表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/477

00-08 通貨

「……まだまだ」

「うわっ、わあああ!」

 56号と37号の訓練は相変わらず続けられていた。

「痛い痛い痛い!」

「そう思ったら、避けるなり受け流すなりすればいい」

 今日の訓練内容は剣だった。

 一応刃引きをした鉄の剣での打ち合いだ。

 おそらく『達人』と言ってもいいレベルでの打ち合い。

 とはいえ、10回に3回は身体に当てられているから、人間だったら何度負けているかわからないが。

「……もう少し、速くする」

「ちょ、これ以上!? わああああ!」


 その訓練はそれからも5時間以上続いた。

「ぜえ、ぜえ……」

 地面に伸びている56号。

「私たちが、息が上がるはずがない。気のせい」

「いや、精神的に息が切れたんだよ……」

「……それはわからなくもない、けど。……さあ、さっさと立って。今度はあなたの、番」

 37号は、ぐったりした56号を抱え起こした。

「料理、教えて」


*   *   *


 37号は『味覚』を覚えてからというもの、料理にも凝り出していたのである。

「ええと、『煮る』『焼く』『蒸す』『揚げる』というのが、基本になるのかな。要は食材を加熱する方法だな」

「うん、それは何度も聞いた。……なぜ、加熱する必要があるの?」

「そうだなあ……」

 いくつか理由は考えられる、と56号は言った。

「まずは、安全性かな」

 生の食材にはいろいろな雑菌が付いている可能性があるから、加熱することでそれらを退治する、と説明。

「雑菌? 何、それ? 妖精の小さいもの?」

「え? 雑菌は雑菌だよ。それより、気になる単語があったんだけど」

 妖精って何だ? そんなのいるのか? と56号は素朴な疑問を持った。

「いる。……それはあとで教えてあげるから、雑菌のこと、教えて」

「ええー……まあ、いいか」

 そこで56号は、少し前にハカセにも説明した概念を教えた。

「……そんな小さな生き物がいる……不思議」

「俺にしてみれば、魔法のあるこの世界の方が不思議だけどな」

 それに、この世界にいる微生物が、自分の知るものと同じとは限らない、と56号は付け加えた。


「ええと、話が脱線したけど、加熱する理由その2は、食べやすくなることだな」

「確かに、硬い野菜も煮ると軟らかくなる」

 ハカセは軟らかく煮込んだ野菜のスープが好きなようだった。


「それから、加熱するとうま味が増す場合がある」

「うま味?」

「そう、うま味」

 甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つが基本的な味である。

「加熱で味が変わるの?」

「そうさ。肉は焼くことで脂が溶けて美味しくなる」

「…………確かに」

 最近の37号は、少しずつ食事の楽しさを理解しつつあるのだ。


「あとは、温かい方が美味しい、ってこともあるな」

「どういうこと?」

「寒い時は温かい食事は有り難いし、温めた料理は匂いも食欲をそそるだろう?」

「……確かに、温度が高い方が匂いも活性化する、みたい」

「だろう?」


 こんな話を通じ、56号は37号に料理を教えていく。

 ……とはいっても、56号にできる料理は限られていたし、食材もそれほど多くはない。

 というか、食材ってどうやって手に入れているんだろう? という疑問が、56号に生じた。


「え? 食料かい? そりゃあ、狩ってきたり、買ってきたりさね」

 部屋にいたハカセに聞くと、わかりやすい答えが返ってきた。

「肉類はね、この研究所がある台地より2段下に、野牛やイノシシがいるから、狩ってきて干し肉にするんだよ」

「そ、そうなんですか」

「37号はそういうの、うまいんだよ。血抜きも済ませてきてくれるしね」

 見かけによらない、と56号は37号をちらりと見た。

「?」

 その視線の意味をはかりかね、小首を傾げる37号。

(そういえば、『念話』っていったっけ、声に出さないで話ができるこの能力、オンオフできるんだよな……まあオフできないとプライバシー筒抜けだからいいんだけどさ)

 などと考えながら56号は、

「じゃあ、調味料は買うんですね?」

 と聞いてみた。

「ああ、そうさ。買い出しに行くんだよ」

「ど、どこへですか?」

 この研究所は最果ての地にあると聞いたような聞かないような……と56号は思っていた。

「この台地の麓から200キルくらい西に行ったところに、『カーン』っていう小さな村があってね。そこに行商人が来るんだよ。その時に買うのさね」

「200キル……」


 この世界での『キル』は、現代地球での単位キロメートルに近い。ちなみに『メル』という単位もあり、こちらはほぼメートルだ。その下には『セル』という単位もあって、こちらはセンチメートルにあたる。そしてその下が『ミル』で、こちらはミリメートルに相当する。

 また、時間は秒、分、時が使われている。自分の知る単位と同じ長さであるかどうかはわからないが、単位系が混乱しないだけ助かる、と56号は思っていた。

 さらに付け加えると、この世界の人間も指が10本のためか、数字は10進法が使われている。


「お前たちなら200キルくらい、2時間で着いてしまうからね。ここから『遠眼鏡』で村を見て、行商人が来ていたら買いに行くんだよ」

「遠眼鏡?」

「そうさ、56号が教えてくれた『望遠鏡』みたいな魔導具さね」


 200キロというと、東京から富士山までの倍くらいだ。

 天気がいい時に、遠くから富士山を望める、という話からすると、200キルを見通せる望遠鏡も、その距離を2時間で踏破する人造生命(ホムンクルス)も凄い。


「ええと、お金はどうしているんです?」

「このあたりだと物々交換が多いねえ。辺境じゃお金より現物だからね。……で、交換用には魔物の皮や骨、牙なんかを持っていくね」

 身体能力の確認のためや、研究用素材にするため、また安全のため、周囲の魔物を狩っているので、そうした素材は豊富にあるのだという。

「なるほど、それなら安心ですね」

「お金も、少しはあるよ。ほら」

 ハカセは机の引き出しを開けると、無造作に貨幣を掴み上げた。

 それを机の上に並べていくハカセ。

「ほら、これが金貨。こっちは銀貨、これが銅貨だよ」

 それらは、直径4セル(cm)、厚さ4ミル(mm)程もある、大きめの硬貨だった。

「ははあ……」

 よく見ると、金貨と銀貨には穴が空いているものがある。

「穴の空いているのが半硬貨っていって、半分の値打ちがあるのさ」

 つまり、高価な順に、金貨・半金貨・銀貨・半銀貨・銅貨、となるらしい。

「銅貨には半銅貨ってないんですか?」

 と聞くと、

「ああ。銅貨は最安の硬貨だからね」

 という答えが返ってきた。

「お金の単位は何ですか?」

「ゴルだよ。銅貨が1ゴル、半銀貨が50ゴル、銀貨が100ゴル、半金貨が5000ゴル、金貨が1万ゴルさ」

「……銀貨と半金貨の差が大きいですね」

 1000ゴルくらいの貨幣はないのか、と56号は疑問に思った。

「ああ、そういえば、最近そんな貨幣ができたらしいね。風の噂に聞いたような気がするよ」

 やはり、使いにくいと考えた者がいたようだ、と56号は思った。

「あたしは持っていないけどね」

 そのうち見る機会もあるさね、と言ってハカセは笑った。


「そういえば、咳が出なくなりましたね」

 最近のハカセは体調がよさそうだ。

「ああ、56号が教えてくれた栄養学だったっけ? それを少し守るようにしたら、調子がよくなったみたいだよ」

「それはよかったです」

 おそらくビタミン、ミネラルなどの栄養バランスが改善されたからではないかと56号は思った。

「長生きしてくださいよ」

「ああ、そうだね。ありがとうよ」

 56号は、このハカセや37号との生活が楽しくなってきていたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月19日(水)14:00の予定です。


 20201003 修正

(旧)

 うま味、と言うが、これは甘味、塩味、酸味、苦味とは別で、うま味を感じる器官があるわけではないらしい。

「そんなあやふやなもの?」

「そうさ。でも、肉は焼くことで脂が溶けて美味しくなる」

(新)

 甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つが基本的な味である。

「加熱で味が変わるの?」

「そうさ。肉は焼くことで脂が溶けて美味しくなる」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえばハカセ自身は料理できるのだろうか?(というよりもあんまりこだわらない人でもサラダや煮物の作り方ぐらい教えられる位できるはず……………) [一言] 正直卵かけご飯すら作れない猫…
[一言] うま味にもグルタミン酸レセプターがあったかと。
[気になる点] 00-08 通貨 にて、 > 「え? 食料かい? そりゃあ、狩ってきたり、買ってきたりさね」 ここの"狩ってきたり、買ってきたり"って、"かってきたり、かってきたり"といわれたのです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ