02-13 猫の手
トーストが美味しかったので、追加で紅茶を頼むことにした。
「はーい」
黒猫獣人のウェイトレスは元気よく返事をして奥に引っ込んだ。
よくよく見ると、奥の厨房にいるのは、父親か兄らしき男性の黒猫獣人だった。
「お待たせしました」
5分ほどで香りのいい紅茶が運ばれてきた。
そしてそのすぐ後に、
「さぁびすです」
という声がして、小さな黒猫獣人の女の子がクッキーの入った皿を持ってきてくれたのである。
「ありがとうなのです」
ティルダがそれを受け取り、サナが尋ねる。
「……お手伝い?」
「はい! おねえちゃんとおにいちゃんのおてつだいです」
小さな子はそう答えるとにこっと笑って奥へ戻っていった。
「……可愛い」
サナはその後ろ姿をずっと追っていた。
「うん、美味い」
「……美味しい」
「美味しいのです!」
一口飲んだ紅茶はとても美味だった。
マリーが淹れてくれるお茶と甲乙付けがたいくらい。
というより、それぞれの特徴があるので、おそらく茶葉が違うのだろうとゴローは推測した。
そしてクッキーを一口。さっくりとした歯触りに控えめな甘さで、紅茶用のお茶請けとして作られたのだろうということがわかる。
「いい店を見つけたな」
「うん」
「はいなのです」
ほっこりとした午後の一時を過ごすゴローたち。
と、外が賑やかになった。
「あー、疲れたぜ。兄貴、何か作ってくれー」
と言いながら、黒猫の獣人が入ってきた。
「兄さん、お客さんの前よ」
どうやらウェイトレスの兄のようで、文句を言われている。
「あれ、お客さんか。……失礼しました」
素直に謝る猫獣人。
続いてまた、
「こんにちはー」
「お腹空いた、何か作ってー」
と言いながら、2人の猫獣人が入ってきた。
2人とも女性で、1人は白猫、もう1人は虎猫の獣人のようだ。
「あなたたちも! お客さんがいるんだから!」
「あ、ごめんなさい」
「失礼しましたー」
ウェイトレスに怒られて謝る2人。どうやらこちらは兄弟姉妹ではなく知り合いのようだな、とゴローは思った。
そしてよくよく見ると……。
「あれ? 空中ブランコの人?」
白猫獣人は空中ブランコを披露した女性の猫獣人であった。
「あ、さっきの見てくれたお客さん? わあ、ありがとう! うん、あたしリリーニャ。こっちのトロスとは幼馴染みでね、ずっとペアを組んで空中ブランコをやってるの」
トロスというのは案の定、ウェイトレスの兄だった。
* * *
それから自己紹介したり紹介されたりで、ゴローたちと猫獣人たちはすっかり仲よくなった。
まず、この食堂のオーナーでコック長のアロス。長男。
ウェイトレスは長女のアーニャ。
小さい子は次女のニーニャ。
そしてサーカスの花形、空中ブランコ担当は次男のトロス。
4人は黒猫の獣人であった。
そして彼らの幼馴染みで、トロスとペアを組んで空中ブランコをやっている白猫獣人のリリーニャ。
もう1人、綱渡りを披露した虎猫の獣人のララニャも幼馴染みだという。
3人は休憩時間になったので、この食堂『猫の手』に遅いお昼を食べに来たのだという。
「アロス兄の料理は美味いからな!」
トロスが言う。
「そうそう、毎日食べたいくらい」
「お前は少し料理くらいできるようになれ」
リリーニャはトロスにツッコミを入れられていた。
「……今度王国から使節が来るんだって?」
すっかり打ち解けたゴローがトロスに聞いた。
「ああ、そうなんだよ。多分姫様が正使だろうなあ……」
「姫様?」
トロスは頷いた。
「姫様といったらリラータ姫殿下さ。黄金色の毛並みとふさふさの尻尾は全国民の憧れなんだ」
「へえ……ということは……狐の獣人なのかな?」
「お、よくわかったな、ゴロー。そのとおり! 姫様は御年15歳、凄い美少女なんだ!」
「そ、そうかい」
トロスの熱狂ぶりに、ゴローは少しだけ引いた。
「そんでな、姫様は……うんぬんかんぬん」
「……」
トロスの姫様語りは15分続いた。
聞いたことをちょっとだけ後悔したゴローであった。
「トロス、そろそろ戻らないと、午後の公演に間に合わなくなるわよ」
「お、もうそんな時間か」
話に熱が入っていたトロスであったが、白猫獣人のリリーニャに窘められ、正気に戻った。
「いやあ、久々に熱く語っちまったぜ」
「あんたはいつも暑苦しいでしょう」
リリーニャはなかなか辛辣だった。
「そんなわけで、またな、ゴロー」
トロスはゴローに別れを告げると立ち上がった。
「サナさん、ティルダさん、それじゃあね」
「よかったらまた見にいらしてね」
ララニャとリリーニャも立ち上がり、サナたちに別れを告げた。
「ああ、またな」
「さよなら」
「お仕事頑張ってくださいなのです」
ゴローたちは3人を見送ったのだった。
* * *
「またどうぞー」
アーニャとニーニャの姉妹に見送られ、ゴローたちも食堂を辞した。
よくよく見ると、小さな看板に『猫の手』と書いてある。
「美味しい店だったな」
「うん」
「……ゴローさん、帰りは歩いて帰りますのです」
ティルダはもう肩車はこりごりだと言った。
「わかってるよ。……もう少ししたら、町中の移動が楽になるから」
「へえ? それって、ゴローさんが『ブルー工房』で何かやっていることと関係あるのです?」
「そうそう。もう少しだから楽しみにしていてくれ」
そんな話をしながら、3人はぶらぶらと午後のシクトマの町を歩いていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月5日(木)14:00の予定です。
20191204 修正
(誤)「お、そうそんな時間か」
(正)「お、もうそんな時間か」




