02-21 モーガン邸へ
翌日、ゴローとティルダは研ぎ師を探して『ブルー工房』にやって来ていた。
もちろん『足漕ぎ自動車』に乗って。
すぐに工房主、アーレン・ブルーがでてきて挨拶した。
「ゴローさん、ようこそ! それに……ティルダさん、でしたっけ?」
「はい、ティルダと申しますのです」
「まあ、中へどうぞ」
ということで、ゴローとティルダはブルー工房に招き入れられた。
「ゴローさん、『足漕ぎ自動車』の調子はいかがですか?」
「うん、とてもいいよ」
「そうですか、よかったです」
やはり自分たちの作品がどうなっているか、気になるのだろう。ゴローは細かい批評を述べた。
「それで、今日はどんな御用でしょう?」
「うん、実は『刀』を作ったんだけど、いい研ぎ師がいないかと思って。それから『拵』を作ってもらえないかなあと」
「か、刀ですって?」
「うん」
アーレン・ブルーは驚いて席から立ち上がった。
「そ、それって、初代様が愛用した武器ですよ! ほとんど知る人はいないと思っていたんですが……」
「なぜか知っていてさ……」
アーレン・ブルーの剣幕に押され、何か済まないような気になってしまったゴローである。
「と、とにかく、その刀を見せていただけますか?」
「はいなのです」
ティルダは持っていた包みを開け、3振りの刀をテーブルに置いた。
「あ、ちゃんと白鞘に入っていますね」
「うん。鍛冶押しまでは済んでいるんだけど、このあと研ぎと拵を作って欲しくて」
「拝見していいですか?」
「もちろん」
「では」
アーレン・ブルーは隣の部屋からマスクを持ってきて装着し、刀を手に取った。
そしてゆっくりと抜き、刀身をいろいろな角度から眺める。
やがてそっと鞘に戻し、
「いい出来……いえ、素晴らしい出来ですね」
と賛辞を述べた。
同じように残る2振りも確認したアーレン・ブルー。
「3振りとも、素晴らしい出来です。ティルダさんが打ったのですか。いい腕前ですね!」
「あ、ありがとうございますです」
アーレン・ブルーに褒められ、少し赤面するティルダであった。
「それで、どのような拵をお望みですか?」
ゴローさんのことですからきっと、変わったご希望をお持ちでしょうね、とアーレン・ブルーは期待を込めた表情で尋ねた。
「ええと、こういう感じに」
ゴローは書いてきたスケッチをテーブルの上に広げた。
「これは!」
それはほぼ『日本刀』の拵である。
ちなみに、江戸時代末期の日本刀の拵とは、鞘、栗形、返し角、柄、柄頭、柄巻、目貫、縁、鍔、はばき、切羽、目釘、笄、小柄……などを総称して言う。
ゴローは、あまりにも細かい部分は省いてあるが、それに近い絵を書いてきたのであった。
「面白いですね。初代様もこうした『刀』を作られたことがあったようですが、残存していないんです」
ですが、とアーレン・ブルー。
「ゴローさんのこのスケッチを参考に、初代様がお作りになった『刀』を再現できるかもしれません!」
だから喜んでお引き受けします、とアーレン・ブルーは答えたのである。
* * *
アーレン・ブルーに拵を依頼したあと、ゴローはティルダを乗せてモーガン邸へ赴く。
「おや、お珍しい。ゴローさん、ティルダさん、お久しぶりね」
「ご無沙汰してます」
出迎えてくれたマリアンに、ゴローとティルダは挨拶をした。
「今日はサナちゃんは一緒じゃないのね」
2人を家の中へと誘いながらマリアンは確認するように尋ねた。
「ええ。今日は留守番をしてもらってます」
「そうなのね。はい、どうぞ」
「い、いただきますです」
2人を応接室に座らせるや否や、アイスティーの入ったカップが出てきたのには、ゴローもびっくりする。
「す、素早いですね」
「このくらいできて当然よ……というのは冗談で、あなたたちを招き入れた時に準備を始めていたのよ。ね、そうでしょう?」
「はい」
マリアンの言葉への返事と共に、侍女が姿を現した。
(部屋に入ってくる時に足音がしなかったな……)
なんとなくただ者じゃないのではないか、と感じるゴロー。
「紹介しておくわ。うちのお手伝いさんでシーナ・トロッケンよ」
「シーナ・トロッケンと申します。ゴロー様、ティルダ様、どうぞお見知りおきくださいませ」
ボブカットにした灰色の髪に、切れ長の金茶色の目をした、小柄な侍女である。
シーナは礼儀正しくお辞儀をし、またしても音を立てずに部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送ったマリアンは、同じくそちらを見つめていたゴローたちの意図を曲解したのか、
「あの子は、獣人の血が4分の1入っていてね。あの髪と目の色はそのためなのよ」
と、そんな説明をしたのである。
「だから小さい頃は迫害されたこともあったらしいわ。……主人から聞いたけど、『獣人サーカス』を見に行ってきたっていうあなたたちなら、彼女を差別はしないでしょう?」
「もちろんですよ」
「もちろんなのです」
ゴローたちは口を揃えて返事をした。
それを聞いてマリアンはほっとしたように顔を綻ばせた。
「よかったわ。ささ、これもどうぞ」
いつものクッキーを出してくるマリアン。
「いただきますです」
真っ先に手を伸ばしたのはティルダだった。
今日は朝早めに食事をしたのでお腹が空いてきているのかな? とゴローは推測する。
(早めにお暇して、帰った方がいいかな……)
それで、モーガンにも挨拶をしようと考えたのだが、いつまで経ってもモーガンが出てこない。
ティルダを気に入っているモーガンにしては珍しいと、ゴローはマリアンに尋ねることにした。
「今日、モーガンさんはお留守ですか?」
アイスティーを飲みながらゴローは聞いてみる。
「いいえ、いるんだけど、来客中なのよ」
「え? あ、それは失礼しました」
慌てて立ち上がろうとしたゴローをマリアンは押し止めた。
「いいのよ。何だか難しい話らしく、お客様と2人きりで密談しているのだから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。だから、ゴローさんたちは私のお客様。遠慮しなくていいのよ。……あ、お昼も食べていってね?」
時刻は午前11時半くらい、お昼にしてもいい時刻だ。
特に今日は朝が早かったので、ティルダはお腹が空いているだろうな、とゴローは察した。
「すみません、ありがとうございます」
結局、お昼をごちそうになることになったゴローとティルダ。
ゴローは念話でサナに連絡しておくことにした。黙っているとあとで面倒なことになりそうだからだ。
〈サナ、今モーガンさんの家にいるんだ……〉
〈うん、すぐ、行く〉
ゴローが全部言う前にサナは行くといって念話を切った。余程退屈していたらしい、とゴローは済まなく思った。
* * *
10分もしないうちにサナがやってきた。
「おや、サナちゃん、いい勘してるわねえ。それとも、お昼の匂いがしたのかしら?」
「両方」
「うふふ、いい鼻ねえ。ゴロー君とティルダちゃんと一緒にちょっと待っててね」
「はい」
そんなやり取りがゴローの耳に聞こえ、応接室にサナが現れた。
「ゴロー、来た」
「サナさん、いいタイミングなのです! 凄いのです!!」
ゴローとサナが『念話』でやり取りしているとは知らないティルダは、半ば偶然にサナがやってきたと思っていた。
もちろんサナもゴローもそれを訂正するつもりはない。
「サナ、間に合ったな」
「うん」
ただ、そんな言葉を交わしたのみ。
そのうち、マリアンとシーナが、昼食を運んできてくれた。
「さあ、お昼ご飯ですよ」
「ありがとうございます」
焼きたてのパンに、新鮮なバター。冷えた野菜ジュース、それに冷えた瓜が出てきた。
「最近王都で売られ始めたんだけど、なかなか美味しい瓜よ」
マリアンが言うそれは、皮は黒く、中は赤く、黒い種が入っていた。
(……スイカかな?)
と思ったゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月24日(火)14:00の予定です。
20191222 修正
(誤)ゴローたちはほとんど同時に三者三様……2人なので二者二様の返事をした。
(正)ゴローたちは口を揃えて返事をした。
20200623 修正
(誤)「うん。鍛治押しまでは済んでいるんだけど、
(正)「うん。鍛冶押しまでは済んでいるんだけど、
20210617 修正
(誤)(サナ、今モーガンさんの家にいるんだ……)
(正)〈サナ、今モーガンさんの家にいるんだ……〉
(誤)(うん、すぐ、行く)
(正)〈うん、すぐ、行く〉




