03-03 リンク式
ゴローたちは『北西通り』を南東へ向かった後、『環状二号』を南下していく。
迎賓館へ向かう『足漕ぎ自動車』の中でネアは感心し、驚いていた。
「すごい『馬なし馬車』ですね! それに涼しい……! ヒューマンの国は進んでいるのですね」
「まあ、こんな車が何台も走っているわけじゃないけどな」
「あ、この道、覚えがあります! 右へ曲がって真っ直ぐ行くと、東の門に出るんですよね?」
「……右へ曲がったら西の門だよ」
「あ、あら? じゃ、じゃあ、左?」
「左に曲がったら王城にぶつかる」
「あらら……」
「…………」
どうやらネアの方向音痴は筋金入りのようだ、とゴローは内心嘆息した。
そして『南西通り』にぶつかったところで鋭角に左に折れ、北東に向かい、『環状一号』を右に曲がって少し行けば……。
「ああ、ここならわかります」
迎賓館の前であり、これでわからなかったらどうしようもない。
「それじゃあ、ここで」
ゴローは先に降り、ドアを開けてネアを降ろした。
「はい、ありがとうございました!」
深々とお辞儀をするネア。
「このご恩は、一生忘れません」
「いや、そんな大袈裟な」
ネアの言葉に軽く返したゴローは『足漕ぎ自動車』に乗り込み、Uターンした。
振り返って見ると、ネアはずっと手を振っていたようだった。
「……バックミラーを付けよう」
今更ながら足りないものに気が付いたゴローは、回り道であるが『ブルー工房』に寄っていくことにした。
「……Uターンするんじゃなかった」
そのまま『環状一号』を東に向かって行った方が『ブルー工房』は近かったのである……。
* * *
「いらっしゃい、ゴローさん! 今日は何ですか?」
ゴローが着くと、ドアが開いてアーレン・ブルーが飛び出してきた。
「お、おう」
監視カメラでも付いているんじゃないかと思うほどの反応に、少し引き気味のゴロー。
「え、ええとな、こいつに、後ろを見るための鏡を付けたいんだよ」
バックミラー、とは言わずに『後ろを見るための鏡』と説明するゴロー。
「あ、なるほど! 後ろから早馬が来た時とか、後退する時とか便利そうですね!」
聡いアーレンはすぐにその意図を察してくれた。
「では、さっそくやりましょう!」
『足漕ぎ自動車』を工房内に移動させ、アーレン・ブルーは即座に検討に入った。
「できれば、鏡はちょっと膨らませてもらえるといいんだがな……」
バックミラーは、広い範囲を映すために緩やかな凸面鏡になっているのだ。
「へえ? どうしてですか?」
さすがのアーレンも、その意味はわからなかったようだ。
「ええとな……」
言葉を尽くしてゴローが説明すると、さすがアーレン・ブルー、理解は早かった。
「うーん……そんな鏡はありませんから、一から作るしか……。ゴローさん、明日まで待ってもらえますか?」
「も、もちろんだ。……徹夜するなよ?」
「あはは、ラーナに怒られながら、ちゃんと寝てますよ。……3時間くらい」
「いや、6時間は寝ろよ」
「はい……」
その様子を陰で見ていたラーナは声を出さずにくすくすと笑っていたという。
* * *
「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
「ゴロー、遅かったね」
「ああ、実は……」
ゴローはバックミラーの必要性を感じたので『ブルー工房』に寄ってきたことを説明した。
「ゴローらしい」
サナは笑って、
「ごはん、できてる」
と告げた。
(……食事はいらないこの身体だけど、すっかり習慣付いたなあ……)
しみじみ思うゴローであった。
* * *
さて、そんなこんなで翌日。
ゴローが『ブルー工房』へ行くと、バックミラー用の凸面鏡がいろいろできあがっていた。
「どのくらい膨らんでいればいいか、最適値を決めましょう」
そういうことらしい。
膨らみ方は曲率もしくは曲率半径で表す(通常は球体表面で近似する)。
アーレン・ブルーは曲率半径で表すことにしたようだ。
ちなみに、自動車のドアミラーは曲率半径1200〜1400ミリ、つまり半径1200〜1400ミリの球体から切り出された曲面くらいだという。
曲率半径が小さいと広い範囲が映るが像は小さくなる。
反対に曲率半径が大きいと映る範囲は狭くなるが像は大きくなる。
要はバランスである。
「こちらは半径1000ミル、これは1200ミル、こっちは1500ミルです」
どうやらそれぞれの半径を持つ半球を作り、その表面に沿わせるような加工をしたらしい。そうした技術と発想はさすがだ、とゴローは感心した。
「そうだな……この1200ミルくらいがいいんじゃないかな?」
地球の自動車より速度が出ない分、広い範囲を映せる方が安全確認にいいかもとゴローは判断し、そう言ってみた。
「わかりました。これで作りましょう」
さっそく、アーレン・ブルーは鏡の切り出しに取り掛かった。
そしてものの1時間ほどで左右のドアミラーとルームミラーが取り付けられていたのである。
「おお、これはいいな」
ゴローは試し乗りをしてみて、後方確認がしやすいことに感心した。
(……ていうか、『気配探知』すればいいような気もするが……)
だがその場合、生物の存在は察知できても、障害物はわからないので、やはりバックミラーは必要だな、と思い直すゴローであった。
「あ、そうだ、ゴローさん、実はこういう構造を考えたんですが」
試し乗りの結果を聞き終えたアーレンは、ゴローに何枚かのスケッチを見せた。
「『足漕ぎ自動車』で、チェーンを使わずに、後輪に力を伝える構造です」
「へえ……」
それは『リンク機構』と呼ぶべきものだった。
ペダルは、つまりはクランク機構である。
回転軸に対し垂直に張り出した部分を作り、そこに力を加えることで回転させる。
その回転を、今はチェーンで伝えているが、アーレン・ブルーはリンク機構で伝えようとしたわけだ。
文字では説明しづらいが、蒸気機関車の動輪をイメージしてもらえば近い。これは、ピストンの往復を動輪の回転運動に変える『スライダクランク機構』である。
これを回転軸同士で繋いでやろうというわけだ。
「変速はできなくなりますが、機構的には簡単になります」
「確かにそうだな」
チェーンは『ブルー工房』とゴローの間での秘密技術である。
真似しようと思ってもそうそう作れるものではない。
だが、この機構だと、そうでもないだろうなとゴローは心配した。
「その点は確かにそうです。でも僕としてはこの『足漕ぎ自動車』をもっと普及させたいんですよ」
「そうなのか」
「『足漕ぎ自動車』が普及すれば、真似して作る工房も出てくるでしょう。そして互いに切磋琢磨して、よりよい自動車が作れるに違いありません!」
高潔というか理想が高いというか夢見がちというか悩むゴローだったが、そういう考えは嫌いではない。真似できるかといわれると微妙であるが、応援したくなるのは間違いなかった。
「そっか。……俺も、思いついたことがあったらまた教えるよ」
「ありがとうございます! ゴローさんにそう言ってもらえると心強いです!!」
「ああ、うん」
そのテンションの高さに若干引き気味になるゴローだったが、リンク式の問題点を指摘しておこうと思い立った。
「この場合、ペダルの軸と駆動輪を繋ぐ、リンクロッドというかコネクティングロッドというか、こいつをどこに通すかだよな」
それ以前に、ゴロー(サナ含む)以外の脚力でどこまで動かせるか、が気になっている。
「変速できないから、多分1人乗りになると思うんだよな……」
ゴローの『謎知識』には、小さい子供用の足漕ぎ自動車がイメージとして浮かんでいた。
それくらいなら、歩くよりも速く走ることはできそうだ。
ただ、2人乗りは厳しいだろう。
「あ、2人乗りの場合は2人で漕げばいいな」
遊園地などにある足漕ぎ自動車や、湖や池で乗れる足漕ぎボート、あるいは観光地にある2人乗り自転車。
「あ、そういう考えもありますね! やっぱりゴローさんだなあ」
こうして、全体の大きさを決めれば、リンクロッドを通す場所も決まっていく。
アーレン・ブルーがいろいろ悩み出したところで、ゴローはそっと席を外し、帰ることにした。
「ありがとうございました」
秘書のラーナに見送られ、ゴローは家路に就いたのだった。
* * *
「お帰りなさいませ、ご主人様。お客様が見えてます」
ゴローが屋敷に帰ると、『屋敷妖精』のマリーにそう言われた。
「ネアさんと……ええと、どなた様?」
見覚えのある狐の獣人と、見覚えのない狐の獣人とが彼を待っていたのだった。
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次回更新は1月26日(日)14:00の予定です。