたので」
「ああ、そうか」
「なので、妾も一緒に従者たちに連れてきてもらったのじゃ」
「お2人だけでは?」
「うむ。ここにいると迷惑じゃろうから、6時間後に迎えに来るよう命じておいた」
「6時間って」
自由な姫様だなあ、とゴローは半ば呆れ、それを許す周囲にも半ば呆れたのだった。
「ああ、それから、妾と話をする際に敬語は使わんでほしいのじゃ」
堅苦しいのは性に合わん、とリラータ姫。
やっぱり自由人だ、とゴローは思ったのである。
「それで、『屋敷妖精』の他にも、妖精がおるじゃろう?」
ジュースを飲み終えたリラータ姫が、再度妖精のことを言い出した。
「いるけど、顔を見せるかどうかは聞いてみないとな……」
「ほう? つまり、言葉を交わせる妖精がいるのじゃな?」
「まあな」
ゴローはちらりとサナの方を見る。
サナはそれで悟ったとみえ、
「フロロ、いる?」
と、声を掛けてくれたのだ。
すると、サナの隣に『木の精』のフロロが現れる。
「はい? どうしたの、サナちん?」
「お、おおお! こ、これは『木の精』様かや!?」
フロロを見て驚き喜ぶリラータ姫。
フロロはそんな彼女を見て、首を傾げた。
「誰?」
サナはそんなフロロに説明する。
「ええと、リラータ・ジャンガル王女。獣人のお姫様」
それでフロロは悟ったらしい。
「ああ、そうなの。あたしはフロロ。サナちんと契約した『木の精』よ」
ちゃんと挨拶してくれたのである。
「か、感激です!」
ネアが飛び出して、フロロの手を取ろうとし……。
「やだ」
フロロは消えた。そしてサナの背後に現れた。
「あ」
「これ、ネア、不敬なことをするでない」
リラータ姫はネアを叱ると、フロロに向かってお辞儀をした。
「木の精殿、妾はジャンガル王国の王女、リラータ・ジャンガルと申します。お目にかかれて光栄です」
フロロは警戒心を少し解いて笑った。
「あら、あなたは礼儀を知ってるのね。あたしたちは脅かされるの大嫌いだから、気を付けなさいよね」
「はい、わかりました」
どうやら獣人が妖精を崇拝していても、妖精の方は騒がしいことが嫌いなのでなかなか姿を見せない、ということのようだ。
「うう、やっぱり我ら獣人は、騒がしすぎるのですか……」
「そうよ。あたしたちはそういうの嫌いなんだから。あんたたちって、あたしたちを見つけると興奮して駆け寄って来るでしょ? あれってすっごく怖いんだからね?」
「……面目ないと謝るしかできません……」
しょげて項垂れるリラータ姫。狐耳はへにょんと垂れ、尻尾もだらりとして力がない。
その様子が哀れなので、さすがにサナも黙っていられなくなったようだ。
「フロロ、何とかしてあげられない?」
「何とかって……何よ?」
「……」
その間に、2人とも無策のようだ、とゴローは悟った。そこで横から口を出してみる。
「ピクシーを呼べないか?」
「呼べるけど」
「じゃ、呼んで?」
サナが即、お願いをした。
「わかったわ」
頷いたフロロは、つ、と右手を上げて、庭の奥に向かっておいでおいでの仕草をする。
すると、3体のピクシーがふわふわと飛んで出てきた。
「……!……っぷ」
それを見て、また大声を上げてはしゃぎそうになったネアの口を、すんでの所でリラータ姫が押さえて止めた。
「……凄いのう……町の外周部とはいえ、ピクシーが棲んでいるとは……」
これほど間近でピクシーを見たのは初めてじゃ、とのじゃ言葉を復活させたリラータ姫が呟いた。
3体のピクシーはふよふよと飛び回り、フロロの頭の上に留まった。
「おおお…………」
拝まんばかりのリラータ姫とネアの様子に、さすがのフロロも少し顔が引きつっていた……。
* * *
「いや、感謝する、ゴロー殿、サナ殿」
フロロとピクシーを帰すと、狐の獣人2人はゴローとサナに感謝の意を述べた。
と、そこにマリーがやってきて、
「お客様です」
と告げる。
「あー、モーガンさんかな?」
「はい、それともうお二方」
「マリアンさんとローザンヌ王女殿下?」
だがマリーは首を横に振った。
「いえ、お一方はローザンヌ王女殿下ですが、もうお一人は……」
「ゴロー、サナ、遊びに来たぞ」
そこへ当の本人たちがやってきた。
モーガンと、ローザンヌ王女。そしてもう1人、ローザンヌより少し下と思われる少年。
「今日は弟も連れてきた」
「……」
この屋敷、王族来すぎだろう……とゴローは内心で嘆息したのであった。
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次回更新は1月28日(火)14:00の予定です。




