02-07 新機軸
ピクシー狩り(?)の翌日、ゴローは1人『ブルー工房』を訪れた。
「ゴローさん、待ってましたよ!」
アーレン・ブルーが待ちかねた、というように飛び出してきた。
「さあ、見てください!」
「おお?」
そこには、数枚の図面があった。
細部が異なる『馬なし馬車』の完成図だ。
「凄いな……こんなに描いたのか」
「はい、徹夜しました!」
あっさり言っているが、よく見るとアーレンの目の下には隈ができている。
「あんまり無理するなよ……」
「大丈夫! 3日くらいは寝なくても……」
「いいのか、それ」
「大丈夫ですっ!」
「……まあ、いいか」
とりあえずゴローは言い合っていても仕方ないので、図面に集中することにした。
「これが一番よさそうな気がする」
5枚の中から、ゴローは一番ピンと来た図面を指し示した。
「おお! やっぱりそれですよね! それ、今朝描いた、一番新しい図面です」
アーレンは我が意を得たりと、饒舌になった。
(徹夜明けのナチュラル・ハイかもな……)
などと思いながら、ゴローは耳を傾けた。
「ここに、ゴローさんの言ってた板バネを付けて軸受けを支えます。車高の割に床の高さを抑えることができるんです」
得意げに言うアーレンの言葉に、ゴローは重ねて言う。
「うん、重心が低くなるから安定がよくなるよな」
「えっ?」
アーレンが不思議そうな顔をした。
「重心……って言いました?」
「ああ、言った」
「よくご存じですね。それって、うちの工房でも理解している者は少ないんですよ!」
「そ、そうなのか」
科学という学問体系がまだまだ未熟だとゴローは感じており、それならアーレンの言うことも間違いないだろうなと納得したのであった。
だがアーレンは、そうしたゴローとの協議が楽しくて仕方ないらしく、
「ゴローさんはどこで学んだんですか?」
などと尋ねてきた。
「ええと、知り合いに学者が何人かいて、そういう人たちにちょこちょこ教わってたから」
「そうなんですか。何人も学者さんのお知り合いがいるなんていいですねえ……」
『何人も』というところで妙に納得したらしいアーレン。
「で、これですよ。軸ができるだけ軽く回るように、考えてみたんですが」
そう言ってアーレンは別の図面を取り出してゴローに見せた。
「おっ?」
「どうです?軸の回りに、取り巻くように金属製の『コロ』を配置して、それを金属製のガワで囲っておくんです」
それは現代日本では『ローラーベアリング』と呼ばれるものと同じ考え方をした部品であった。
「すごいな……これを加工できるのか?」
問題となるのは加工技術、加工精度だろうとゴローは考えた。
「鋭いですね。確かにこれをきっちりとした寸法で作れる職人は少ないと思いますよ」
しかも焼き入れをした鋼鉄で、とアーレンは言った。
「うちの工房にはいますけどね!」
自慢することも忘れない工房主アーレン・ブルーである。
そこでゴローは、これが作れるなら、と、『チェーン』を提案することにした。
「なあ、俺の方もちょっと思いついたんだが」
と言って紙を1枚貰い、チェーンとスプロケット(チェーン用の歯車)の絵を描いた。
「えっ? えっ!? な、なんですか、これ!?」
「離れた軸に、力を伝える方法なんだけど……」
アーレンはそのスケッチをひったくるようにして取り上げ、穴が空くほどまじまじと見つめた。
「これ、同じサイズで……鎖? のコマを作ることが鍵ですね……でも作れたら……画期的ですよ!」
ベルト車というモノはあるらしいが、それに比べたら滑ったり外れたりせず、遙かに大きな力を伝えられるだろうとアーレンは言った。
「どうやったら作れるだろう……」
さっそく考え込むアーレン。
ゴローは、さらに思いつきを口にしてみる。
「型を作って打ち抜いたらどうかな?」
「はいい!?」
奇声を上げるアーレン。ゴローは少し引きながらも、もう1枚スケッチを描いた。
「こういう、雄型と雌型を作って……」
ゴローが描いたのは『ハンドプレス』に分類されるもの。
レバーを引くと雄型が下がって雌型にはまり込む。
間に板を入れれば、打ち抜くことができる。いわゆる『パンチング』である。
梃子の原理を使うので、ハンマーで雄型を叩く必要がない。
これを使うと、雄型と雌型がずれることなく何度でも同じ形の板を打ち抜くことができる。
「凄い! すごいすごいすごい! ゴローさん、あなたは天才だ!!」
「いや、あのな……」
ゴローとしては『謎知識』に従って絵を描いただけなので、天才などと言われると困ってしまう。
だがアーレンの興奮は収まらず、
「この器械のアイデアだけで、『馬なし馬車』のお代はいりませんよ!!」
などと言っている。それほど価値のあるアイデアだということだ。
「これを使えば、ゴローさんの希望するように、後輪を駆動して前輪で舵を切れますね」
そう、ゴローは『謎知識』のとおり、舵取りは前輪、駆動は後輪、としたかったのだった。
「うーん……そうなると設計図を描き直さないと」
そこでゴローは、
「わかったから、一度休んでくれ。……ほら、寝不足の頭だと、いいアイデアも浮かばないだろうからさ」
と説得してみる。
「う、ううん……それもそうですね……みんなに同じこと言われてますし」
「だろう?」
ようやく休む気になったらしいアーレンだが、
「それじゃあ、この図面を描き上げたら寝ることに……」
「こら」
ゴローが注意した、その時。
「駄目ですってばあ、アーレン様!」
と声がして、女の子が入ってきた。
「やっぱり、寝てないんじゃないですかあ!」
「ご、ごめん、ラーナ」
ラーナと呼ばれた女の子はドワーフらしい。もっさりした髪の毛はティルダによく似ていた。
「……そういうわけでお客様、工房主アーレンはこれから休息に入りますのでまた明日おいでください」
「う、うん、わかった」
ラーナの勢いに圧倒されたゴローは素直に従い、ブルー工房を出た。
時刻は午前10時頃。
「ゆっくり歩いて帰るか……」
青空を見ながら呟くゴロー。
その背に、声が掛けられた。
「ゴロー様!」
振り向くと、先程のドワーフ少女……ラーナである。
「ええと、何か?」
「あ、あの、先程は、申し訳ございませんでした!」
ラーナはいきなり頭を下げた。
「え?」
「……いくらアーレン様のお身体を心配したとはいえ、お客様との商談中に乱入した言い訳にはなりません!」
「……ああ」
ラーナという子は、少女に見えるが、ドワーフなので年齢はそこそこ重ねているのだろう、とゴローは見当を付ける。
それで、自分の態度を反省して追いかけてきたのだろう……と。
「いいよ、わかったから。気にしてないよ」
ゴローがそう言うと、ラーナはほっとした顔になった。
「あ、あの、明日もきっと来てくださいね! あんな楽しそうなアーレン様、久し振りに見ましたから」
「うん、わかった」
ゴローが請け合うと、ラーナはもう一度お辞儀をして工房に戻っていったのだった。
「いい部下だな」
少しほっこりしたゴローは、ぶらぶらと屋敷へ向かって歩いていくのであった。
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次回更新は11月21日(木)14:00の予定です。




