02-16 来客
『プリン』のレシピをマッツァ商会に売ったゴローは、
「卵もミルクも、古いものは使わないでください。味だけではなく、食中りするとえらいことになりますから」
と念を押した。
「わかりました」
オズワルドは大きく頷いた。
「石焼き芋はどちらかというと冬の商品でしたが、プリンは夏の商品ですね」
「気温が高いだけに傷みやすいので、お客さんにもそれは徹底してもらってください」
「確かに、買って帰って2日後に食べたらお腹を壊した、といわれても困りますからね」
ここでゴローが『謎知識』からもうひとつ助言をする。
「『製造年月日』を容器に表示するといいかもしれません」
「おお、なるほど」
賞味期限や消費期限といった考え方はないので、『できるだけ早くお召し上がりください』という注意書きと製造年月日がわかれば、売った側の責任は果たせるだろうとゴローは考えたのだ。
「そうさせてもらいますよ。いろいろありがとうございました」
これからはマッツァ商会に来ればプリンが食べられるようになるだろう、というわけでサナも上機嫌であった。
王女殿下への剣に関しては、元近衛騎士隊隊長のモーガンにも意見を聞いておくということにして、ゴローたちはマッツァ商会を後にする。
軽快に『足漕ぎ自動車』を操って、ゴローたちは屋敷に帰った。
「あとは、いつモーガンさんが来てくれるかだな」
これまでの来訪パターンからいって2、3日中には来るだろうと期待するゴローであった。
* * *
そしてその期待はいい方に裏切られる。
翌日の午前中、『屋敷妖精』のマリーがゴローとサナに告げた。
「ご主人様。お客様がお見えです」
「へえ? モーガンさんかな?」
「はい。お一人はモーガン様ですが、もうお一方ご一緒においでです」
「ふうん?」
ゴローはマリーが開けてくれた扉を通り抜け、庭へ出た。
「おお、ゴロー、サナちゃんティルダちゃん、おはよう。……こりゃいったい何だ?」
前庭に張られた日除けの下にいたモーガンが、庭に置いてあった『足漕ぎ自動車』を見て驚いていた。
その隣には、長い金髪を背中まで垂らした、碧眼の美少女が座っている。
身長はサナと同じか、少しだけ高いくらいだろうが、プロポーションは抜群である。
「ええと、これは『ブルー工房』で作ってもらった『足漕ぎ自動車』といいます。……モーガンさん、そちらの方は?」
ゴローが尋ねると、その美少女は椅子から立ち上がって名乗りを上げた。
「初めてお目にかかるな。私はローザンヌ・レトラ・ルーペス。以後、よろしく頼む」
「ええと、王女殿下、でいらっしゃいますか?」
ゴローは驚いた。つい先程まで、その王女殿下のことで話し合っていたのだから。
「ひ、姫様、でいらっしゃいますですか!?」
ティルダは片膝を付いて最敬礼を行った。
そしてサナはというと、両手でスカートを摘み、軽く膝を曲げた、いわゆる『カーテシー』でお辞儀をする。
ゴローもまた、直立不動から腰を深く曲げるお辞儀を行ったのである。
「ああ、畏まるのはやめてくれ。今日は忍びだしな」
「そうそう。ティルダちゃん、普通の挨拶でいいからな」
王女とモーガンにそう言われたので、ティルダはようやく顔を上げ、立ち上がった。
「モーガンは私の剣の師匠でな」
王女はモーガンとの関係を説明する。そしてモーガンも説明をした。
「近衛騎士を退役してからも、姫様は時々こうして私のところに遊びに来るのだよ」
「そうそう。で、今日は師匠から、この屋敷のことを聞いたのでな。迷惑かもしれんが、一つよろしく頼む」
王女は、この屋敷には『屋敷妖精』がいて、常時姿を現しているというので、是非一度会ってみたいと、こうしてやって来たのだと言った。
「はあ……この子が『屋敷妖精』のマリーです」
「うむ……やはりそうなのだな。だがどう見てもヒューマンの少女にしか見えぬ」
出されていた紅茶を飲み干しながら王女が言った。
そこでゴローはマリーに尋ねた。
「……マリー、姿を消して、また現れることってできるか?」
「はい、問題なく。……やって見せますか?」
ゴローは頷いた。
「では」
マリーはふ、と姿を消したのである。
「おおお! き、消えた? ……ううん、認めざるを得ないな」
そして30秒ほどで、再びマリーが姿を現した頃には、十分納得した、という顔をしていた。
「ああ、この子が『屋敷妖精』だということがよくわかった。ゴロー、感謝するぞ」
「いえ、恐縮です」
とゴローが言うと王女は、
「固いぞ。……そうだ、私のことはローザと呼んでくれ」
「……よろしいのですか?」
「いいとも」
王女にそこまで言われては断れず、ゴローはローザと呼ぶことにした。
「……ローザ殿下」
「殿下もいらぬ」
「ローザ様」
「様はやめてくれ」
「……ローザ……さん」
「うむぅ……まあ、それでよしとしよう」
ところで、とローザはサナの方を向き、
「サナ、と言ったな。綺麗なカーテシーであった。が、少々仕草が古めかしいのはどうしてだ?」
と質問したのである。
「……わか、りません。元々、知っていた、としか」
「ほう? ……まあ、よい」
ローザンヌ王女はあまりしつこく尋ねてもよくないと思ったのか、それ以上追及することはなかった。
* * *
そしてゴローとサナ、ティルダは、モーガンやローザンヌ王女と同席し、お茶を飲んでいる。
お茶請けはモーガンが持ってきたクッキーである。
「……それで、ローザさ……んは、マリーに会えて満足されましたか?」
「うむ。感謝する、ゴロー」
「いえ。……あの……」
せっかくなので、ゴローはここで剣について聞いてみようと考えた。だが、どう聞くのがいいのか、少々悩みどころである。
「ん? どうした? 何か言いたいことでもあるのか? だったら言ってみろ?」
「ええとですね、ローザさんは、モーガンさんに剣を習ったわけですよね?」
「うむ、そうだ」
「そうした剣術に、少し興味があるので……」
型を見せてほしい、と言おうとしたゴローだったのだが、ローザンヌ王女が食いつく方が少々早かった。
「おお、そうか! 興味があるか! よしよし、相手してやろうではないか!」
「…………え?」
「剣は……モーガン、何かないか?」
「ありますが……」
あるんかい、とゴローは心の中でツッコミを入れた。
「姫様は唐突に稽古をしたいと仰いますからな。こうして持参いたしました」
どうやらローザンヌ王女が稽古をしようと言い出すのは日常茶飯事らしい、とゴローは小さく溜め息をついたのだった。
「さあゴロー、1振りを持て。私はこちらでいい」
稽古用の木剣は、1振りはローザンヌ王女用らしく、やや小振り。もう1振りはモーガンが使うもののようで、大きめに作られていた。
「……はあ……」
「ゴロー、頑張って」
無邪気に声援を贈ってくるサナ。
その裏で、
〈ゴロー、技術はあっても相手は普通の人間。多分ゴローなら自己流でも対処できるけど、それは悪手。この機会に、動きだけでも学ぶといい〉
との念話が届いた。
「ふふ、ゴローが素人だということは構えでわかるぞ。私もそんなゴローをいたぶるような趣味はない。剣術に興味がある、というから体験してもらおうと思っているだけだ」
「は、はあ」
やはり言いだし方が悪かったなあ、と反省したゴローは、気を取り直して剣を構えた。
「まずは好きに構えていろ。最初はゆっくり行くから、できるやり方で防ぐのだ。……行くぞ!」
確かに、かなりゆっくりとした速度でローザンヌ王女は剣を振り上げ、3歩踏み出しながらそれを振り下ろす……という動作を行った。
ゴローは手にした木剣でそれを受け止める。
「そうだ。我流みたいだけど、いい反応だ!」
ローザンヌ王女は褒めながらも手を止めない。
振り下ろし、横なぎ、突きと、ゆっくりながらも多彩な攻撃を繰り出してくる。
ゴローにとっては、もの凄くゆっくりに見えるので、余裕を持って『素人っぽく』対処していく。
傍から見ると、軽く剣を振り回しているローザンヌ王女と、必死にそれを受け止め、かわしていくゴロー、という構図だ。
〈ゴロー、いい感じ〉
サナからもお褒めの念話が届く。
10分ほどそんな稽古が続き、なんとなくゴローも剣の振り方や足捌きが理解でき始めたところで、
「よし、それまで」
モーガンからストップが掛かったのである。
「……ありがとうございました」
少し息が上がった演技をしながら、ゴローは礼をした。
「ふふ、なかなか筋がいいぞ。ですね、師匠」
ローザンヌ王女は上機嫌でゴローを褒めた。
そしてモーガンもまた、
「ゴローは筋がいいな。最初と最後では、大分身体の動きが違っていたぞ」
と褒める。
「いえ、ローザさんの教え方がいいんですよ」
「なんの、私は何も教えてはいないぞ?」
「いえ、とても綺麗な型でした。見ていて参考にさせていただきましたよ」
「ふふん、やはりゴローは師匠が言うように筋がいいのだな。……なかなか楽しい一時だった」
そう言って汗を拭うローザンヌ王女。
そこへマリーが冷たい水を入れたコップを人数分運んできた。
「お、これは有り難い」
身体を動かして汗をかいたので、冷たい水が美味い。
ローザンヌ王女は喜んでそれを飲み干したのだった。
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次回更新は12月12日(木)14:00の予定です。




