02-18 ティルダのスキル
「……何かいいアイデアが浮かんだのです?」
珍しく乗り気のゴローを見て、ティルダが尋ねた。
「ああ。まあ、王女殿下が気に入ってくれるかどうかはわからないけど、目立ち度ではきっと一番の剣になるぞ」
「へえ?」
そう聞いて、ティルダも少し興味が出てきたようだった。
「ティルダ、鉄の在庫はあるのか?」
「ええと……ほとんどないのです」
「そっか」
ティルダの専門はアクセサリー作り。
そのために使う工具を作るために鉄の在庫を持ってはいたが、既にほとんど使い尽くしてしまったらしい。
「だとすると……『ブルー工房』に相談、となるんだけど……うーん……」
下手をすると、しばらくの間鉄が入手できなくなる可能性があると、ゴローは気が付いた。
「ちょっと鉄を買いに行ってくる」
そう言い残し、『足漕ぎ自動車』でマッツァ商会を目指す。
「おや、ゴローさん、今日はどうなさいましたか?」
店主オズワルドが出迎えてくれた。
「ええと、例の剣ですが、思いついたことがありまして、鉄を買いに来たんですよ」
「おお、そうですか! 大丈夫、確保してあります」
どうやらオズワルドは、ゴローやティルダが剣を作ってくれることを期待し、鉄のインゴットを確保してくれていたようだ。
「実際、王都では一時的ですが、良質の鉄材が品薄になってますね」
「やっぱり」
オズワルドが気を利かせてくれてよかった、と思いながら、ゴローは5キムの鉄を買って帰ったのだった。
* * *
工房で待っているティルダの下へ、ゴローは鉄のインゴットを運んでいった。
「これはいい鉄なのです!」
ゴローが持ち帰った鉄を見て、ティルダは一目で上質の鉄だとわかったようだ。
「これで剣を作るのです?」
「そうなんだが……ちょっと趣味が入るんだ」
「趣味です?」
「うん。……こんな形の剣にしたいんだ」
ゴローは工房内のテーブル上で、紙に絵を書いて見せた。
「反っているのです? それに片刃……随分と細身なのです」
「刀、っていうらしいんだ」
ゴローが書いて見せたのはいわゆる『日本刀』。
ローザンヌ王女が、剣と剣を打ち合わせるような使い方はしないということ、切れ味重視なこと、軽い方がいいということ、そして抜剣術……抜刀術に使えるように、という条件からゴローの『謎知識』が囁いたのだった。
「刀……聞いたことがある気がするのです」
ティルダの言葉に、今度はゴローが驚いた。
「え、そうなのか?」
「はいです。……ずっと東の、エルフの国で作られているとか聞いた気がするのです」
「ふうん……」
そういえばエルフと、ここシクトマへ来る途中で会ったなあ、と思い出しながら、ゴローはティルダに、
「それはそうとして、こういう刀、作れそうか?」
と尋ねた。
「できると思うのです。普通の剣は何振りか作ったことありますし、ナイフや包丁はまあまあ得意なのです」
「そうか。俺も手伝えることがあったら手伝うから」
そしてゴローは、
「実はこの刀は3層構造にしたいんだ」
と告げた。
「3層……なのです?」
「うん。3層というか、サンドイッチだな。硬い鋼をやや軟らかめの鉄で挟むんだ」
現代日本でも作られている『三層鋼』と同じ考え方である。
鋼を鉄でサンドイッチした板材をプレスで打ち抜くことで、鍛造していた『合わせ鋼』の刃物を大量生産することができる。
実際の日本刀は、もう少し複雑な組み合わせをするものもあるらしく、古い刀ほどそれが顕著だという報告もある。
国宝級の日本刀を実際に切断して断面を調べるわけにはいかないので、どこまで精度が出ているかは……ゴローの『謎知識』ではわからなかった。
「あ、硬い鋼で斬って、軟らかめの鉄で折れにくくするのです?」
「そうそう」
さすがドワーフのティルダ、ゴローが詳しく説明する前にあらましを把握していた。
「ゴローさんが買ってきてくれたのは鉄なのです。これをもっと純度を高めてサンドイッチの皮にするです。同時に、硬い鋼にもするです」
「おお、凄いぞ、ティルダ」
ゴローはティルダを絶賛した。
「さっそく素材作りに取り掛かろう」
「はいなのです」
5キムの鉄のうち、2キムを鋼に、残り3キムを純度の高い鉄にすることになった。
鉄で鋼をサンドイッチする構造なので単純にいって鉄が2、鋼が1の割合でいいのだが、鋼を多めにしたのは、どのみち余りそうなので余ったら包丁でも作って売ればいいという考えからだ。
「切り分けは任せろ」
ゴローは久し振りに遺跡で見つけたナイフを取り出した。魔力を流すと、何でも切れるナイフだ。
「こんなもんかな」
鉄の塊をさくっと切ってしまうゴローのナイフを見てティルダは溜め息をついた。
「……そういう『古代遺物』を再現できたらいいのですが」
今のところ、それができた者を知らない、とティルダは言った。
「まあとにかく便利だからいいじゃないか」
そう言いながらゴローは鉄の塊をおおよそ2キムと3キムに切り分けたのだった。
* * *
ティルダは、まず鋼の製錬に入った。
インゴット(鋳塊)は、いわゆる『鋳鉄』である。鋳造に使えるくらい、溶かした時の『流動性』がいい。
それは、1つには炭素含有量が多いことからくる。
そのままでは脆すぎて刃物には向かないので、鍛冶師は皆、炭素を抜いて硬さを調整する。
この時の加減が鍛冶師の腕の見せ所となるわけだ。
ドワーフには『スキル』という、生まれ持った魔術的な才能がある。
その1つが『錬金』である。
『錬金』は、金属に影響を及ぼすことのできるスキル全般を指す。
個人差や熟練度があって、一概に何が出来る、と言いきれない。
そしてティルダのスキル『錬金』は、組成を変更できる、というものであった。
これまでは金と銀、銅を合金して18金を作ってみたり、逆に純度の低い金の純度を高めてみたりといった使い方がほとんどだった。
「でも、鉄でもできるはずなのです」
ティルダはゴローに頼んで切り出してもらった、200グムほどの鉄塊にスキルを使った。
「おお」
そばで見ていたゴローは、鉄塊から埃のようなものが湧いてきたので思わず声を上げてしまう。
埃のようなものはもちろん不純物だ。
「ふう……できたのです」
ティルダは満足そうににっこりと笑った。
「この鉄塊はもう鋼になっているはずなのです」
そこで調べてみることにする
「ここから先はドワーフの秘術なのです」
と言いながらティルダは、工房内を暗くしてからその鉄塊を思いっきり石ヤスリで擦った。
この石ヤスリというのは、いわば天然のグラインダー砥石である。
おそらく天然のコランダム(鋼玉、ルビーもしくはサファイア)か柘榴石(金剛砂、ガーネット)であろうと思われる。
すると、本当に一瞬ではあるが火花が飛んだ。
「うん、いい感じなのです」
「へえ……」
ゴローは感心した。
グラインダーで鋼材を削り、発生する火花で炭素含有量を推定する試験法は日本工業規格にも記述されている。
ただし、これでわかるのは炭素含有量の差だけであり、マンガンやクロムなどの特殊元素が入ると途端に信憑性が怪しくなる。
ゴローの『謎知識』はそんなことを教えていた。
(うーん、あの石ヤスリを加工して回転グラインダーを作れば、もっと試験が楽になりそうだ)
そう考えたゴローは、ティルダに提案してみた。
「す、凄いです、ゴローさん! 多分ですが、これを使えば、もっと確実に試験ができるのです!」
構造は簡単。厚みのある円盤状に石ヤスリを加工しその中心に穴を空けて軸を通す。
それを軸受けに取り付け、回転させるためのハンドルを取り付ければできあがりだ。
一番大変であるはずの、石ヤスリの加工はゴローのナイフでできた。直径20セル、厚み5セルほどの回転砥石だ。
軸と軸受けはティルダならお手のもの。
2時間ほどで回転式グラインダーは完成した。
さっそく使ってみると、
「わあ、凄いのです! これならはっきり見てわかるのです」
石ヤスリに擦りつけた時の火花は本当に一瞬なので、慣れた者の目でないと見分けが付かなかったが、回転する砥石に当てれば、連続して火花が飛び散り、素人でも違いが見て取れる。
「炭素が多いと火花が激しくて、少ないと火が飛ぶだけ……なのかな?」
見ていたゴローが独りごちる。
長く飛ぶ火を『流線』、その先でバチバチ弾けるような火花を『破裂』という。
これらを見て、熟練工は炭素含有量を判断し、刃物に向く向かないを判断するのだという。
(これって、『ブルー工房』のアーレンに教えてやったら喜びそうだな……)
はしゃぐティルダを見て、そんなことも考えているゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月17日(火)14:00の予定です。
20200607 修正
(旧)
鋼が多めなのは、どのみち余りそうなので、余ったら包丁でも作って売ればいいという考えからだ。
(新)
鉄で鋼をサンドイッチする構造なので単純にいって鉄が2、鋼が1の割合でいいのだが、鋼を多めにしたのは、どのみち余りそうなので余ったら包丁でも作って売ればいいという考えからだ。
20200623 修正
(誤)鍛治
(正)鍛冶
2箇所修正。




