02-24 刀と酒とお茶
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがいいたします。
モーガンはゴローたちが作った『刀』を褒めたあと、
「切れ味はどうなんだ?」
と言いだした。
「『ブルー工房』で巻藁を切ってみましたが、上々でした」
「おお、なるほどな。だが、『抜剣術』……いや、『抜刀術』は使っていないだろう?」
「ええ、まあ」
「これなら、本来の抜刀術ができるかもしれん。……なあ、使ってみてもいいか?」
モーガンは、最も長い刀を手に取り、ゴローに懇願した。
「ええ、いいですよ」
「ありがとう」
立ち上がったモーガンは、刀を左手に持ち、柄に右手を添え、左半身に構える。
そしてわずかに腰を落としたかと思ったら、次の瞬間には刀が振り抜かれていた。
「い、いつ抜いたのか見えなかったのです!」
ティルダが驚きの声を上げた。
「これが抜刀術……」
「『居合い』だな」
最後のゴローの言葉を、モーガンは聞きとがめた。
「ゴロー、今『イアイ』と言ったか?」
「あ、はい」
「なぜ知っている? それは師匠もほとんど使わなかった呼び名だぞ?」
「なぜか思い浮かんだんですよ」
嘘ではない。ゴローの『謎知識』はそういうものだからだ。
「ふむう……まあいい」
そうしたことを詮索するようなモーガンではないので、あっさりと流してしまった。
それよりも刀、とばかりに、納刀しては抜刀、を何度かくり返している。
「なかなかいいバランスだな。……なあ、何か斬ってみていいか?」
「あ、でしたらこの前と同じく、木の枝を。……マリー、何かあるよな?」
「はい」
前回と同じような、長さ1メル、太さ5セルくらいの丸太をマリーは用意してくれた。
「よしよし」
モーガンは丸太に対して半身に構え、そして。
「はっ!」
気合いと共に刀を抜き放った、かと思うと次の瞬間には納刀されていた。
そして丸太は見事に『3つに』斬られていた。
「い、いつ斬ったのです!?」
ティルダはびっくり仰天。
ゴローとサナも、抜いて斬り、手首を返してもう一度斬り、刀を鞘に収めるという早業に驚いた。
もちろん、ゴローとサナの目には見えてはいたが、
(あれが人間に可能な速さなのか?)
(うん。……モーガンさん、すごい)
その速さは明らかに人間離れしており、2人も感心したのである。
「いやあ、いい刀だな! ゴロー、ありがとうよ」
モーガンは満足したようで、満面の笑みを浮かべながら刀をゴローに返した。
「うむ、これなら、例の抜けなくなった刀、『ブルー工房』に出してみるとするか」
「それがいいですよ」
モーガンも、拵を見て、ブルー工房の技術に安心できたとみえ、抜けなくなった刀を修理に出す気になったようだ。
「それで、短い方を姫様に献上するのか?」
「あ、はい」
相手がモーガンなので、素直に認めたゴロー。
「そうすると……ちょっと見せてみろ」
「はい」
中くらいの長さの刀と、短い刀の2振りを手に取ったモーガンは、
「こちらだろうな」
と、『中くらい』の刀を推薦したのだった。
「こっちはちょっと短すぎる。最初のは姫様には長いだろう」
「なるほど、ありがとうございます」
一番気になっていたことを、モーガンの方から教えてくれたので、ゴローたちとしても非常に助かったわけである。
「飾り気がないのが特にいい。姫様は、武器をゴテゴテと飾り立てるのはお嫌いだからな」
「あ、そうなんですね」
ローザンヌ王女殿下にとって、剣や刀は武器であり、装飾品ではないということなのだろう、とゴローは察した。
「さて、それではこれから『ブルー工房』へ行ってみるとするか」
モーガンは立ち上がった。ゴローも、それに続いて立ち上がる。
「あ、お伴します」
この機会に『足漕ぎ自動車』でモーガンを送って行こうと思ったのだ。
「お、そうか。例の車だな? 有り難い」
モーガンも『足漕ぎ自動車』には乗ってみたかったようで、ゴローの提案に大喜びである。
* * *
時間的に、昼食を摂ってから、ということになる。
「ははは、サナちゃんは甘いものが好きだな!」
焼きたてのパンに、サナがハチミツやメープルシロップやジャムやマーマレードを付けて食べる様を見たモーガンは笑った。
「うむ、だが本当に美味いな」
メープルシロップを少しだけパンに塗って、モーガンは目を細めていた。
「ティルダちゃんも甘いものには目がないのか?」
「い、いえ、甘いものはもちろん好きなのです。でも、他の味も好きなのですよ?」
「ふむ。……ティルダちゃんは酒は飲むのか?」
ティルダはドワーフ。ドワーフといえば酒だ。
「え、ええと、私はお酒、あんまり強くないのです」
こっちに来てから一口も飲んでいないです、と答えるティルダであった。
「ふむ。……ゴロー、君はどうなんだ?」
問われたゴローは考えた。
おそらく、ゴローやサナの身体は、アルコールで酩酊することはない。なので、答えとしては、
「ええと、飲めますが、それほど好きではないですね」
ということになった。
「そうか。少しつまらんな」
モーガンは酒が好きなようで、ゴローやティルダと杯を交わせないのが残念だと言うのであった。
* * *
昼食後、ティルダとサナを残し、ゴローはモーガンを『足漕ぎ自動車』に乗せて屋敷を出た。
一旦モーガン邸に寄り、『抜けない刀』を持ち出し、改めて『ブルー工房』へ。
『足漕ぎ自動車』を見て、工房主、アーレン・ブルーが出迎えてくれる。
「ゴローさん、いらっしゃい! 刀に不具合でも? それにそちらの方は……ええと、トロングス様ですね」
「いや、刀はいい具合だ、文句ないよ。ええと、刀を見て、こちらのモーガン・トロングスさんが、依頼したいというのでお連れしたんだ」
「わかりました。どうぞ中へ」
いつもの応接室に通されると、ラーナが冷たいお茶を3人分運んできた。
「お、ありがとう」
モーガンはドワーフ少女のラーナにちらと目をやったあと、
「じつは、これなのだ」
と言いながら、持ってきた刀をテーブルの上に置いた。
「恥ずかしながら、うっかり放置しておいたら抜けなくなってしまったのだ」
少し恥ずかしそうにモーガンは言った。
「拝見してもよろしいですか?」
「うむ」
アーレンは刀を手に取り、抜こうと力を込めて……。
「抜けませんね。……これはおそらく中で錆び付き、膨れていると思います。こうなってしまったら、鞘を壊すしかないのですが」
「それはわかっている。というか覚悟している。……ゴローに作った拵を見た。いい出来だった。今の鞘は壊してもよい。刀を出し、整備し、拵を作り直してもらいたい」
「わかりました。まずは鞘を割ってみます。刀の状態を見ないといけませんので」
「うむ、そうだな」
刀が錆び付き、修復不可能になっている可能性もあるのだ。
「10分ほどお待ちいただけますか?」
鞘を割ってみる、とアーレンが言った。
「わかった。待とう。よろしく頼む」
「承りました。……ラーナ、その間お客様をお願い」
そう言い残し、アーレンは抜けなくなった刀を手に、工房へ向かったのである。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
「ああ、貰おう」
『足漕ぎ自動車』は屋根付きとはいえ、やはり外は暑かったので、モーガンは冷たいお茶のお代わりを貰った。
「美味いな、このお茶」
「『緑茶』、っていうんです。東の国からの輸入品です」
「ほう」
ゴローはやはりそうか、と思っていた。懐かしい味だったのだ。
(懐か……しい……? ……俺の出身って東の方なのかな?)
いつか訪れる機会があるだろうか、と想像するゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月9日(木)14:00の予定です。
20200107 修正
(誤)「ティルダちゃんはも甘いものに目がないのか?」
(正)「ティルダちゃんも甘いものには目がないのか?」
20200108 修正
(誤)少し照れくさそうにモーガンは言った。
(正)少し恥ずかしそうにモーガンは言った。