02-04 それぞれ
「ゴローさん、これ、画期的ですよ!」
「そうかな?」
「足踏みですと、どれくらいの重さまで動かせるかわかりませんけど……」
アーレン・ブルーはさすがに専門家らしく、気が付いた問題点を指摘してくれている。
「なので、車体はできるだけ軽く丈夫に作ってほしいんですよ」
「でしたら軽銀を使いますかね……少々高くなりますが」
「車輪は普通の馬車のものより小さくていいです」
「じゃあ、一番小型の馬車の車輪を使いましょう。そうすれば部品の共通化により、整備しやすくなりますから」
「このハンドルを動かすと、後輪の向きが変わるようにしてください」
「なあるほど、こうやれば向きを変えられますね」
「こうして、車台と車体を浮かせて、間にバネを挟むんです」
「面白いバネですね。板をたくさん重ねるんですか」
そしてアーレン・ブルーもまた、ゴローの『謎知識』による新機軸を目の当たりにして、製作意欲をそそられていたのである。
サナはというと、出された麦茶とお茶菓子をずっとお代わりし続けていた。
「まずは作ってみて、手直ししていくことになるでしょうね」
「そうですね」
これまでなかった形式の馬なし馬車を作ろうというのだから、手直しなしで完成するとは到底思えなかった。
「肝となるのはこの足踏み部分、それに方向転換装置、あとこの懸架装置ですね」
アーレン・ブルーはゴローが描いたスケッチから目をそらさずに言った。
「明日、もう一度来てくれますか? ちゃんとした図面を描いてみますから」
「わかりました」
「あ、それから、その敬語はやめてください。ゴローさんたちはお客様なんですから」
「わかり……わかった。それじゃあ、よろしく頼む」
「はい」
こうしてゴローは、『馬なし馬車』の製作依頼を『ブルー工房』に出し終えたのであった。
* * *
そして翌日、朝食もそこそこに、ゴローは『ブルー工房』へ向かった。
今日は1人である。サナはマリーが庭で採れたイチゴでジャムを作るというので残ったのだ。
「ふふふ、あたしにかかれば、成長促進くらい朝飯前よ!」
フロロがふんすとばかりに威張っている。
それも当然、わずか1月でイチゴの苗が100倍に増え、花を咲かせ、実まで付けたのだから。
元々イチゴの仲間は『ランナー』と呼ばれる、茎から新芽を伸ばして増える。
これは当然ながら親株と同じ遺伝子を持つので、同じ性質の苗ができるわけだ。
フロロは、この『ランナー』をたくさん出させたり成長促進させたりできるのだった。
結果、普通なら4ヵ月くらい掛かるはずのイチゴが1ヵ月で収穫できた。
「その分、土壌には無理をさせたから、お礼肥を入れてやってね」
「わかりました。腐葉土と堆肥でいいですか?」
「あ、骨粉と草木灰もお願い」
「了解です」
腐葉土は庭の木々の落ち葉を一箇所にまとめておいたもの。
堆肥は野菜屑、お茶殻などに腐葉土を少し混ぜ、寝かせておいたもの。
骨粉は骨付き肉から肉を除去した残りの骨や、出汁を取った出汁殻を粉砕したもの。
草木灰は薪や落ち葉を燃やした灰だ。
腐葉土は土壌改善(通気性の改善や土中微生物への栄養)。
堆肥は窒素肥料であると同時に、アンモニア、カルシウム、カリウムなどを保持する力が高まると言われている。
骨粉は窒素・リン酸肥料。
草木灰はカリウムをはじめとするミネラル分を補給してくれる。
窒素・リン酸・カリウムは肥料の三要素と呼ばれ、特に効果を発揮するのであった。
科学的知識がなくても、フロロは『木の精』としてそれらが有効に働くことを知っていた。
そしてマリーもまた、肥料として役立つので常日頃から準備していた、というわけである。
ゴローやサナの知らないところで、マリーとフロロは頑張っているのであった。
* * *
そして『ブルー工房』にて。
「おおお、すごいな、これ」
そこには『三角法』で描かれた図面があった。
「わかりやすいな、この図面」
ゴローが感心すると、アーレン・ブルーは誇らしげに、
「この図面の書き方って、初代様が制定したんだそうですよ。立体物を紙に描く上でわかりやすいでしょう?」
「まったくだな」
と答えながら、ゴローは、
(三角法……か……図面の書き方も俺が知っているものと同じだ。やっぱり青木さんって俺と同じ世界の出身なのかな?)
などと考えていた。
とはいえ、当の『青木』、つまりスミス・ブルーウッドは没して久しいわけで、直接尋ねることはできないのだが。
「それで、車台はこうしてみました」
それは『ハシゴ型』と呼ばれる形式だった。
「なるべく軽く、ということでしたので」
「いいな、これ」
「でしょう?」
ゴローの『謎知識』にある『自動車』とはまだまだ似ても似つかないレベルではあるが、それでも共通点はいくつもあった。
それからは、その図面を前に、すり合わせを行う。
「そうしますと、4人まで乗れるようにするんですか? 重くなりますよ? 漕げますかね?」
「それは作ってみないとわからないが、重かったら乗せなければいいんだ。4人乗りに2人で乗ることはできるが、2人乗りに4人乗るのはきついからな」
「それはわかりますが……」
とか、
「制動装置が欲しいんだけど、何か案はあるかな?」
「そうですね、ペダルだけじゃ駄目なんですよね?」
「そういうことだな」
「でしたら、この車輪の軸を挟んで止めるのはどうでしょう?」
車輪を挟むのは強度的にタイヤが壊れるからとアーレンが言うと、
「車軸を挟むのでは力不足にならないかな?」
とゴロー。
「でしたら、車輪とは別に、制動用の円盤を付けて、それを挟んで止めましょうか?」
「お、それいいな!」
……などと、ほとんどディスクブレーキとも言えるものが出来上がりつつあったり。
また、
「方向転換用の後輪は、左右別々の軸で支えましょう。その方が向きを変えやすそうですから」
……と、独立懸架の萌芽が見られたりと、楽しそうなゴローとアーレンなのであった。
* * *
「今度はこれもいいわよ!」
「うん、それもやる」
「お任せください!」
一方、屋敷に残ったサナは、ジャム作りに精を出すのであった。
イチゴジャムを作り終えたあとは梅ジャム、その後は夏ミカンでマーマレード作りだ。
「……瓶が足りない」
「ティルダ様に作っていただきましょう」
工房にはガラスを溶かせる炉もあるので、ガラス瓶くらいなら作れる。
ガラスの材料のケイ砂はマリーとフロロが共同作業で深い土の中から掘り出してくれる。
「あたしが根っこで砂をつまんでー」
「私がそれを集めていきます」
なんとなく楽しそうに見えるので、サナとティルダは目を細めてそれを見ていた。
「材料があれば、瓶作りはおまかせなのです!」
ティルダはさすが職人、綺麗な瓶をたちまちのうちに10個も作ってくれた。
「これでジャムを入れておける」
屋敷の厨房の棚は新作ジャムとマーマレードで埋め尽くされた。
帰ってきたゴローがびっくりするまであと少しである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月14日(木)14:00の予定です。
20200105 修正
(旧)フロロは、この『ランナー』をたくさん出させることや、成長促進を行えるのだった。
(新)フロロは、この『ランナー』をたくさん出させたり成長促進させたりできるのだった。




