02-10 試作完成
エサソンを連れ帰った経緯を聞いたゴローは、
「そういうことか……」
また住人が増えたな、と微笑ましく思ったのだった。
「エサソンがいれば、朽ち木を肥料にしてキノコを増やしてくれるからね」
フロロが言った。
「元気な木にキノコ生やしたら許さないけど」
キノコの仲間には『腐朽菌』といって、木材の成分を分解する性質のものがある。
倒れた木に付くのはいいが、まだ生きている木に取り付くと、その木の元気がなくなり、やがて枯れてしまうのだとフロロは言った。
「まあ、あたしがいる以上、そんなことさせないけどね」
「……仲よくやってくれよ」
「まあ、ね。まっかせなさい!」
そう言ってフロロは姿を消した。
「一番の年長者だからな……」
妖精の世界にも年功序列ってあるのかな、とふと思ったゴローであった。
* * *
「さてと、お昼の支度はどうなっているかな?」
ゴローが屋敷に入ると、バターのいい匂いが漂ってきた。
「ご主人様、今日のお昼は『モリーユ』のソテーです」
屋敷妖精のマリーが言った。
「サナ様が収穫してきてくださったので新鮮なうちに調理しました」
「お、そうか」
モリーユは、日本では『アミガサタケ』という。
春キノコで、登山道脇などでも見られるキノコだ。
アミガサといっても、時代劇の『編み笠』ではなく、『網』の『傘』であろうと思われる。
適当にひねった粘土の塊に箸の先で突いたような凹みが一面に付いている、といった外観をしており、それが網を被せたように見えるからと推測される。
(※画像を調べてみる方は、苦手な形状かもしれないのでご注意ください)
アミガサタケはバターで炒めたり、クリーム煮にして食べると美味しい……らしい。
というので、屋敷妖精のマリーは、アスパラのような野菜と一緒にソテーを作ってくれたようだ。
「……いい匂い」
さっそくやって来たサナも、自分で採集してきたキノコが食卓に並んでいるので嬉しいらしい。
「あ、美味しい」
サナも、少しずつではあるが、『甘い』以外の味も好むようになってきていた。
「美味しいのです!」
ティルダもまた、ソテーを喜んで食べている。
そのティルダは、イチゴジャムを塗ったパンを食べ、顔を綻ばせながら、
「ゴローさん、今日の午後、納品に行ってきますです」
と報告した。
「うん、そうか。気を付けてな?」
「はいなのです」
『馬なし馬車』が完成すれば乗せていってやるのに、と思いながらゴローは、
「俺も午後は『ブルー工房』に行ってくるよ」
と告げたのだった。
* * *
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
サナとマリーに見送られ、ゴローは屋敷を後にした。
例によって、人が見ていない場所ではかなりの速度で走ったので、短時間でブルー工房に到着。
「あ、ゴローさん、いらっしゃい! ちょうど試作が完成したところですよ!」
顔を出すと、若き工房主、アーレン・ブルーが出迎えてくれた。
「お、試作ができたのか!」
それを聞いてゴローもわくわくしてきた。
「さあさあ、見てください!」
「おお!」
ボディはまだ被せられていないが、駆動系、操縦系、それに座席など、走るために必要な部分は完成していた。
「試しに僕が漕いでみましたが、かなり重かったですよ……」
「それは大丈夫だと思うな。俺には『強化魔法』があるから」
『強化魔法』。筋力を強化して、通常の何倍もの力を発揮させる魔法で、使える者は限られている。
……という話を、アントニオから聞いておいたゴローだった。
『使える者は限られている』、つまり、いることはいる、というわけで、『人造生命』であるという事実よりは珍しくないわけだ。
「強化魔法ですか……! それは凄いですね。でも、それなら納得ですよ」
ゴローとサナは時々大荷物を運んだりしているので、『強化魔法の使い手』として知られるなら許容範囲であった。
むしろ知られた方が、町中を超スピードで走り回っている説明になるので都合がいいわけだ。
そういうわけで、工房裏の空き地を使い、試作『馬なし馬車』を漕いでみることにしたゴローである。
「座り心地はどうですか?」
「うん、悪くないな」
腰掛けたまま漕ぐので、シートはやや浅めの造りとなっている。
ハンドル位置は少し低く感じたが、サナも使うかもしれないことを考えるとこのくらいでいいだろうとゴローは判断した。
「よし、行くぞ」
『軽く』ペダルを踏み込むと、試作の『馬なし馬車』はゆっくりと動き始めた。
「やった!」
見守っていたアーレン・ブルーが歓声を上げた。
試作『馬なし馬車』は見た目は軽々と空き地内を走り回っている。
サスペンションの効きもまずまずで、地面の凹凸をそこそこ吸収している。
ちゃんとハンドルも切れ、方向転換も自由自在。
「うーん、小回りの時少し引っ掛かる感じがするのは後輪にデフがないからだな」
謎知識でそう判断するゴロー。
デフ、つまりディファレンシャルギアは、駆動輪に伝わる回転力を左右の車輪へ適度に配分するためのもので『差動装置』ともいう。
旋回時、内側の車輪の回転数は外側の車輪の回転数より少なくなければならない。
左右の車輪が車軸で繋がっていると、回転数は同じとなり、スリップが生じ、それが抵抗になる。
これを防ぐための装置が『差動装置』、つまり『ディファレンシャルギア』だ。
さすがに、今のところ金属製の精密な歯車を作ることはできないので、小さく曲がる際にスリップが起きるのは致し方ないとゴローは割り切ることにした。
その点を除けば、ほぼ注文どおりの出来である。
(思いっきり漕げば時速60キルくらいは出せそうだな)
さすがに町中ではせいぜいその半分の時速30キルくらいが上限だろうから、十分な性能である。
(変速ができれば完璧だけどな……)
自転車のようなチェーンによる動力伝達の場合、チェーンの『曲がり』を利用して、径の違うスプロケットに掛け替えることで変速している。
さすがにゴローの謎知識も、その辺の詳細な仕組みまでは教えてくれなかった。
(でもまあ、これで十分といえば十分だよな)
主に町中での移動用であり、本当に速度が必要な際は自分で走ればいいので、一先ずはこれでよしとしようとゴローは判断した。
最後にブレーキの効きも確認し、ゴローは車から降りた。
「いいできだよ!」
と感想を述べれば、アーレンも喜びを顔に表して、
「光栄です!」
と叫んだ。
その後、細かい修正点について指摘し、ゴローは『ブルー工房』を後にした。
「2日後に完成品をお渡しします!」
というアーレン・ブルーの声に送られて。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月28日(木)14:00の予定です。




