02-25 錆対策
アーレン・ブルーが『抜けない刀』を持ち出して10分。
「お待たせしました」
彼は予告通りに鞘を割って刀身を取り出してきた。
「おお……」
刀身は赤黒い錆で覆われており、鞘の内部は錆がくっついて見る影もない。これでは刀が抜けないのも無理はなかった。
「……不徳の致すところだ」
モーガンは師匠から譲り受けたというその刀に対し、深く頭を下げた。
しばらくして、モーガンが落ち着いたと思われるタイミングでアーレン・ブルーが口を開いた。
「……鞘はもう駄目でしょう。ですが、刀身は錆を落とせば、まだ何とかなりそうです」
「ほ、本当か!? 是非、是非頼む!!」
モーガンはアーレン・ブルーに懇願した。
「また10分ほどお待ちいただけますか? ざっと錆を落としてきます」
「わかった。手間を掛けるな」
再びアーレン・ブルーは、錆びた刀を手にし、部屋を出て行ったのである。
残された鞘を前に、モーガンは項垂れていた。
「……まったく、武人として恥ずべき失態だ……」
すぐに気が付いて手入れをしておけばよかったのだが、間が悪く辺境に飛ばされた際に持っていかなかったため、2年間放置されてしまったのである。
「あの頃はまだ未熟だった、などとは言い訳にもならん」
「……モーガンさん、反省は結構ですが、自虐は何も生み出しませんよ。……こんな若造が言っても、説得力ないかもしれませんが」
痛々しい様子を見ていられなくなったゴローは、モーガンにそれらしいことを言ってみた。
「ふふ、確かにゴローは私より若いが……自虐は何も生み出さん、か……確かにそれは言えるな」
少しだけ、モーガンの俯いていた顔が上がった。
「錆びるから手入れをする。手入れをするから愛着が湧くし、刃こぼれやヒビにもすぐ気が付けるんだと、思います」
更なるゴローの追撃。それはモーガンの心の琴線に触れたようだった。
「はは、なるほどな。手入れをするから愛着が湧く、か。確かにそうかもしれん」
その時、アーレン・ブルーが刀を持って戻ってきた。
「大まかに錆を落としてみました。これなら何とかなると思いますよ」
「おお、かたじけない」
錆を落とされ、荒砥を掛けられた刀身を見ると、ゴローの目にはおおよそ1割ほど『痩せて』いるように見えた。
「少々細くなるでしょうから、どのみち鞘は作り直しですね」
「うむ。……アーレン殿、先日ゴローに作ったものと同等の『拵』で作ってもらえるだろうか?」
「承りました。……そうですね、刀身の再研磨も含めまして、4日いただけますか?」
「わかった。よろしくお願いする」
そういうわけで、モーガンの『抜けない刀』はなんとか再整備してもらえることとなったのである。
* * *
「ゴロー、感謝するぞ」
モーガン邸へ送っていく道中、ゴローは再三礼を言われた。
「いえ、モーガンさんにはいろいろお世話になっていますし。俺だけじゃなく、サナやティルダも」
「そうか、済まんな」
いつもより元気のないモーガン。
そのまま、あまり会話もなくモーガン邸に到着した。
「送ってくれてありがとうよ、ゴロー」
「それでは、また」
一声挨拶し、『足漕ぎ自動車』で自宅を目指すゴローだった。
* * *
屋敷へ戻ったゴローは、モーガンの刀についての顛末をサナやティルダに説明した。
「モーガンさん、大丈夫でしょうか……」
いつも可愛がってくれているモーガンの元気がないということで、ティルダは心配らしい。
「ゴローさん、錆びない剣って作れないのです?」
「え? ええと……」
一応、ゴローの『謎知識』は、その答えを『ほぼ』出してくれた。
「鋼じゃ無理だな。別の金属ならできるかもだが」
ただ、それが鋼の切れ味を持つかどうか、ゴローには自信がなかった。
「それは、いったい何なのです?」
「タイタン……いや、『チタン』と呼ばれる金属と、『ステンレス』と言われる合金鋼と……『イリジウム』『オスミウム』という名の貴金属だ」
「どれも聞いたことないのです。ゴローさんはいろんなことをよくご存じなのです」
ゴローの『謎知識』の話は、ティルダは知らない。
「多分、どれも一筋縄じゃいかないぞ」
チタンの鉱石なんてどこにあるか見当も付かない。
ステンレスを作るには、鉄の他に、最低限でもクロムとニッケルが必要になる。
だが、クロムとニッケルも、以前『ハカセ』のところでステンレスを作ったときは在庫があったが、どうやら一般には流通していないどころか認知されていないようである。
おまけに、配合比率を間違えると、焼きが入らなくなるところが難しい。
『自動人形』の構造材なら焼きを入れなくても強度的には十分だったのだが、刃物にするなら話は別である。
イリジウムとオスミウムは白金族の元素だが、こちらで白金というものをまだ見たことがないゴローであった。
「あ、めっきならできるかな?」
めっきは日本語らしい。元々銅(青銅)の仏像に金めっきをするための技術だったらしい。
常温で唯一の液体金属である水銀は、いろいろな金属を溶かす。
金も例外ではなく、金を溶かした水銀を銅像に塗って熱を加えると、水銀だけが蒸発して、銅像の表面に金が残る。
これが金めっきである。
金が水銀に溶けてなくなるように見えるので『滅金』と呼んでいたのが『めっき』になったという説が有力だ。
なのでめっきは日本語で、『滅金』の他にも、『鍍金』とも書く。
要注意なのはこの時発生する水銀蒸気が猛毒であるということだ。
現代地球では電気めっきが主流だが、それでも、重金属イオンが多く含まれる廃液の処理には気を付けねばならない。
「めっき、なのです?」
「うん。クロムとかチタンを薄く金属表面に付着させることで、鋼を錆から守るんだ」
「……どうやって付けるのです?」
「それだよな」
おまけに、クロムやチタンも手に入るかどうかわからない。
「……すぐには無理か」
「残念なのです」
魔法やスキルのある世界だが、そうそう都合よくはいかないものだなあ、とゴローは少し肩を落としたのだった。
「ゴロー、いろいろ過程を飛ばしては、だめ」
そんなゴローとティルダに、サナが声を掛けてきた。
「サナ?」
「……目標に辿り着く過程は、とても大事だから」
「そうか……そうだよな」
目標を達成する、それは確かに大事であるし、主目的であることは間違いない。
だが、そこに至る過程でも、きっとさまざまな発見があり、それはまた別の方向へ枝分かれして、新たな花を咲かせるかもしれないのだ。
緊急を要することでないなら、『謎知識』で一気に結果を出すのではなく、十分考えて助言した方がいいと、サナは言うのだった。
「……美味いものは?」
戯れに聞いてみると、
「それは、別。どんどん作って」
と言われてしまったので苦笑するしかないゴローであった。
* * *
「しかし、錆か……」
せめて、軽い手入れで済むくらいにはできないものかとゴローは考えた。
ゴローの『謎知識』では、『刀』は日常の手入れが不可欠なのだ。
使わない時は刃物用の油を塗って白鞘に入れておく。
使う際には油を落とすわけだが、その作業が『打粉』、すなわち砥石の微粒粉を撒いて拭うことである。
また、古くなった油を取り去り、新しい油を塗ることも必要。
時代劇で棒の先にタンポのようなものをつけ、ぽんぽんと叩く……というのはこれである。
『打粉』は砥石の粉なので、やり方がまずいと刀に傷を付けてしまうことになりかねないから要注意だ。
……と、ゴローの『謎知識』が囁いていた。
これが正しいのかどうか、ゴローには確認する術はないが、概ね間違ってはいないという気がしていた。
「……やっぱり、刃物用ステンレスを作るのが手っ取り早いかな?」
これも『謎知識』にある、『ナイフ』用の鋼材を使って剣や刀を作ればいいのではないかと思い始めたゴローなのであった。
その場合の問題は、必要な添加元素である。
「問題は山積みだな……」
ゴローは小さく溜め息をついたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月12日(日)14:00の予定です。
20200206 修正
(旧)
ステンレスを作るには、鉄の他に、最低限でもクロムとニッケルが必要になる。
(新)
ステンレスを作るには、鉄の他に、最低限でもクロムとニッケルが必要になる。
だが、クロムとニッケルも、以前『ハカセ』のところでステンレスを作ったときは在庫があったが、どうやら一般には流通していないどころか認知されていないようである。
おまけに、配合比率を間違えると、焼きが入らなくなるところが難しい。
『自動人形』の構造材なら焼きを入れなくても強度的には十分だったのだが、刃物にするなら話は別である。
20230903 修正
(誤)金も例外ではなく、金を解かした水銀を銅像に塗って熱を加えると
(正)金も例外ではなく、金を溶かした水銀を銅像に塗って熱を加えると




