02-22 抜けない刀
出された瓜は、紛れもなくスイカだった。
(そういえば、真っ黒いスイカというのもあったんだっけ)
なかなか甘味も濃く、汁気もたっぷり。
ティルダは律儀に種をほじりながら食べているが、サナとゴローはお構いなしに種も果肉も一緒に食べている。
「種を飲み込むと、ヘソから芽が出てくる……なんて迷信があったな」
とゴローがぼそっと言うと、
「い、今、種を1つ飲んじゃったのです!」
とティルダが慌てた。
そしてサナは、
「……ここから芽が出るの?」
と、上着をめくってお腹を露出。
「……だから、迷信だって」
ゴローは苦笑しながらティルダを宥めた。
サナは無視。わかってやっている節があったからだ。
「うふふ、ゴローさんは面白いわね」
そんなやり取りを見ていたマリアンは微笑んでいた。
* * *
「……それではな」
モーガンの声が聞こえ、続いて、
「それでは、失礼致します」
とのお客の声が聞こえた。
ゴローたちのいる応接室の窓から、帰っていくお客の姿がちらりと見えたのだが、その容姿に、ゴローは見覚えがあった。
「……トーマ・テンポ?」
思いがけぬ場所で姿を見たので、ゴローは思わず声に出してしまった。
しまったと思ったがもう遅い。
「あら、トーマさんをご存じなの?」
案の定、マリアンに聞きつけられた。
「え、ええ。サンバーの町で、ちょっと」
「あら、そうだったの」
にこにこ微笑むマリアンの表情からは、その内心はうかがい知れない。
「意外とゴローさん、顔が広いのねえ」
それに答えてゴローが何か言おうとした時、モーガンが戻ってきた。
「おお、来ていたのか。済まんな、来客中だったものでな」
「いえ、いきなり来たのはこっちですから」
「昼も済んだようだな。……お茶を頼む」
最後のセリフは侍女のシーナに向かってのものだった。
「はい、旦那様」
シーナの右手には既にアイスティーの入ったポット、左手にはソーサーに載ったカップがあったので、あとはカップをテーブルに置き、アイスティーを注ぐだけだった。
「相変わらず早いな」
「畏れ入ります」
* * *
アイスティーを一口飲み、モーガンは話し出した。
「姫様へ献上する剣はできたのか?」
「ええ。今は鞘や柄を作ってもらっているところです」
「ふむ、そうか。……出来上がったら見せてもらえるか?」
「もちろんです」
むしろ見てもらいたいとゴローは思っている。
『刀』に対し、王女殿下がどんな感想を抱くか、気になっているのだ。
「どんなものになるのか、楽しみだな」
モーガンはふっ、と笑って言葉を切った。そこへ、マリアンが話し掛ける。
「あなた、ゴローさんって、トーマさんをご存じらしいですわよ?」
「ほう?」
「なんでも、サンバーの町で知り合ったのだとか」
「ふむ?」
もうこうなったらきちんと話しておいた方がよさそうだと、ゴローは経緯を説明することにした。
「実は……」
不審者を捕らえたことや、その際に名前を聞いて、もし王都で困ったことがあったら力になれるかもしれない、とまで言ってくれたことをさらっと説明した。
「ほほう……あいつにそこまで言わせたとはな」
面白い、と言ってにやりと笑うモーガン。
「あいつは自分のことを何か言っていたか? ……ああ、私はあいつが何者か知っているから、包み隠さず話してくれていいぞ」
一瞬、躊躇ったゴローだったが、モーガンの言葉を聞いて、全部話すことにした。
「隠密騎士、と言っていました。それくらいですね」
「なるほどな。それは確かだ」
モーガンは頷いた。
「この前、『裏』の奴らが騒がしい、と話したろう? それだよ」
「ああ、『隠密騎士』も忙しいんですね」
「まあ、そんなところだ」
モーガンはアイスティーを飲み干す。空になったカップには、すかさずシーナがお代わりを注いだ。
「『ジャンガル王国』から友好使節がやって来ると言ったろう? それがちょうど、王女殿下の誕生日頃になるので、併せてお祝いしてくれるらしくてな」
「それは……」
ゴローは言うべき言葉を思いつかなかった。
警備する側としては、1度で済むので手間が省けるというべきか、それとも重大イベントが2つ重なるのでより大変だというべきか。
「何にせよ、彼らのやることは変わらんがな」
一言で言えば、王都内の警備。それも『裏』の。
「物騒ですね」
「まあそう思うだろうが、別に奴らは無法者ではないし殺人鬼でもない。善良な市民をむやみやたらと排除したりせぬよ」
「そう願います」
この話はそこでおしまいとなる。モーガンとしても、民間人であるゴローたちに、これ以上の裏事情を話すわけにはいかないと考えたようだ。
「ところで、姫様がまたゴローのところに行きたいと仰せでな……」
どうやら思った以上に居心地がよかったらしい、とモーガン。
「それと、ゴローが乗っていた『足漕ぎ自動車』だったか? あれにも興味を持たれたようだ」
「はあ……」
好奇心旺盛な王女殿下だな、とゴローは少し呆れた。
ゴローのイメージでは、王女といえば文字どおり『深窓の令嬢』だったのだ。
「いらっしゃるのはお止めしませんが、たいしたおもてなしはできませんよ?」
「いや、それでいい。というよりそれがいいらしい。なにしろ変わった姫様なのでな」
「モーガンさんがそれ言っちゃ駄目でしょう……」
「はは、私は師匠だからな」
「………………」
なんとも反応しづらい物言いだったので、悩んだ末、ゴローは話をそらすことにした。
「そういえばモーガンさん、『刀』ってご存じですか?」
「ふむ、知っているぞ。なんでも、ダークエルフが好んで使うと聞いたことがある」
「へえ、そうなんですか」
「うむ。片刃で、少し反りがあって細身だ。だが切れ味はいいらしい」
「詳しいですね」
「ああ。『抜剣術』をこの前姫様が見せただろう? あれは元々は『抜刀術』というものだったらしい」
「ははあ、なるほど……」
ゴローは、ダークエルフは剣と土魔法が得意だ、とサナに聞いたことを思いだした。
力よりも技を重視するなら、剣よりも刀を好むのもわかる気がするゴローであった。
「で、刀って、一般的なんですか?」
これが肝心の質問である。
「いやそれがな、刀の製法は特殊らしく、ダークエルフは秘匿しているのだ。似たような形のものは作れても、切れ味や耐久性が遙かに劣る」
「モーガンさんは刀を持っているのですか?」
この質問に、モーガンは顔を顰めながら頷いた。
「持ってはいる。『抜刀術』を習った時に、師匠から譲り受けた刀をな。だが……」
「どうかしたのですか?」
「……抜けなくなったのだ」
「はあ……」
ゴローには『謎知識』により、心当たりがあった。
「もしかして、手入れしないで放置しませんでした?」
「……」
図星だったようだ。
「いや、任務で2年程、辺境に飛ばされてな。その間、ずっと家に置いておいたら……」
「錆びたんですね」
刀には手入れが欠かせない。
長く使わない時は、椿油や丁字油を塗って、白鞘と呼ばれるホオノキで作った飾り気のない鞘に収めておくのだ。
また、血糊が付いた時に、よく拭わないで鞘に収めてしまうと、中で錆び付いて抜けなくなる。
白鞘は続飯(そくいいとも。米粒を練って作った糊)で貼り合わせられているので、簡単に2つに割ることもできるが、丁寧に仕上げられた鞘はそうはいかない。
時代劇で刀を振って血糊を飛ばしているシーンがあるが、あの程度では綺麗にならない……という。
「そうらしい。大失敗だったよ」
渋面を作るモーガン。
「もう、そうなったら鞘を壊すしかないでしょうね」
「うむ。……だがなあ、見事な塗りの鞘なので、壊すに忍びなくてなあ」
「そんなこと言っていると、ますます中の刀が錆びて、使いものにならなくなりますよ」
「ううむ……」
ゴローがそうまで言っても渋るモーガン。
「……でしたら、信頼できる工房に相談してみたらどうですか?」
「やはり、それしかないか……」
「『ブルー工房』で今、拵を作ってもらっていますから、それの出来映えを見て判断してみたらどうでしょう」
この言葉に、モーガンもようやく納得したようだ。
「そうだな……そうするとしよう」
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次回更新は12月26日(木)14:00の予定です。
(今年の更新はそれで終了予定です)




