02-12 獣人サーカス
ステージの上にいたのは、おそらく猫系の獣人なのだろう、とゴローは思った。
頭の上……というか側頭部の少し上あたりに、三角の耳がピンと立っており、尻からは細い尻尾が伸びている。
着ている衣装は『レオタード』のようだと、ゴローは思った。
男も女も均整の取れた体つきをしている。彼らはしなやかな動きで観客に一礼すると、音楽が鳴り始めた。
「おお」
陽気な音楽に合わせて、10人ほどの猫獣人たちは一斉に動き出した。
観客席から拍手が起きた。
ステージ上の獣人たちは飛び、跳ね、とんぼ返りや側転、バック宙など、さまざまな技を披露。
……と書くとありきたりなようだが、その飛び上がる高さや、空中で回転する速度が尋常ではなかった。
ヒューマンにできるレベルを遙かに超えている、といえるだろう。
そして少しずつ舞台袖に引っ込んでいき、音楽が鳴り止むと同時に、全員姿を消したのである。
「これがオープニングか」
「うん、期待できそう」
「面白そうなのです!」
『それでは演目その1、綱渡りです!』
ライトが上を照らす。そこには2本のロープが平行に張られていた。
ロープの高さはステージの上7メルほど。落ちたら危険な高さだ。
その上を、左右から女の猫獣人が歩いてくる。
「おお、すげえ」
ゴローの『謎知識』では、こういう時には長い棒を横にして持つものだが、2人とも何も持たず、ただ手を横に広げているだけ。さすがのバランス感覚だ。
2本のロープの間隔は1メルくらい。
2人の猫獣人は左右から歩いてきて中央で握手を交わすと……。
「おお!」
ぴょん、と跳んで、互いのロープを入れ替えたのである。
大きな拍手が湧いた。
そして猫獣人たちは何ごともなかったように歩みを再開し、ついにロープの端に着くと、振り返って手を振り、深くお辞儀をしたのである。
観客はやんやの喝采だ。
『ありがとうございました! お次はグレートウルフの火の輪くぐりです!』
今度はステージの中央に輪っかを立てた小道具が運ばれてきた。それと同時に、体長4メルはある灰色の狼型魔獣が調教師に引かれて出てくる。
調教師は猫獣人ではなく、狼か犬……おそらく狼の獣人らしい。
狼型の魔獣はよく飼い慣らされているようだった。
「あれ、確かに、グレートウルフ」
サナが呟いた。
観客からはまた拍手が湧く。
そして輪っかに火が付けられる。
調教師は鞭……ではなく、短い杖のようなものを手に、グレートウルフに指示を出した。
するとグレートウルフは予備動作なしに、その火の輪を見事にくぐり抜ける。
大きな拍手がテントを揺るがした。
そして調教師は杖を一振り。
グレートウルフは向きを変えると、火の輪を再度飛び抜けた。また拍手が起きる。
さらに火の付いた輪っかが追加され、2メルほどの距離を置いて平行に置かれる。
調教師は大きく杖を一振り。
グレートウルフは見事な跳躍を見せ、2つの輪っかを飛び抜けたのであった。
それから3つ目の輪っかが登場し、3つをいっぺんに飛び抜けたり、さらに距離を離した輪っかを連続で飛び抜けるなどの妙技を見せ、火の輪くぐりは終了した。
「なかなか見応えがあるな」
「うん」
「凄いのです!」
拍手をしながらゴローたちは賛辞を口にした。
『さあどんどん行きます! 次はお待ちかね、空中ブランコ……っと、その前に、玉乗りの妙技をご覧になってお待ちください!』
綱渡り用のロープを取り外し、空中ブランコを設置するための時間が必要なので、その間の繋ぎとして、赤・青・黄・緑・紫の衣装を着けた5人の猫獣人が、直径1メルほどもある大玉に乗ってステージの左右から現れた。
大玉は白と黒に塗り分けられているので、回転する様子がよくわかる。
5人は前に後ろに、右に左にとめまぐるしく動き回ったかと思うと、大玉の上でとんぼ返りをして見せたり、互いの乗っている玉を飛び移って交換したりと、まさに軽業を披露した。
「やっぱり身体能力が凄いな」
「うん」
「見事なのです!」
ティルダはもちろん、ゴローとサナも感心するほどであった。
『さあ、準備が整ったようです! いよいよ空中ブランコの始まりです!』
大きな拍手がテントを揺るがした。
高さ20メル以上あるテントの天井付近から下がる左右2対のブランコ。
紐の長さは10メルはあるだろう。
その向かって右側には金色の衣装を着けた男の猫獣人が、向かって左には銀色の衣装を着けた女の猫獣人が踏切台の上に控えていた。
そして静かな音楽が流れ始めると、2人は一斉に踏切台を蹴った。
まさに空中ブランコ。
ゴローが知っているそれは、床の上に墜落時に受け止めるネットが張られていたが、ここでは何もない。失敗したらステージに叩き付けられるだろう。
「おお、すごいな」
スリル、そして優雅さがない交ぜになった空中ブランコの妙技を、観客は固唾を飲んで見つめていた。
銀が金の足に飛びついて2人で揺れたり、空中で宙返りしつつ踏切台に立ったりと、はらはらさせるような演技が続く。
ティルダをはじめ、観客はもう目が離せないとばかりに上を見上げていた。
極めつけは空中で2人同時にブランコを入れ替える絶技。
金色の方は揺られる途中でブランコの上に立ち、銀色は脚を掛けて揺られていく。
ブランコが左右から最も近づいた時、それぞれのブランコを蹴って、相手が乗っているブランコを目指した。
一瞬でもタイミングがずれたらつかみ損ねて落下する危険な技だったが、2人は見事にそれを演じ切った。
そして踏切台に戻り、ロープを使ってステージ上に下りてきた2人は、観客に向かって深くお辞儀を1つ。
耳を聾するほどの歓声と、割れんばかりの拍手が贈られたのだった。
* * *
その後もトランポリンのような器具を使った軽業や、ジャグリングと呼ばれるナイフやボウリングのピンのようなものやボールを使ったお手玉が披露された。
楽しい演目とはらはらする演目のうまい組み合わせで、見る者を飽きさせず、疲れさせない。
これが、はらはらの連続だと精神的に疲れてしまう人が出るが、合間合間に箸休め的なコミカルな演目が入ると、不思議とまたはらはらしてみたくなるようなのだ。
そしてクライマックスは、直径1メルの大玉に獣人が乗って、長さ10メル、10セルほどの幅の板を渡しただけの上を渡る離れ業だ。
しかも、乗る獣人はもう1人肩車をして。
「……これは凄いな」
「うん、私でもできるかどうかわからない」
サナがそこまでいうほどの難易度である。しかも渡した板はしなるのだ。
まず、肩車をして玉乗りをするというだけでも大変なのに、その状態で細い一本橋を渡ろうというわけである。
観客は全員、固唾を飲んで見つめている。
「お、橋に差し掛かるぞ」
「み、見ていられないのです」
ティルダは怖々見上げている。観客の中にも、目を閉じてしまっている者が何割かいるようだ。
そろそろと玉乗りをし、橋の中央に差し掛かる、
ここからは、しなった橋を上っていくことになる。
一瞬、玉乗りをする獣人のバランスが崩れた……ように見えた。観客から悲鳴が上がる。
だが、そこから見事に立て直し、残った橋を見事に渡りきったのだった。
玉乗りをしていた獣人と、肩車されていた獣人が、お辞儀をする。
観客席は大歓声で満たされたのだった。
そんなこんなで、午後1時に全ての演目が終わった。計2時間ほどの上演である。
『それでは皆様、ありがとうございました!!』
ステージ上に出演者が全員勢揃いし、一斉に頭を下げる。
再び万雷の拍手が贈られたのだった。
* * *
「ああ、楽しんだな」
「うん」
「凄かったのです。ゴローさん、連れてきてくださってありがとうなのです」
サナもティルダも満足したようで何より、とゴローも満足だった。
「どこかで何か食べていくか」
とゴローが言えば、
「うん」
「……少しお腹が空いたのです」
サナとティルダも賛成した。
だが、時刻が午後1時過ぎということと、サーカスを見終わった人たちが一斉に群がったため、付近の食堂は皆満席のようだった。
「うーん、どうするか」
「ゴロー、少し離れた場所を探そう」
「それがよさそうだな」
席が空くのを待っているのと、別の場所で空いている食堂を探すのとを比較し、空いている食堂を探すことに決めた。
「屋敷に向かう方向で探そう」
「うん」
そういうことになって、3人はとりあえず北へ向けて環状三号道路を歩いていった。
10分ほど進んだところに、小さな食堂があったのでそこに入ってみる。
ティルダのお腹が鳴りっぱなしだったので、何かお腹に入れようと思ったのだ。
「いらっしゃいませ」
「あ」
注文を聞きに出てきたのは、頭に猫耳を生やしたウェイトレスだった。
毛並みは黒で、白いエプロンが映えている。
「ええと、俺はバタートースト。この子にはジャムトースト。ティルダはどうする?」
「私はマーマレードトーストをお願いしますです」
「バタートースト、ジャムトースト、マーマレードトーストですね。かしこまりましたー」
猫耳ウェイトレスは注文を確認した後メモし、お辞儀を一つして引っ込んだ。
その仕事ぶりを見たゴローは感心する。特に注文の復唱をして確認をしたところだ。
「ここにも獣人が働いているんだな」
「こっちの区画は、獣人が多いのかも」
ゴローとサナがそんな話をしていると、トーストが運ばれてきた。なかなか素早い対応だ。
「お待たせしましたー」
そしてちゃんとそれぞれの前に、それぞれの注文品が置かれる。
「ごゆっくりどうぞー」
と告げてウェイトレスは引っ込んでいった。
「うん、焼き加減もちょうどいいな」
「このジャム、美味しい」
「マーマレードも美味しいのです」
この店に入って当たりだったな、と思った3人だった。
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次回更新は12月3日(火)14:00の予定です。




