03-01 拾いもの
アーレン・ブルーに『エアコン』の魔導具を発注して4日が経った。
約束の期日になったので、ゴローは『足漕ぎ自動車』を駆って、単身『ブルー工房』へ向かう。
「……今日も暑くなりそうだな」
季節は盛夏。まだ午前中だというのに、焼け付くような日差しが降り注いでくる。
「まあ、俺やサナにはこのくらいなら平気なんだが」
などと独り言を呟きながら、ゴローは通い慣れた道を『ブルー工房』目指して急いだ。
同じ道を行き来しているため、沿道の住民もこの『足漕ぎ自動車』は見慣れたらしく、注目を浴びることは少なくなっていた。
* * *
「ゴローさん、お待ちしてました! 出来上がってますよ!!」
『ブルー工房』に着くと、アーレン・ブルーが飛び出してきてゴローを出迎えた。
「ちゃんと寝てるんだろうな?」
とゴローはアーレンの身体を心配した。
「……それはもう」
「今の間はなんだ?」
「い、いえ、ちゃんと2時間以上寝てますから!」
「2時間って……」
ゴローが呆れたところへ、アーレン・ブルーの秘書、ラーナが冷たい水を持ってやってきた。
「あちしが口を酸っぱくして言ってようやく寝てくださるんです……。ゴロー様からも言ってさし上げてください」
ラーナにしてみれば、ゴローは上客であると同時に、アーレンが徹夜する原因を持ち込んできた人物である。
その本人から忠告してもらおうというわけだ。
「いやほんとに身体には気を付けてくれよ? もしダウンでもしてみろ、もう何か思いついてもこの工房には来ないからな?」
試しにそんな言い方をしてみると、アーレン・ブルーは食いついた。
「そ、そんなあ! ……わかりましたよぅ、ちゃんと寝ますから……」
「ラーナの言うことを聞けよ?」
「はい………………」
渋々、本当に渋々といった風情で頷くアーレン・ブルーであった。
「で、できたものを見せてくれ」
ゴローがそう言うと、しゅんとしていたアーレン・ブルーは急に元気になった。
「はい! こちらへどうぞ!」
大型なので工房に置いてある、ということらしい。ゴローはアーレンの案内で工房へ向かった。
「これです!」
「おお……」
大きさは幅60セル、奥行き45セル、高さ90セル、といったところか。
「これが工房用の『エアコン』です。動力源は『マナ』ですので、半永久的に使えます」
「それって、凄いことなんじゃないか?」
一般的に言ってマナの濃度は低い。
魔導士は基本的に体内の魔力、すなわち『オド』を使って魔法を使う。
そして消費された オドは、呼吸によりマナを取り込み、時間を掛けてオドに変化させ、減った分を補給する……。
……というのが、一般的に言われているオドとマナの関係性らしい。
その薄い『マナ』だけで動作するということは、相当効率のよい機構を作り上げたということに他ならない。
つまり、アーレン・ブルーの腕が並々ならぬということの証明である。
「で、こちらが自動車用です」
「お、いいな」
こちらは食パン1斤くらいの大きさである。
「これで、夏も車内が快適になるよ」
「さっそく取り付けましょう」
そういうわけで、アーレン・ブルーは車用エアコンを『足漕ぎ自動車』のフロントパネル部分にうまく取り付けてくれた。
「このレバーをこっちに倒すと冷房、逆が暖房です。強さはこっちのレバーです。目一杯下に下げると停止、一番上が最強ですね」
「なるほど」
車用は小さいので、操作もシンプルだった。細かい温度調整はできず、冷却もしくは加温の強度を調整という形になっていた。湿度も調整できない。
一方据え付け用のものは、温度と湿度の調整ができる。
とはいっても『何度』『何パーセント』と設定できるのではなく、高くしたり低くしたりできる、という程度である。
それでも、数回調整すればほぼ適温適湿にできるだろうと思われた。
「あ、据え置きの方はここに加湿用の水を入れてくださいね。なくなると、この部分が赤く光りますから補充してください」
夏でも乾燥しすぎることがないとは言えないので、水は入れておいた方がいいなとゴローは判断し、こうした機能を注文しておいたのだ。
魔法で出した水はしばらくすると消滅してしまうので、加湿には使えないのである。
「わかった。よくできてるなあ。……それで、本当に代金はいらないのか?」
「ええ、もちろんです。むしろ、この『エアコン』が他にも売れたら、アイデア料を支払いますよ」
「それほどか……」
特許という考えがないらしいので、こうした真摯な態度は貴重だな、とゴローは感心した。
(まあ、長い付き合いになりそうだし、信頼関係を築くのは大事だよな)
その他にも細々した説明を受けたゴローは、
「……そういった注意事項を、印刷して添付したらどうだ?」
と言ってみた。
同じようなものを量産するなら有効だろうという考えからだ。
そしてその考えは大当たりだったらしい。
「それです!」
アーレン・ブルーがもの凄い勢いで乗ってきたからだ。
「そうすれば、注意を聞いた聞かないというようなトラブルもなくなりますね!!」
「お、おう」
やっぱりそういうトラブルあったんだなあ、とゴローは思ったのである。
* * *
なんだかんだ説明を受け、ゴローは2台の『据え置き型エアコン』を『足漕ぎ自動車』に積んで帰路に就いた。
1台が60キロくらいあるが、ゴローの脚力なら問題ないし、自動車も十分その荷重に耐えた。
また、車内用エアコンも、いい感じに冷却してくれたので、ゴローは上機嫌でペダルを漕ぎ続けたのである。
そしていつもどおりに、人が多い商店街地区を避け、環状三号・環状四号・東通り・北東通りに囲まれた閑静な住宅街を走っていると、ふらふら歩く人影を見つけた。
「酔っぱらっているのか? 危ないな……」
と思っていると、その人影は道路の真ん中でいきなりぶっ倒れたのである。
「わあ!」
漕いでいたペダルを脚力だけで止めることにより、急ブレーキを掛けるゴロー。
がっしりと作られた車体は、重量物を積んでいるにも拘わらず、ちゃんと止まってくれた。
「……スピードを出していなくてよかった……」
危うく轢いてしまうところだったと、ゴローは胸を撫で下ろしたのである。
「それにしても……」
倒れた人影は起き上がらない。
「打ち所が悪かったのかな?」
いずれにしても、足漕ぎ自動車の前1メートルの所に倒れられていては、放っておくわけにもいかない。
誰かに見られたら、ゴローが轢いたように見えてしまうだろう。
そこでゴローは車を降り、倒れた人影の様子を見ることにした。
「……大丈夫ですかー…………え?」
金茶色のふさふさな尻尾が見えた。
つまり、倒れていたのは獣人だったのだ。
しかも女の子。
顔が火照っている感じで、汗が出ておらず、体温が高い……気がする、とゴローは判断した。
「熱中症かな?」
お日様は頭の上、気温もかなり高い。
とにかくこのままにしておくわけにはいかないと、『足漕ぎ自動車』の後部座席に乗せる。
絵面から見たら誘拐犯のようだ。
とにかく車内は涼しいから、というつもりでゴローはその女の子を一旦連れ帰ることにした。
〈サナ、具合の悪そうな女の子を拾った。連れて帰るから、診てやってくれ〉
と、念話で連絡するのを忘れなかったのは、ゴローのファインプレーであった。
* * *
「ただいま」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
急いで帰ったゴローは、そのまま自動車を玄関前に着ける。
出迎えてくれたサナと『屋敷妖精』のマリーに、
「この子が目の前で倒れてさ。ほっとけないから連れてきた」
と説明した。
そして急いで客間へ連れて行き、ベッドに横たえる。
「サナ、診てくれるか?」
「うん。……でも、獣人の診断がちゃんとできるか、自信はない」
そう言いながらもサナは女の子の額に手を当てて体温を診たり、脈拍を測ったりした。
「……暑さにやられた、と思う」
「やっぱりか」
ゴローの診断と一致したので、濡れたタオルを額と首、脇、それに鼠径部(脚の付け根)に当てて体温を下げることにする。
脇や鼠径部を冷やすので、それはサナとマリーにやってもらっており、ゴローは飲み物作りに回った。
「水分補給と塩分、糖分だよな……」
水、わずかな塩、ハチミツ、それにレモン果汁を混ぜてスポーツドリンクもどきを作るゴロー。
女の子が目覚めたら飲んでもらおうと思っているのだ。
それをピッチャー(水差し)に入れ、コップを用意する。
そこへサナがやってきた。
「もう、大丈夫」
「お、ありがとう。大丈夫か?」
「うん。あとはマリーが看てくれている。……それより、ちょっと、気になることがある」
「どうした?」
「あのね……」
サナはゆっくりと説明を始めたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月21日(火)14:00の予定です。
20200623 修正
(旧)急ブレーキを掛けるゴロー。
(新)漕いでいたペダルを脚力だけで止めることにより、急ブレーキを掛けるゴロー。
20230903 修正
(誤)ゴローは2台の『据え置き型エアコン』を『足漕ぎ自動車』に積んで帰路に着いた。
(正)ゴローは2台の『据え置き型エアコン』を『足漕ぎ自動車』に積んで帰路に就いた。




