01-49 オズワルドの話
マッツァ商会で工房製作用の資材を注文し終えたゴローの耳に、馬のいななきが聞こえた。
そちらを見ると、明らかに他とは一線を画すほど立派な馬が厩に繋がれているのが見えた。
「あの馬は?」
「あれは、素晴らしい『金緑石』を納品してくれたと、代金とは別に褒美としていただいたのです」
嬉しそうにオズワルド・マッツァが答えた。
今年3歳になる名馬らしい。
着けられている鞍も、きらびやかではないものの高価なものだと一目でわかる素晴らしいものだった。
そこでゴローはオズワルド・マッツァに、
「王宮での話、聞かせてくださいよ」
と、話を振ってみた。
すると、
「あ、父さん、俺も聞きたいよ」
「大旦那様、是非伺わせてください!」
どうやら帰ってきたのはゴローが来る少し前くらいだったようで、アントニオをはじめとした店の者たちも詳しい話を聞きたがったのだった。
「……仕方ないな」
などと言っているが、オズワルド自身、聞かせたくてたまらないような顔をしていたのである。
アントニオをはじめ、店員たちは全員商会内に移動し、オズワルドの話を聞くことになった。ゴローも一緒だ。
「それから、これをいただきました」
オズワルドが手荷物から出したのは小箱。銀作りで、精緻な細工が施されている。
「馬は陛下からの賜り品だが、この小箱は第3王女殿下手ずからくださったものです」
「ははあ……」
よほど、あの『金緑石』がお気に召したようですね、とゴローが言うと、
「お気に召された、なんてものじゃなかったですよ!」
と、オズワルドはその時の様子を語って聞かせてくれた。
* * *
王家にとっては居間に当たるらしい部屋で、『金緑石』のお披露目は行われた。
そこにいたのは国王ハラムアラド・ラグスメイルス・ルーペス、王妃メルジュリア・フラミス・ルーペス。
そして贈り物を受ける当人、第3王女ジャネット・メラルダ・ルーペスとその姉の第2王女ローザンヌ・レトラ・ルーペスだった。
他には護衛として近衛騎士と近衛女性騎士が2名ずつと侍女が4人。
「よく来てくれた。……ああ、ここでは直答を差し許す。余と余の家族だけなのでな」
騎士と侍女は勘定に入れていないらしい。
「ははっ、へ、陛下。これにございます」
オズワルドは片膝立ちの姿勢になると、ここまで必死に抱えていた包みを恭しく差し出した。
侍女の1人がそれを受け取り、小テーブルの上で包みを開いていく。
最終的に最後の小箱になった時点で、
「ジャネット、そなたが開けてごらん」
との声が掛けられたのである。
「はい、お父さま!」
早く中が見たくてうずうずしていた第3王女ジャネット・メラルダ・ルーペスは、いそいそと小箱の置かれた小テーブルに近づき、蓋を開けた。
「まあ!」
「おお!」
「すごいわ!」
中身を見た者は、皆感嘆の声を漏らした。それほどまでに、今回の『金緑石』は規格外だったのだ。
「なんて大きな金緑石……! それにこの細工も素敵!」
「うむ、これは素晴らしいの一語に尽きる。商人よ、褒めてとらすぞ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
大喜びの王女を見て、国王も上機嫌。オズワルド・マッツァに褒詞を与えた。
「ジャネット、着けてご覧なさいな」
母親である王妃が、金の鎖を取り出し、金緑石をはめ込んだペンダントヘッドに通した。
それを娘の首に回し、留めてやる。
「まあ、よく似合うわ」
「本当? お母さま」
「ええ、本当よ。鏡に映してご覧なさい」
そう言われたジャネットは、姿見に己を映し、
「ああ、素敵!」
と一言、感嘆の声を上げたのだった。
「うむ、ジャネ、よく似合うぞ」
第2王女がそう言うと、
「ローザお姉さま、本当?」
振り返って確認するジャネット王女。
「ああ、本当だとも。……商人殿、私からも礼を言う。我が妹のため、このように素晴らしい宝石をありがとう」
「きょ、恐縮でございます」
第2王女からも褒詞をもらったオズワルドは天にも昇る心地であった。
「今夜はお披露目パーティーだ。……商人、名はなんと言ったかな?」
「は、はっ、陛下。……オズワルド・マッツァと、申しますです」
「おお、そうか。……オズワルド・マッツァ、その方にも今夜のパーティーへの参加を許す」
「こ、光栄の、至りでございますです」
こうしてオズワルド・マッツァは王城内で行われたお披露目パーティーにも参加してきたのであった。
* * *
「いやあ、寿命が縮まりましたよ」
末席とはいっても、なにしろ王城内でのパーティーだ。
周りは全て貴族と王族、一般庶民はオズワルドだけ。
「もう何を食べたのか、味も覚えていません」
そう言いながらオズワルド・マッツァは頭を掻いた。
「その場で何人もの貴族様に声を掛けていただきましてね。店の場所を聞かれたり、今度行くと言われたり。まあ、社交辞令なのでしょうが」
「そんなことはない」
「え? あ、サナ!?」
横からのセリフに驚いてみると、いつの間にかサナがやって来ていたのだった。
「ゴローが帰ってこないから、どうしたのかと思って」
日時計で確認すると、もうすぐ正午である。大分話しこんでしまっていたようだ。
念話で聞いてくればいいのに、と思ったが、こちらの状況がわからないから気を使ってくれたのだろう、とゴローは思い直した。
「……あ、そういえば、『そんなことはない』って、どうしてわかるんだ?」
「さっきの話?」
「そうだ」
「なら簡単。貴族が庶民に気を使って社交辞令を言うことはまずないといっていい。だから、そうして口に出した言葉は、本気」
「な、なるほど……」
サナの説明には妙に説得力があった。
「貴族同士なら腹黒いやり取りがあるけど」
「よく知ってるな」
「うん、なぜか知ってた」
とにかく、『今度行く』という言葉に嘘はないだろう、とサナは言った。
来ないとすれば、単純に忘れているか、忙しくて来られないだけ、と補足もする。
「……ということは、そういう方たち用の商品を多数用意しておいた方がいいということですね」
オズワルドがはっとした顔で言った。
「その方がいいでしょうね。気に入ったら買ってくれるでしょうし」
「サナさん、ご助言ありがとうございました! ……皆、会議をするぞ!」
オズワルド・マッツァは俄然やる気をみなぎらせ、店舗の改造や取扱商品の見直しをすると宣言した。
『金緑石』の代金があるから、資金は潤沢にある。
「……俺たちは帰ろうか」
「うん。……ゴローに話しておくこともあるし」
「へえ?」
そんなわけで、ゴローとサナは共に屋敷へと戻っていったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月31日(木)14:00の予定です。
20191029 修正
(誤)「ただいま。……おおアキラ様、いらしてたのですか」
(正)「ただいま。……おおゴロー様、いらしてたのですか」
orz 混ぜるな危険
※ 面目次第もございません。01-47でオズワルド・マッツァはもう帰ってきていましたので修正します。
(旧)
マッツァ商会でゴローが工房製作用の資材を注文し終えた頃、オズワルド・マッツァが帰宅した。
立派な馬に乗って。
「お帰り、父さん」
「お帰りなさいませ、大旦那様」
「お帰りなさい、オズワルドさん」
商会こぞってそれを出迎えた。
「ただいま。……おおゴロー様、いらしてたのですか」
「ええ。その馬は?」
「これは、素晴らしい『金緑石』を納品してくれたと、代金とは別に褒美としていただいたのです」
今年3歳になる名馬らしい。
着けられている鞍も、きらびやかではないものの高価なものだと一目でわかる素晴らしいものだった。
(新)
マッツァ商会で工房製作用の資材を注文し終えたゴローの耳に、馬のいななきが聞こえた。
そちらを見ると、明らかに他とは一線を画すほど立派な馬が厩に繋がれていた。
「あの馬は?」
「あれは、素晴らしい『金緑石』を納品してくれたと、代金とは別に褒美としていただいたのです」
嬉しそうにオズワルド・マッツァが答えた。
今年3歳になる名馬らしい。
着けられている鞍も、きらびやかではないものの高価なものだと一目でわかる素晴らしいものだった。
そこでゴローはオズワルド・マッツァに、
「王宮での話、聞かせてくださいよ」
と、話を振ってみた。
すると、
「あ、父さん、俺も聞きたいよ」
「大旦那様、是非伺わせてください!」
どうやら帰ってきたのはゴローが来る少し前くらいだったようで、アントニオをはじめとした店の者たちも詳しい話を聞きたがったのだった。
「……仕方ないな」
などと言っているが、オズワルド自信、聞かせたくてたまらないような顔をしていたのである。
20191030 修正
(誤)オズワルド自信、聞かせたくてたまらないような顔をしていたのである。
(正)オズワルド自身、聞かせたくてたまらないような顔をしていたのである。
20200730 修正
(誤)第3王女ジャネット・メラルダ・ルーペスとその姉のローザンヌ・レトラ・ルーペスだった。
(正)第3王女ジャネット・メラルダ・ルーペスとその姉の第2王女ローザンヌ・レトラ・ルーペスだった。
20200916 修正
(旧)念話で聞いてくればいいのに、と思ったが、ティルダも一緒だったので納得する。
(新)念話で聞いてくればいいのに、と思ったが、こちらの状況がわからないから気を使ってくれたのだろう、とゴローは思い直した。




