03-02 方向音痴
サナが言うには、この女の子はおそらく『狐』の獣人である。
「それがどうかしたのか?」
ふさふさもふもふの尻尾を見て、ゴローも多分そうだろうと思っていた。
「……狐、ということで、何か思い出さない?」
「え? ええと………………あっ!!」
サナに言われて、ゴローは思い出した。
「獣人の国の……姫様か!」
「そう」
ゴローは、気を失ったままの女の子が寝ている部屋の方を見た。
「でも、いくらお転婆でも、姫君が1人で見知らぬ国をうろつくか? その挙げ句に熱中症で倒れるとか……」
ゴローの反論に、サナは頷いた。
「うん。だから、本人じゃなくても、お付きとか、妹とか」
「ああ、そうか」
近い立場で、もっと自由のある者が抜け出してきた……という線もある、とサナは言ったのだ。
「いずれにしても、粗雑な扱いは、だめ」
「だな……」
「国際問題になる」
もっとも、そんな扱いをするつもりは毛頭ないが。
そのとき、女の子が目を覚ました気配がした。
部屋へ入ろうとしたゴローを止めて、サナが言う。
「……悪いけど、私が会う。後から、ゴローのことは紹介するから、ここは任せて」
「わかった」
目を覚ました時に応対するのは、この場合男よりも女の方がいいだろうということくらいはゴローにもわかったので、サナに任せることにした。
(俺は鈍感系主人公じゃないからな)
などと、『謎知識』から変な単語を拾い出して頭の中で考えていたりする。
* * *
「こ、ここは……?」
狐の獣人の少女は目を覚まし、見知らぬ天井を見て面食らっていた。
「気が付きましたか?」
その声に横を向くと、黒目黒髪の小柄な侍女が立っていた。右手にピッチャー(水差し)、左手にコップを持っている。
その隣には、白い髪、赤い目をしたヒューマンらしい少女の姿が見えた。
「あなたは、町中で倒れていた」
白い髪、赤い目の少女が説明してくれた。
その説明に、狐少女は納得する。
「ああ、そうだったんですね。ありがとうございます。助かりました」
そしてお辞儀を1つ。
「まずは、これを飲んで。……マリー、それをあげて」
サナは、マリーに言って、スポーツドリンクもどきの入ったコップを差し出させた。
「あ、ありがとうございます!」
確かに喉がカラカラだったので、狐少女は受け取ったコップの中身を確かめもせずに一気に飲み干す。
「……おいしい……つめたい……」
「よかった。もう1杯、飲む?」
「はい。ありがとうございます」
差し出された空のコップに、マリーはピッチャーからスポーツドリンクもどきを注いだ。
狐少女はそれも美味そうに飲み干した。
「……ふう、気分がすっきりしました。……あ、申し遅れました。私はネアといいます」
「私は、サナ。こっちはマリー」
ネアはマリーをしげしげと見つめ、
「ええと、もしかして『屋敷妖精』ですよね……?」
と、マリーの正体を看破した。
「はい、わたくしは『屋敷妖精』です」
マリーは綺麗なお辞儀をして答えた。
「それで、あなたを見つけて連れ帰ってきたのは私じゃ、ない」
「あ、そうなんですね? どなたなんですか?」
「私の……弟。ちょうど通りかかったらあなたが倒れた、って」
「そうでしたか。……その方は?」
「部屋の外。……呼ぶ?」
「あ、はい。……えっと、その前に、服を整えさせてください」
身体の各部を冷やしていたので、かなりきわどい格好になっているため、衣服を整えるネア。
それが終わると、ゴローが呼ばれ、部屋に入ってきた。
「やあ、元気になったようでよかった」
「あなたが、私を助けてくださったんですね?」
「うん、まあ。俺はゴロー」
「改めまして、ネアと申します」
丁寧なお辞儀をするネア。その様子を見て、かなり育ちがいいのではとゴローは感じた。
(本当に、姫君だったりするかもな?)
そんなことを考えたが、確かめるのはちょっと怖いので黙っていくことにした。
のだったが。
「ネアさんって、お姫様?」
サナがド直球に質問した。
(おいー!!)
とゴローは思ったが、
「え? 違いますよ」
との答えに、肩の力が抜けた。
だが、
「私はリラータの従妹ですから」
との答えに、再度焦りを覚えた。
「ええと……つまり、王女殿下の従妹様?」
「そうなりますね。あ、私自身はちっとも偉くないですから、気にしないでください」
そうは言われても、他国の王族をぞんざいに扱うわけにはいかないだろうとゴローは思った。
「あ、本当に、お気になさらないでください。私自身、民間で暮らしているんですから」
「そうなんですか?」
「ええ。そもそも、私の父の兄、つまり伯父が今の女王様に見初められて王配になったわけですが、元々伯父も私の父も庶民ですから」
「……なるほど」
「元々うちの国は身分にあまり拘りがないんです」
などと内情を聞かされてしまい、困惑するゴローだが、サナは平然とそれを聞いていた。
「まれによくあること」
「おい」
言葉が矛盾しているぞ、とゴローが言うと、
「つまり、あまり身分に拘らない王族はまれだけど、そういう王族、あるいは国家だったら、平民から王妃や王配を選ぶことはよくある話、という意味」
「なるほど」
長い説明を要する内容を一言で言い表したということでゴローも納得した。
「えーと、それで、なんであそこで倒れる羽目になったのでしょうか?」
距離感を測りかねたゴローが、とりあえずの疑問を口に出した。
「あ、ええと、その、町を見てこようと外に出てみたのはいいのですが、ええと……」
なぜか恥ずかしそうにするネア。
じっくりと時間を掛けて問いただしてみると、どうやらネアは極度の方向音痴で、帰り道がわからなくなったらしい。
「この町は規則正しくできているので大丈夫だと思ったのですが……」
「やっぱり迷ってしまった、と」
「はい……」
ここでゴローは、ふと気が付いた。
「あ、だとしたら、ネアさんが戻らないことで、心配している方がいるんじゃないでしょうか?」
「あ」
ネアの顔色が変わった。
「お、仰るとおりです! ど、どうしましょう?」
「どうしましょうったって……」
急いで帰るしかないだろう、とゴローは思った。
しかし……。
「どうやって帰るんでしょう?」
知るか、と言いたかったが、それではさすがに国家間の問題に発展しかねないと思い直す。
「ええと、どこへ帰りたいのか、道順じゃなくて場所はわかるのかな?」
「はい。迎賓館です」
「迎賓館……」
「確か、町の南」
「だな」
それがなぜ、町の北側に来てしまうのかとゴローは思ったが、今は文句を言っても仕方がないと思い直す。
「じゃあ、送っていくよ」
「……お願いします……」
体調も戻ったらしいので、問題ないだろうと、ゴローはネアを玄関へと案内した。
「こ、これはなんですか!?」
そこには『足漕ぎ自動車』が駐めてあったのだ。
「『足漕ぎ自動車』って言ってね……とにかく乗ってくれ」
「は、はい」
ネアを助手席に乗せたゴローは、
「じゃ、行ってくる」
と一言言い残してペダルを踏み込んだ。
「わ、わわっ、は、走りました!」
「そりゃ走らなきゃ移動できないからな」
そう言いつつ、ゴローは少し急ぎ気味に屋敷を出て行ったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月23日(木)14:00の予定です。
20200121 修正
(旧)「あなたは、町中で倒れていた。それで、私の……弟、が、ここに連れてきた」
(新)「あなたは、町中で倒れていた」
20200625 修正
(誤)「ええ。そもそも、私の母の姉、つまり伯母が今の王様に見初められて王妃になったわけですが、元々伯母も私の母も庶民ですから」
(正)「ええ。そもそも、私の父の兄、つまり伯父が今の女王様に見初められて王配になったわけですが、元々伯父も私の父も庶民ですから」
(旧)平民から王妃を選ぶことはよくある話、という意味」
(新)平民から王妃や王配を選ぶことはよくある話、という意味」
20211218 修正
(誤)体調も戻ったらしいので、問題ないだろうと、ゴローはネアを玄関へを案内した。
(正)体調も戻ったらしいので、問題ないだろうと、ゴローはネアを玄関へと案内した。




