02-02 工房訪問
『ブルー工房』。
『ハカセ』と並び称される有名人(?)、スミス・ブルーウッドの弟子の工房だという。
ゴロー、サナ、ティルダの3人は、朝食を済ませると、さっそくその工房へと出掛けることにした。
「しかし遠いな……」
「うん」
「北西から南東ですから遠いのです……」
ゴローたちの屋敷は北西の隅。そこから南東の隅までは、直線距離でも14キルほどある。
『ブルー工房』は隅っこではないようなので14キルはないかもしれないが、直線距離ではなく道のりではそのくらいあるかもしれない。
なにせ、町の中央部は王城なので、直線では進めない。そこを迂回していかなければならないからだ。
もっとも、疲れを知らないゴローとサナだけなら何の問題もないのだが。
「うーん、もっと速く進むには……そうだ!」
「ゴ、ゴローさん!?」
ゴローはいきなりティルダを持ち上げると、肩車をした。そして走り出す。
「わ、わわ、わわわ!?」
ティルダはいつもどおりにツナギ風のオーバーオールなので肩車が楽だった。
その状態で、不自然でないくらいの速度、つまりマラソンランナーより少し遅いくらいの速度で走っていく。
だいたい時速15キル、自転車で走るくらいだろうか。
なので1時間掛からずに目的の場所に到着することができた。
「ふわあ……」
ゴローの肩から下ろされたティルダは、少しふらふらしていた。
「ここでいいんだよな?」
庭はなく、道路に面して石造りの2階建ての『ビル』、それがブルー工房だった。
「うん、『ブルー工房』て書いてある」
サナが看板を指差した。
「その横に何か……青……青木!?」
模様のようにも見えたが、確かに『漢字』で『青木』と書かれているのだ。
「……どこの国……いや、世界の文字だろう?」
ゴローがサナに尋ねると。
「……わからない。そもそも、読めない。あれって、文字なの? 紋章の類じゃ、なく?」
どうやらサナにも漢字は読めないようだ。
この世界文字は表音文字なのであった。
(漢字……? それが、俺の祖国の文字なのかな……?)
ゴローはそんな想いを抱えていたが、ちょうどその時工房のドアが開いた。
出てきたのはヒューマンの少年。10代半ばくらいだろうか、ゴローよりは年下に見える。
「あれ? お客さんでしょうか?」
少年はゴローたちに尋ねた。
ゴローも物思いは一旦やめて、現実に集中することにした。それで、
「ええと、工房見学ってできるかな?」
と、少年に聞いてみる。
「ええ、できますよ。今なら手が空いていますから、どうぞ」
少年は快く許可してくれた。
「じゃあ、お願いします」
ゴローもそう答え、少年に案内されて中へと入る。もちろんサナとティルダも後に続いた。
「あ、俺はゴロー。こっちはサナ、向こうはティルダです」
玄関ロビーでゴローは自己紹介をする。
「これはどうも。僕はアーレン・ブルーといいます。一応、この工房の5代目です」
弟子の1人かと思ったら工房主だったので、ゴローたちはびっくりした。
「工房主さんでしたか、これは失礼しましたのです」
ティルダが真っ先に素直に謝った。
「いえ、見てのとおり若輩者ですので、お気になさらないでください」
アーレンはそう言って笑い飛ばした。
「ええと、見学ですよね? ではまずこちらへどうぞ」
少しだけ微妙な空気になっていたが、アーレンの言葉で払拭されたようだ。
「ここは彫金工房です」
2人のヒューマンがタガネで金属板を叩き、何やら器のようなものを作っていた。
ティルダはその手元をじっと眺めたり、工具を観察したりと、何やら参考になるものがあったようだった。
「こちらは鍛冶工房です」
むっとする熱気が籠もったそこは、見るからにドワーフであろうと思われる2人の男が槌を振るっていた。
作っているのは剣のようで、ゴローはもう少し見ていたかったが、サナとティルダはあまり興味がないのか、さっさと次の部屋を見に出ていこうとしたので、仕方なくついていく。
「こちらは魔導具を作っています」
その部屋には誰もいなかった。と思ったら、
「……ここは僕の仕事場でもあるんですよ」
アーレンがそう説明してくれた。
「ああ、お邪魔して済みません」
ゴローはいきなりの訪問を詫びておく。
「いえ、いいんです。ちょうど、考え倦ねていたものですから」
アーレンはそう言って笑った。
* * *
工房内をひととおり見せてもらったあと、ゴローたちは応接室でお茶をごちそうになった。
「いただきます」
なかなか美味しいお茶で、サナだけでなく、ゴローもお代わりをもらった。
その2杯目を半分以上飲み終わった頃、ゴローは聞きたいと思っていたことを口にした。
「……それでですね、1つ質問していいでしょうか?」
「はい、僕に答えられることでしたら」
「丸い玉を打ち出す武器についてです」
「ど、どうしてそれを!?」
モーガン同様、アーレンもまた驚いて聞き返したのである。
そこでゴローは、モーガンの時と同じく、『ヘルイーグル』が狙撃されたことを説明したのである。
もちろん、自分にも当たったことは言わない。
「……そうでしたか……『ヘルイーグル』を……」
「おそらく、『ヘルイーグル』を使った襲撃が失敗したので、証拠隠滅のために狙撃したのではないかと思うんです」
「まあ、そうでしょうね」
アーレンも同意した。が、問題の焦点はそこではない。
「初代の工房主『スミス・ブルーウッド』が開発した武器ですね。『銃』といいます。ですが、国家機密レベルですよ?」
とはいえ、実際にそれで狙われた身としては、詳しい話を聞いておきたいものである。
「おそらくですが、長い筒に丸い玉を込め、爆発かなにかの力を使って、その玉を飛ばすものだろうと思っていますが」
その言葉は爆弾のようだった。アーレンが興奮して聞き返してきたのである。
「何ですって!? ど、どうしてそれを? ……それって、間違いなく『銃』の原理ですよ? ゴローさん、あなたは何者ですか!?」
「いや、自分でもよくわからないんです」
正直に答えておくゴロー。
「自分の出自が知りたくて、手掛かりにならないかな、と思ったこともあります」
「そうですか……」
嘘ではないので、ゴローの声には信憑性があった。
「例えば、もしかすると初代の方って、『青木』って姓じゃなかったんでしょうか?」
これもまた、アーレンを驚かせた。
「ど、どうしてそれがわかるんですか!? そのとおりですよ!! 弟子、それも高弟でなければ知らないはずです!!」
「いや、『ブルーウッド』という姓を、俺の知っている言語に直すと『青木』になるんです。それに、看板にも『青木』と書いてありましたし」
「……初代様はどこか遠い国から来られた、という話は聞いたことがあります。ですが、それがどこなのかは、僕も知りません。……看板は、初代様からずっとあのデザインを使っています」
どうやら、文字とは知らず、模様の一種として『青木』という漢字を看板の一部に描いていたようだ。
「そうですか……」
「すみません、お役に立てなくて」
謝るアーレンを、ゴローは宥めた。
「いえ、お気になさらず。そっちはわかればいいな、くらいの質問でしたから」
そしてさらに、
「ところで、考え倦ねていたことってなんなのでしょう?」
と聞いてみた。
この若い工房主が悩むことって何なのか、知りたくなったのだ。
「サナは魔法に詳しいですし、ティルダはアクセサリー職人です。何かお役に立てるかもしれませんよ?」
ゴローがそう言うと、
「……ありがとうございます。それじゃあちょっと聞いてくれますか?」
冷めた紅茶を飲み干し、アーレン・ブルーは説明を始めた。
「一定の速度で回り続ける魔導具を作れないかと考えているのです」
「何に使うのですか? ……あるいは、どのくらいの回転速度と回転力が必要なんですか?」
この質問はアーレン・ブルーの琴線に触れたらしい。
「ゴローさん、鋭い質問ですね。どうやらあなたを見誤っていたようです。是非相談に乗ってください」
そう言ってアーレンは頭を下げた。
「……いえいえ、工房を見せていただいたお礼のようなものですよ」
ゴローがそう言うと、アーレンは言葉を続けた。
「ゆっくり、力強く回って欲しいんです」
「なるほど……」
ただ速く回ればいいなら風車を応用する手があるが、ゆっくりで力強く……つまりトルクフルとなるとなかなか難しい。
とはいえ、ゴローの『謎知識』は幾つかの答えを持っていた。
それで、ゴローは『ブルー工房』の工房主アーレン・ブルーに、もう1つ質問を行った。
「それって、小さくしなければいけないんですか?」
「え……?」
「例えば水車を例に取りますと、同じ川に設置するとして、直径の大きい水車と小さい水車、どっちが回転が速いでしょうか?」
「ああ……!」
ゴローの例えはアーレンにもよくわかったようだ。
「大きい水車の方が回転はゆっくりになりますね」
ゴローは頷いた。
「はい。そして回転力も大きいはずですよ」
「なるほど……! ありがとうございます。そっちの方向から考えてみることにします」
先程より晴れ晴れとした顔をするアーレン・ブルーであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月10日(日)14:00の予定です。
20191107 修正
(誤)模様の一種として『青木』を言う感じを看板の一部に描いていたようだ。
(正)模様の一種として『青木』という漢字を看板の一部に描いていたようだ。
(誤)見るからにドワーフであろうと思われる2人の男が槌を振るっでいた。
(正)見るからにドワーフであろうと思われる2人の男が槌を振るっていた。
20200607 修正
(誤)僕も知りません。……看板は。初代様からずっとあのデザインを使っています」
(正)僕も知りません。……看板は、初代様からずっとあのデザインを使っています」




