02-11 新たな動き
2日後の完成を楽しみに、ゴローが屋敷へ帰ると……。
「おお、お帰り」
「あ、モーガンさん、いらっしゃい」
屋敷の庭に張った日除けの下で、モーガンがサナとティルダを相手にお茶を飲んでいるところだった。
「ティルダも納品から戻ってきてたのか」
「はいなのです。……ゴローさんもお茶にしませんか?」
「そうだな、そうしよう」
ゴローも日除けの下の椅子に腰を下ろした。
「なんぞ『ブルー工房』で作ってるんだってなあ?」
「あ、はい。よくご存じですね」
モーガンは思ったより情報通のようだった。
「暇だけはたくさんあるからなあ」
と言ってはいるが、それなりに何やら仕事を抱えているのは知っているゴロー。
それでもここへやって来るのは、
「モーガンさん、今日もお土産ありがとうなのです」
「おう」
ティルダを眺めて癒やされに来ていると思われた。
「ところでゴロー」
「はい?」
マリーが淹れてくれたお茶をゴローが一口飲んだところで、モーガンが話し掛けた。
「最近、変わったことはないか?」
「変わったこと……ですか?」
木の精のフロロがメープルシロップを日産してくれていること。
ピクシーを連れてきてハチミツの製造を始めたこと。
サナがエサソンを連れ帰ってきたこと。
ゴローがブルー工房で『馬なし馬車』=『足漕ぎ車』を開発していること。
どれも、モーガンの質問の趣旨ではなさそうだとゴローは判断した。
「気が付いたことはありませんね」
それでゴローは首を横に振った。
「そうか、それならいいんだ」
モーガンもそれで納得したようで、それ以上追及することはなかった。
ただ、
「最近、『裏』の奴らが騒がしいらしくてな」
と言ったのみ。
だがゴローはその言葉が気になった。
「裏ですか?」
ここでモーガンが『裏』と言ったのは、『裏稼業』、つまり非合法の仕事をしている連中のことだろうとゴローは推測した。
「この町にもそんな奴らがいるんですか?」
「ああ。……ゴローだって、少し前に『ヘルイーグル』の奇襲を受けたと言っていただろう?」
「あ、そうでした」
おまけに、狙撃までされていたのだった。ヘルイーグルと、自分とが。
自分が狙撃されたことは黙っていたが、ヘルイーグルが狙撃されたことはマッツァ商会の誰もが知っているし、それを叩き落とした瞬間を衛兵も見ているので隠す意味がなかったのだ。
そのことについて、ゴローはモーガンに相談したこともあったのだ。
「あれはおそらく、『金緑石』を、王家に納品されたくない連中がマッツァ商会を狙ったものだろうな」
「なるほど」
「だから、納品されてしまった今は、もう何をしても無駄だから、当面そうした妨害めいたことはされないと見ていいだろう」
「そういうことですか。なら一応安心ですね」
「おう、そういうことだな」
ゴローやサナがついていない時に襲われたらどうしようと思っていた心配事はこれでなくなったと言える。
「それじゃあ、その『裏の連中』が騒がしい理由って何でしょう?」
「うん、それだがな」
モーガンはゆっくりと語り出した。
ここシクトマを首都とするヒューマンの国ルーペス王国を中心にして周辺の国々を説明すると。
南には山岳地帯を挟み、別の国である『ラジャイル王国』がある。
東の彼方にはエルフの国、『バラージュ』がある。ここは王国ではない。
北西の山岳地帯にはドワーフの国がある。ここも王国ではない。
そして西、広大な『翡翠の森』のさらに向こうには『獣人』の国が幾つかあるという。
今回はその1つ、『ジャンガル王国』から友好使節がやって来ることになったのだそうだ。
「私のような退役した者にまで手伝えという指示が来ているからな」
警備のための人員不足なのだろうとモーガンは苦笑を浮かべたのだった。
「つまりだ、その友好使節を襲う輩がいるかもしれないと?」
ゴローがずばり尋ねると、モーガンは頷いた。
「そういうことだな。まったく、人間至上主義、というのは面倒なものだ。このシクトマにも獣人はいるというのに」
「そうなのですか?」
そういえばまだ獣人には会っていないな、とゴローは気が付いた。
「元々それほど大勢住んでいるわけではないからな。そうか、ゴローはまだ獣人を見たことはないか」
「はあ、残念ながら」
「だが、別に忌避感はないんだろう?」
「もちろんですよ!」
むしろ会ってみたいと思っているくらいだ、とゴローは言った。
「そうか。……それなら、町の南西で『獣人』がサーカスの公演をやっているから見に行ってみるといいかもな」
「サーカス……ですか」
ゴローの謎知識では、サーカスというと『ピエロの玉乗り』『空中ブランコ』『猛獣の火の輪くぐり』『綱渡り』などが浮かんできた。
それをモーガンに言うと、
「そうそう、なんだ、知っているんじゃないか」
と言われた。
「でも実際に見たことはないです」
「なら是非行ってみるといい。サナちゃんとティルダちゃんも連れてな」
「そうですね、そうします」
そんなわけで、翌日、ゴローはサナとティルダを連れてサーカスを見に行くことにしたのだった。
* * *
「結構混んでいるなあ」
午前10時前に、ゴローたちは町の南西にある公園広場にやってきた。
住所表記としては『西通り南・環四外』となっている。
そこに大きなテントが張られ、サーカスをやっているようだ。
入場料は大人も子供も一律4000シクロ。
これが高いのか安いのか、謎知識は教えてくれなかった。
20人ほど並んでいたが、割合スムーズに列は進み、5分ほどでテントの中に入ることができた。
「思ったより涼しいな」
夏の始まりの今、こうしたテントの内部は蒸し風呂みたいになっているかと思ったゴロー。
もっとも、ゴローとサナはそうした環境に強いので、気にしていたのはもっぱらティルダのことを気遣ってである。
「うん……ここ、魔法で空気を冷やしてる」
サナが魔法の行使を看破した。
「へえ……うまくやってるようだな」
「うん。よく考えてる」
「涼しいのです」
ティルダも汗が引っ込む、と言った。
(今度、工房でも何とかしてやろう。夏は暑いだろうからな)
と思ったゴローであった。
テント内には木で出来た長いすがたくさん置いてあって、それが座席だった。
まだ人の入りはまばらなので、よく見えるように前の方へ行く。
向かう先には、垂れ幕が下りたステージがある。
さすがに最前列は埋まっていたが、前から3番目の列に3人並んで座ることができたのだった。
20分ほど待つと、テント内はほぼ満席となる。
そしてさらに10分、いよいよサーカスの開幕だ。
『お集まりの皆様、お待たせしました! これよりラーグル大サーカス、開演です!』
どこからともなくアナウンスが響き、垂れ幕がするすると上がっていった。
「おっ!」
「わあ」
「うわぁ」
ゴローたちは思わず声をあげた。
ステージの上には、色とりどりの衣装を着けた獣人たちが立っていたのである。
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次回更新は12月1日(日)14:00の予定です。
20191128 修正
(誤)マリーが淹れてくれたお茶をゴローが口飲んだところで、モーガンが話し掛けた。
(正)マリーが淹れてくれたお茶をゴローが一口飲んだところで、モーガンが話し掛けた。
(誤)少し前に『ヘルイーグル』の奇襲を受けたと言っているだろう?」
(正)少し前に『ヘルイーグル』の奇襲を受けたと言っていただろう?」
20191204 修正
(誤)そういえばまた獣人には会っていないな、とゴローは気が付いた。
(正)そういえばまだ獣人には会っていないな、とゴローは気が付いた。
20191211 修正
(誤)それなら、町の南東で『獣人』がサーカスの公演をやっているから
(正)それなら、町の南西で『獣人』がサーカスの公演をやっているから
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