02-15 マッツァ商会でお昼
「私も、漕いでみたい」
「ああ、いいとも」
サナが希望したので、ゴローは場所を替わった。
「一応、サナの体格にも考慮してあるので問題はないはずだ」
「うん、大丈夫」
足は届くし、ハンドル位置も高すぎない。視界も確保できていた。
「こう?」
「そうだ。うまいぞ」
「うん」
サナもまた、ゴローと同じように『足漕ぎ自動車』を動かすことができた。
「わあ、サナさんも凄いです!」
ティルダも漕いでみたそうだったが、さすがに身長差がありすぎ(ティルダは138セル、サナは155セル、ゴローは172セル)。
なのでティルダにも乗れるようには設定できなかったのだ。
それ以前に、ティルダの脚力ではちょっと無理だったろうとゴローは考えていた。
* * *
再びゴローに代わり、『足漕ぎ自動車』はマッツァ商会を目指した。
時速20キルほどで走れたので、20分弱でマッツァ商会に到着。
「あ、いい匂い」
店の前で焼いている『石焼き芋』の匂いだ。
「そもそも芋のシーズンじゃないだろうに……」
真夏の石焼き芋というのもなあ、とゴローは思っていたが、意外と人気が出ていて、コンスタントに売れ続けているようなのだ。
そして、他の店も参入しようとしたものの、ゴローが当て込んだように『熱し方』が今一つ悪く、マッツァ商会のものほどの甘さが得られていないのが現状であった。
「あ、ゴローさん、サナさん、ティルダさん、いらっしゃいませ。……それ、何ですか?」
『足漕ぎ自動車』を見て、アントニオとその父で商会長のオズワルドが目を剥いた。
「ええと、『ブルー工房』の新製品ですよ」
嘘は言っていない。ゴローとの共同開発品ではあるが。
「ほほう、これはすごい! 足で漕ぐのですね。どのくらいの速度が出るのですか?」
「俺が漕いで時速20キルちょっとくらいですかね」
その倍は出せるが、あまり人間離れした力を誇示することもないだろうと、ゴローは少な目に説明しておいた。
「ほほう、町中で乗るにはちょうどいいですね」
時々、不心得者が馬車を暴走させたり、馬で疾走したりすることはあるが、概ね、時速20キル前後の安全速度は守られているのである。
もちろん、これはルールではなくマナーである。
「とはいえ、身体強化が使えないとちょっと厳しいですが」
釘を刺しておくゴロー。
これは嘘ではない。ゴローは元々の地力があるので身体強化を使わずとも漕げるというだけだ。
「身体強化……なるほど、そうでしょうね」
軽馬車くらいの重量はありそうな『足漕ぎ自動車』を眺めたオズワルドは、当面は商売の種にはならないと、小さく諦めの溜め息をついたのだった。
「ちょっと早いですが、ゴローさん、サナさん、ティルダさん、昼食を召し上がっていきませんか?」
ティルダの納品後、オズワルド・マッツァがゴローたちを誘った。
「そうですね、それではお言葉に甘えて」
ゴローが代表して答えたが、サナもティルダも断ることはなかっただろう。
「……こちらに本店を移したと聞きましたが」
食後、お茶を飲みながらの世間話で、ゴローはちょっとだけ気になっていたことを確認することにした。
「ええ、おかげさまをもちまして、黒字続きです!」
「それはよかったですね」
ここシクトマは王都であり、マッツァ商会の本店をこちらにするということはそれなりに意味があった。
旧本店は、いずれアントニオが支店長となって切り盛りするのかな、とゴローは想像している。
「これもゴローさんたちのおかげですよ。王家とのパイプができたことが大きかったですね」
細くもなければ太くもないパイプ、といえよう。
すぐ取引が終わってしまったり、また取引額が微々たるものということもないので、『王家御用達』の看板を掲げるにはちょうどいい、とも言える。
長く取引を続けられれば、大きな利益を生み出してくれるだろう。
「それでですね、ゴローさん」
商会主オズワルドの声音が少し変わった。
「今度王家では、次女のローザンヌ・レトラ・ルーペス姫殿下のために、ショートソードを誂えることになったのですよ」
「姫様に剣ですか?」
ミスマッチのような気がしたゴローは、聞き返してしまった。
「はい、そうなんです。……姫殿下はまた姫騎士でもあらせられまして」
「ははあ……」
ローザンヌ・レトラ・ルーペスは第2王女であるが、小さい頃から武芸が好きで、今では姫騎士として国の内外に名を知られているのだそうだ。
そのため、1月後の誕生日に、名剣を贈りたいということらしい。
「サイズと重さはだいたいの希望が発表されておりまして」
「へえ」
「刃渡りは45セル、重さは1.1キム以下が望ましいそうです」
「なるほど」
ショートソードというのは片手剣のことであって、『短い剣』という意味合いは弱い。
そもそも、馬術が発達して騎兵が生まれると、彼らが馬上で使う剣を『ロングソード』と呼び、歩兵の主武器である片手剣を『ショートソード』と呼んだといわれている。
片手剣であるがゆえに、もう片方の手には小さめの盾を持つことが一般的である。
「姫騎士である姫殿下が扱うのですから、細身の剣がいいと思うのですが、ただの剣ではなく、何か『付加価値』があるといい、と仰ってまして」
「付加価値、ですか……」
いやに漠然とした希望だな、とゴローは思った。そしてそれはティルダも同じだったらしく、
「そのようなご希望だと作る側も困りますのです」
顔を顰めて言うのだった。
しかし、サナはそうは思わなかったようだ。
「……ううん、そこをくみ取って、剣を仕上げた鍛冶士を評価する、ということだと、思う」
「なるほど……時々サナは鋭い洞察をするな」
「時々って、それは失礼だと思う」
「あ、ごめん。つい本音が」
「……謝る気、ある?」
サナがゴローを睨む。
「悪かった悪かった」
「……帰りに、甘いもの」
「え?」
「悪いと思ったら、お詫びをするべき」
「……わかったよ、帰ったらな」
「今がいい」
「は?」
「やっぱり今、食べたい」
「ええー……」
ゴローは仕方なく、食後でも食べられそうな甘味って何だろうと考えてみた。
同時に、昼食として出された食材を思い浮かべる。
「大麦、小麦、卵、鶏肉、葉物野菜……それにミルクか……」
ここでゴローは何かを思いついた。
そして、
「サナ、冷やす魔法って使えるか?」
と尋ねてみたところ、
「ある。『冷やせ』がそう」
との答えが返ってきた。
「よし」
そこでゴローはオズワルドに断って台所と食材を借りることにした。
また新しい食べ物が見られるかもしれないと、オズワルドは喜々としてゴローに台所を貸したのである。
「卵とミルク、それに砂糖……っと」
ゴローはそれらをボウルに入れ、手早くかき混ぜた。
「あとは……コップでいいか」
コップを5つ用意したゴローは、ボウルの中身を片手鍋にあけ、火に掛ける。
同時に、砂糖をわずかな水に溶かし、それも火に掛けたのである。
そう、ゴローは『プリン』と『カラメルソース』を作っていたのだ。
「あ……いい匂い」
カラメルの匂いに惹かれて、サナが台所にやってきた。
「ちょうどいい。サナ、これを冷やしてくれ」
5つのコップにプリンをあけたゴローは、冷やしてくれるようサナに頼んだ。
「うん、任せて。……『冷やせ』
「おお」
熱々だったプリンが一瞬で冷めた。
「よし、こっちもいいな」
カラメルソースの方も茶色くなっていい頃合いとゴローは判断、火から下ろした。
プリンを皿にあけ、カラメルソースを掛ければできあがり。
5つあるので、オズワルドとアントニオにもお裾分け。というか、台所と食材を使わせてもらったお礼である。
「じゃあ、食べてみようか」
真っ先にサナが、スプーンで一口。
「……おいしい……!」
「おいしいのです!」
「ゴローさん、これ、素晴らしく美味しいですよ!」
「軟らかくてふるふるしていて甘くて冷たくて……!」
プリンは大好評だった。
そして、このレシピもマッツァ商会に売ることになったゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月10日(火)14:00の予定です。
20210215 修正
(旧)
「……わかったよ、帰ったらな」
「今」
「は?」
「今、食べたい」
(新)
「……わかったよ、帰ったらな」
「今がいい」
「は?」
「やっぱり今、食べたい」
20220729 修正
(誤)「そろそろ芋のシーズンじゃないだろうに……」
(正)「そもそも芋のシーズンじゃないだろうに……」




