02-19 刀作り
回り道をしたものの、炭素鋼の炭素含有量を調べる方法が確立したため、ティルダによる鋼の製錬は一気に進んだ。
「これが刃、こっちが皮なのです」
「皮……まあいいか」
日本刀の場合、刃鉄、芯鉄、皮鉄……などという場合もある……らしい、と『謎知識』がゴローに訴えかけてくる。
呼び方は二の次だと、ゴローは割り切って、ティルダへの説明を再開した。
「それで、この絵の形に仕上げるんだけど、反りはつけなくていいから」
「なぜなのです?」
「焼き入れをした時に、刃の方が伸びて、自然に反る……らしい」
「そうなのです?」
「うん」
ゴローの『謎知識』は、焼き入れで生じたマルテンサイトは体心正方格子なので、それまでの面心立方格子よりも体積が大きくなって……と囁いているが、ゴロー自身は何のことやらわからない。
とにかくそういうものだと納得してもらうしかないのだった。
ドワーフ鍛冶師としてのティルダの腕前は優れたものであった。
ただ、男のドワーフには力で劣ることと、鍛冶よりアクセサリー作りが好きだったため、刃物作りはほとんどしていないというだけだ。
「ドワーフの職人は皆、鍛冶仕事はひととおり修めるのです」
「そうなんだ」
そうしないと独り立ちさせてもらえないのだという。
自分で使う工具、道具は自分で作る、というのがドワーフの信条なのだそうだ。
そんな話をしながら、ティルダは鉄と鋼を叩いて伸ばし、鍛接まで行った。
鉄と鋼をくっつけるには接合面を『清浄』にしなければならない。
熱した鉄は表面に『酸化鉄』が生じるので、鍛接の邪魔になるのだ。
それで通常は『鍛接剤』という薬品を使うのだが、ティルダはドワーフの『スキル』である『錬金』でそうした不純物を除去できるため、作業が早かった。
その日のうちに『刀』が3振り、それらしい形になっていたのである。
「仕上げは明日行うのです」
「そうだな」
鍛冶場は炉の熱で摂氏50度以上にもなる。
ゴローは平気だが、ティルダは生身、体調が心配なので半ば無理やりに作業を終わらせた。
* * *
「お水が美味しいのです……」
汗をかいたあとは水分補給だ。
少しハチミツを混ぜ、そこにひとつまみの塩を入れたなんちゃってスポーツドリンクを、ティルダは美味そうに飲んだ。
(あ、あとは果汁を少し入れたらよかったかな)
明日はそうしたドリンクを作っておこう、と思ったゴローであった。
風呂に入って汗を流し、夕食を食べると、ティルダは疲れていたのか早々に眠ってしまった。
あの程度では疲れることのないゴローは、なんとなく庭に出てみた。
すると、
「おお……綺麗だ」
夜の庭、その林の間を淡い光が乱舞していたのだ。
「ゴロー、どうしたの?」
サナもやって来て、光の乱舞を見つめる。
「ピクシー……きれい」
「あ、やっぱりあれってピクシーか」
「うん」
淡く発光しながら舞い踊るピクシーは、文字どおり現実離れをした幻想的な眺めであった。
「ご主人様」
そこに『屋敷妖精』のマリーが、小さな声で話し掛けてきた。
「ん、どうした?」
「ピクシーは、基本的に遊び好きなんです。昼間はミツバチを使役して花の蜜を集めますが、夜はああやって遊び回っているんです」
「へえ……」
マリーがピクシーについて教えてくれた。
「ピクシーが楽しげに遊ぶ庭は、とても素敵な場所だと言われています」
「そっか」
譲り受けただけの屋敷だけれど、そうした存在が居心地がよいと感じてくれるのはいいことだな、とゴローは思いながら、サナと肩を並べてピクシーの乱舞を眺め続けたのであった。
* * *
翌日、朝食もそこそこに、ティルダとゴローは工房に籠もった。
「かなり形が歪なのです」
「だな……」
大雑把に作っただけなので、表面は凸凹しているし、刀身の幅も一定していない。
「叩けば直せるのですが……」
「いや、駄目だ」
そういうことをすると、鋼の組織が乱れる、と『謎知識』が訴えかけている。
「削ろう」
「大変なのですよ?」
昭和の鉋刃作りの名工の1人が、鋼の繊維が乱れるから刃の横は絶対に叩かないと言っていた。
では、幅が広くなりすぎたらどうするのかという質問に、セン(金属を削る特殊な道具)とヤスリで削る、と答えたという。
大変な手間を掛けて作られるその鉋刃は名工たちに愛されたという。
「でもこっちにはこれがあるから」
ゴローは『古代遺物』ナイフを取り出した。
さくさくと削って形を整えていくゴロー。
「やっぱりそのナイフは凄いのです」
「これが剣だったらと思うと怖いものがあるよな」
古代文明時代は、こんな剣で戦っていたのかと思うと少し恐ろしくもあるゴローであった。
「さて、これで形はできたか」
大中小と3振りの刀……のなりかけが並んでいた。
「あとは熱処理なのです」
「それなんだがな、『焼刃土』というものを塗ってから焼き入れしたいんだ」
「土……なのです?」
「ああ。焼き物を作る粘土でいいと思うんだけどな」
日本刀を作る鍛冶師には、秘伝の一つに『焼刃土』の製法があるという。
曰く、虫が喰った竹の粉を混ぜる。
曰く、味噌を若干混ぜる。
曰く、石灰石を混ぜる。
等々、どれが正しいのか、全部正しいのか、またどんな作用を期待してその成分を混ぜているのか、不明である。
(……俺の前世って、刀鍛冶だったのかな?)
とちょっと思ったゴローであったが、それでは食べ物の知識の説明が付かないことに気が付く。
(ま、いいか)
結局、追究は諦めたのであった。
「壁の漆喰用の土でしたらございますが」
マリーに相談すると、壁土を分けてくれた。
「これでやってみよう」
「はいなのです」
ゴローは木のヘラを使って土を塗っていく。『土置き』という工程だ。
「多分、これで刃文ができる。……あんまり冒険はしたくないから直刃でいいだろう」
直刃とは真っ直ぐな刃文である。ゆったりと波を打つのは『のたれ』。他にも『三本杉』『丁字』など、いろいろな刃文がある。
刀鍛冶の特徴が出る点の1つである。
土を置いた(塗った)あとは乾燥させる。
これは焼き入れのための炉のそばに置いておけば十分だ。
「焼き入れの水は冷たいものだろう?」
「はいなのです」
急冷もまた、硬い刃を作るために欠かせない。
ただし、刃物全体を一様に急冷できないと、収縮率の違いによって『焼き割れ』という現象が起き、使いものにならなくなってしまう。
それで現代の刃物には『焼き入れ性』を向上させる微量金属が添加されており、『ダイス鋼』と呼ばれる種類の鋼は、空冷、すなわち熱してから空気中で冷ましても焼きが入るものがあるほどだ。
また、刃先と刃元では冷え方が違い、刃先が急冷されすぎてしまうと判断した場合は、冷却水の温度を変えるという秘伝もある。
具体的には、水桶(刀の長さより長い)の刃先側にお湯を注ぎながら刀を冷却する、というものらしい。
熱せられた刃物を水中に入れた時に生じる気泡もまた、冷却を妨げる要因である。
空気の泡が断熱層になってしまうのだ。
そういう意味でも、『焼刃土』を塗っておくと、気泡が細かくなって焼きが入りやすくなるという。
だが。
工房を覗き込んでいるサナに気が付いたゴローが声を掛けた。
「サナ、急冷する魔法ってあったよな?」
「うん。『冷やせ』」
「ああ、そうだったな」
プリンを冷やす時に使った魔法である。
これなら、気泡が出ないので一様に冷却することができる。焼き割れの心配がなくなるだろうとゴローは考えたのだ。
「それじゃあそれでいくか」
「はいなのです!」
いよいよ焼き入れである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月19日(木)14:00の予定です。
20191217 修正
(誤)さくさくと数って形を整えていくゴロー。
(正)さくさくと削って形を整えていくゴロー。
20200623 修正
(誤)鍛治
(正)鍛冶
5箇所修正




