02-03 ブルー工房
時刻は午前11時。
ゴローたちはそれで工房を辞することにした。
「また、是非遊びに来てください」
とアーレン・ブルーに言われた。
「随分と参考になったのです」
ティルダはうきうきだ。
畑違いの工房だったが、ティルダから見たら参考になることがたくさんあったのだろう、と感じたゴローは来てよかった、と思った。
今から帰れば屋敷で昼食が摂れる。
食事は摂る必要のない2人だったが、最近ではすっかり3度の食事が習慣になってしまっていた。
(まあ、ティルダと一緒に暮らしているんだし、人の世界で暮らすなら必要なことだよな)
〈ゴロー、『銃』については、もういいの?〉
歩きながらサナが念話で尋ねてきたので、ゴローも念話で返事をする。
〈うん。国家機密らしいから、根掘り葉掘り聞くわけにもいかないし、工房の初代が『青木』っていう名字だということもわかったし〉
つまりゴローとしては気が済んだ、ということだ。
〈ゴローがそれでいいなら、いいけど〉
既に3日ほど掛けて、ゴローはサナから強化魔法『丈夫に』を学んでいたので、例の銃弾ならそれで防げるはずであった。
〈なあ、障壁の魔法ってないのか?〉
〈障壁? 聞いたことがない〉
〈そうか……〉
〈『空気の』『壁』というのなら、あるけど〉
〈それは?〉
〈空気を固めて、矢を防ぐことができる〉
〈固めて……?〉
空気を固める、ということが今一つよくわからないゴローだった。
〈帰ったら、教える〉
〈頼むよ〉
そんなやり取りも、念話なら3秒くらいで済んでしまう。
一緒に歩いているティルダに気づかれることなく、ゴローとサナは話し合いを終えたのであった。
* * *
そして、やっぱり歩くのがかったるくなって、ゴローはティルダの非難を無視し肩車して走ったので、正午には余裕をもって屋敷に帰り着くことができたのだった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
屋敷妖精のマリーが出迎えてくれた。
「お昼の用意はできております」
「お、ありがとう」
用意周到なマリーに、ゴローは礼を言った。
「しかし、この屋敷をマリーだけで面倒見きれるのか?」
食堂へ向かいながら、気になったゴローは尋ねた。
「はい、ご主人様、大丈夫です。今の私でしたら、5体まで『分体』を出せますので」
「分体?」
「はい。私よりは少し劣りますが、私のできることはほぼ全てができる分身です」
「そんなことができるのか……」
「はい。もう少しレベルが上がれば10体まで出せるようになるでしょう」
「そ、そうか」
そして食堂に着く。
そこには確かに、マリーそっくりな少女が3人、甲斐甲斐しく働いていた。
「すごいな……」
とゴローが感心すると、
「いえ、凄いのはご主人様です。私をここまで進化させてくださったのはご主人様の魔力なのですから」
「……そういうものか?」
「そういうものです」
魔力が潤沢にあって、家事をこなしているとレベルが上がる……らしい。
(人間だって、同じことをくり返していれば熟練度は上がるものな)
とゴローは解釈したのだった。
「……で、もしかしたらフロロも似たようなこと、できるのか?」
屋敷妖精ができるなら、木の精にもできるのではないか? とゴローは思ったわけだ。
「できるわよ?」
「おっ」
窓の外に、2人のフロロが姿を現した。
「あたしの場合は『分体』っていうのよね」
植物の精だから枝か、とゴローは納得した。
「いくらでも増やせるけど、あまり遠くへは行けないのよね」
そこは、あくまでも『分枝』なので、本体から切り離したら活動限界があるという。
「わかった。いろいろとためになったよ」
『家族』のことを知ることができて、少し嬉しかったゴローである。
* * *
食後、ゴローはサナ、ティルダ、マリー、フロロらと話をしていた。
「町中の移動って、もう少し速くならないのかな?」
ブルー工房やマッツァ商会、モーガン邸など、知り合いのところを訪れるのに、徒歩では時間が掛かりすぎる、とゴローは思ったのだ。
そもそも屋敷が町の隅にあるというのもその一因なのだが。
「馬を飼うというのはどうなのです?」
ティルダからの提案。
「馬か……」
それなら町中での速度は時速15キルから20キルくらい。(それ以上は歩行者との関係で危険)
悪くはない。
が、
「乗らない時がなあ……」
基本的に気まぐれなので乗ったり乗らなかったりするだろうとゴローは思っている。
そういう時でも散歩や訓練をさせないといけないのではないかと考えると、躊躇してしまうのだ。
「生き物を飼うっていうのは、命に責任を持つということだからなあ……」
「馬のいらない馬車があれば、いいのに」
「え?」
「うん?」
サナの一言が、ゴローにとある思いつきを与えた。
「それだ!」
「どれなのです?」
ピント外れのことを言い出すティルダであったが、
「ティルダ、そうじゃない。ゴローが言っているのは『馬のいらない馬車』ってところ」
「は、はいなのです」
* * *
馬のいらない馬車、つまり『自動車』だが、動力をどうするかでゴローは悩んでいたが、
「ええい、町中限定ということで、足漕ぎにしちまえ」
と、最終決定を下した。
ゴローとサナなら、石畳の町中なら足踏み自動車を問題なく動かせるだろうと考えたのである。
「問題は、どこで作るか……やっぱり『ブルー工房』だよなあ」
素材を手配するのも面倒くさいので、ゴローはそうすることにした。
それで、簡単なスケッチを何枚か書いた後、少しお金を持ってブルー工房へ向かう。
サナは付いてくるが、ティルダは仕事があるので留守番。
なので2人して走れば、20分ほどでブルー工房に着くことができたのだった。
* * *
「あれ、ゴローさん、サナさん、どうしました?」
再び出迎えてくれたアーレン・ブルーが怪訝そうな顔をした。
「うん、今度はちょっと依頼したいものがあって」
「お仕事の依頼ですか? ではこちらへどうぞ」
再び応接室に通され、
「では、お話を伺います」
と、真剣なアーレンと向かい合うゴロー。
さっそく、書いてきたメモとスケッチを取り出し、
「馬が引かない馬車を作って欲しいんだ」
と切り出したのだった。
「馬なし馬車ですか?」
「そう。……構造はこんな感じで」
ゴローは持参したスケッチを見せた。
「これは……!!」
「ここのペダルを踏むと車輪が回るんだ。で、このハンドルを切ると、後輪の向きが変わって方向転換ができる」
そう、ゴローが思いついたのは足踏み自動車。
最近は道路事情であまり見なくなったが、子供が乗って遊ぶ、あれである。
ただし、ゴローが作ろうと思っているのは4人乗りで、小型の馬車ほどの大きさがある。
「町中だけに限定すれば、それほど無理な話じゃないと思うんだ」
「そうですね、ふむふむ……これ、よく検討させてください!」
「ああ、いいとも」
アーレン・ブルーも大乗り気のようだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月12日(火)14:00の予定です。
20191110 修正
(誤)馬のいらない馬車、つまり『自動車』だが、動力をどうするかでアキラは悩んでいたが、
(正)馬のいらない馬車、つまり『自動車』だが、動力をどうするかでゴローは悩んでいたが、
orz
20191111 修正
(旧)歩きながらサナが念話で尋ねてきたが、ゴローは首を横に振った。
(新)歩きながらサナが念話で尋ねてきたので、ゴローも念話で返事をする。
20230902 修正
(誤)『家族』のことが知れて、少し嬉しかったゴローである。
(正)『家族』のことを知ることができて、少し嬉しかったゴローである。




