02-08 注文
季節は夏になり、何ごともない平和な日々が続いた。
『メープルシロップ』は1リルほど貯まっている。
サナが舐めてみたそうにしているので、そろそろパンに塗って食べてみるかとゴローは考えていた。
そして『木の精』のフロロは『ピクシー』の眷属化と教育を終え、ミツバチを飼う準備中だ。
具体的に言うと女王蜂を探しているところである。
ティルダは専用の工房で日夜彫金に精を出しており、『マッツァ商会』への納品も順調。
『ティルダ』ブランドを作りませんかという打診が来ているほどであった。
ゴローはというと、毎日のように『ブルー工房』へ顔を出し、『馬なし馬車』の試作を見守っている。
今現在はシャーシーが完成し、乗り心地をいろいろと試していた。
最後にサナだが、彼女は王都シクトマを歩き回って美味しい食べ物の店を探求していた。
* * *
そんなある日、マッツァ商会のアントニオがやって来た。
ちなみにマッツァ商会は、ゴローが売った『金緑石』で作ったアクセサリーを王家に献上して以来御用達として日々業績を伸ばしているので、商会主オズワルドもその息子アントニオも、王都に残ったままだ。
商会のこれからについて、大幅に見直しが行われたらしく、これまでの計画は一旦白紙に戻されたようだった。
『機を見るに敏』という言葉が頭に浮かんだゴローであった。
「ゴローさん、もう宝石の原石はお持ちではないのでしょうか?」
アントニオは、ゴローたちが所有している原石を買いに来たらしい。
「まだ少しはあるけど」
『ハカセ』から、それこそ山ほどもらっていたので、これまで売った分の4倍以上の在庫があった。
「是非、売ってください!」
アントニオは頭を下げた。
「いいとも」
ゴローは快諾した。
「……どんな石が欲しいんだい?」
全部見せてしまうといろいろ問題がありそうなので、まずは何が欲しいのか聞いてみることにした。
「やっぱり『金緑石』ですね。……ただし、小さいものが」
大きいのは値段も上がるのでなかなか売れないのだという。その点、小さいものはよく売れる。とはいっても1つ数万シクロなので、いい利益が出る、とアントニオは言った。
「あとは……色の付いた石が人気ありますね」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
ゴローはアントニオを応接間に待たせておき、自室へと向かった。そこに私物が置いてあるのだ。
クローゼットを開けて、背嚢を取り出す。その中から革袋を引っ張り出した。
中には『ハカセ』からもらった鉱石類がゴロゴロ入っている。
袋の口を開けて中を覗き込んだゴローは、一番小さいと思われる金緑石を取り出した。親指の先くらいのものだ。
「あとは色石か……」
紫水晶があったのでそれを出してみた。人差し指くらいの結晶が十数個集まっている塊だ。
「それから……」
卵くらいの大きさのトパーズの原石があったのでそれも持っていくことにした。
「これでどうかな?」
「これならいいです!」
大きさ的に、アントニオの要望にかなっていたようで、すぐに取引することになった。
「金緑石の原石が500万シクロ、紫水晶の原石が75万シクロ、トパーズの原石が80万シクロでどうでしょう?」
「併せて655万シクロか。それでいいよ」
ゴローも、少しは鉱石類の相場がわかってきたので、だいたい妥当な線だと了承した。
* * *
続いてはティルダの出番だ。
「これをカボッションカットに、これとこれはステップカットでお願いします」
「わかりましたのです」
アントニオはティルダに石のカット形式を伝え、ティルダはそれをメモし、石に添付していった。
「お茶をどうぞ」
そこへ『屋敷妖精』のマリーがお茶を運んできた。
「あ、これはどうも、畏れ入ります」
そうした『神秘現象』大好きなアントニオは、少し顔を赤らめながらお茶を受け取った。
「お、美味しい……!」
少し大袈裟ではないかと思われるほどの声を上げるアントニオ。
「どれどれ」
ゴローもお茶を一口。独特の風味のある甘さを感じた。
「……お、これって例の?」
「はいご主人様、『メープルシロップ』を入れてみました」
「いい香りだ。美味しいよ」
「ありがとうございます」
その会話を聞きつけるアントニオ。
「メ、メープルシロップですって……? 何で夏に?」
「ええと……」
どう説明しようかと考えるゴロー。
「……要するに庭で採れたんだよ」
「に、に、庭で? メープルシロップが? 採れた? ですか?」
「あー、そうなるか」
神秘現象大好きなアントニオに話したらどうなるかは想像が付いたが、適当な説明をしたのでは後々面倒になりそうなので、ちゃんとした話をすることにした。
「……ド、『木の精』ですって!?」
案の定食いついてきたアントニオ。
「うん。それが庭の木でメープルシロップになる樹液を毎日ちょっとずつ採取してくれているんだ」
「凄いですねえ……」
『木の精』はサナと契約しており、なかなか姿を現さない、と説明しておくゴロー。
姿を現さない、というのは多少誇張が入っているが、人見知りというか屋敷の者以外には姿を見せないのでまあ嘘ではない。
なので、アントニオも『木の精』に会いたい、とは言い出さなかったのである。
* * *
その『木の精』、フロロはというと。
「これでいいのかしらね?」
ゴローが『謎知識』で作った『巣箱』に女王蜂を入れ、眷属の『ピクシー』に世話をさせていた。
それを眺めているのはフロロの契約主であるサナ。
「うん、楽しみ」
『木の精』は蜂に刺されることなどないし、サナやゴローも蜂の針など意に介さない。
なので顔の周りをぶんぶんとミツバチが飛び回っていても気にすることはなかった。
「この『巣箱』に巣を作らせたら、確かに蜜を集めやすいわよねえ。ゴローて、何者?」
「……わからない。ゴローはゴロー」
サナはあっさりとそう答えたのであった。
「あとは花ね。できればこの庭の中だけで済めばいいけど、そうもいかないし……」
さすがに蜜を集めるだけの花を限られた敷地内だけでまかなうことはできそうもない。
「ピクシーのいたあの森の一部を『聖域』にするわ」
『聖域』とは、高位の精霊が作り出す、いわば『縄張り』である。
聖域になれば、その主である精霊の力をある程度及ぼすことができ、精霊自身もそこで過ごすことも可能となる。
『木の精』は自分の親木から長時間離れることができないので、こうした聖域を作って遊びに行くことがあるという。
元々精霊は自由なものなので、こうした傾向が強い。
『屋敷妖精』のマリーは生真面目だが、これは例外中の例外……らしい。
「ねえねえサナちん、この枝をこの前の森に立ててきてくれないかしら?」
フロロは10センチくらいの長さに揃えた枝の束をサナに手渡した。
最近のフロロはサナのことをサナちん、ゴローのことをゴロちんと呼んでいる。
「森……って、ピクシーを捕まえた、あの?」
「ええ、そう。あそこは今、主がいないみたいだから、適当なエリアをあたしが管理してもいいでしょ」
主とは、その場所を『聖域』もしくはそれに準ずる『領域』にしている高位精霊や妖精のことである。
ちなみに『聖域』は、明確な境界があるもので、『領域』は明確な境界はないという違いがある。
その境界を定めるためにフロロはサナに枝を持たせたのだった。
「うん、わかった」
サナはフロロから受け取った枝の束を持って屋敷を後にしたのである。
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次回更新は11月24日(日)14:00の予定です。




