01-48 2体目
一方、屋敷に残ったサナとティルダは、マリーに庭を案内してもらっていた。
「……ここが畑です。今はイチゴが生っています」
「おお」
野イチゴや木イチゴとは違う、栽培種のイチゴの大きさに、サナは目を見張った。
「生で食べても美味しいですし、ジャムにしてもよろしいかと思います」
それを聞いたサナは、大粒のイチゴをひょいと摘んで口に運んでいた。
「うん。……あ、美味しい」
「サナさん、手が早いのです……」
そして次。
「こちらはハーブです。料理やお菓子に少しだけ使うと、風味や味わいがよくなります。お茶にしても美味しいものがあります」
「ふうん」
さすがのサナも、ハーブの種類には詳しくないようだ。
「これはレモンバームです。お茶にしたり、入浴剤に使います」
屋敷に横で半日陰になる場所。レモンバームは直射日光を嫌うのだ。なので風通しのよい日陰で栽培するのが基本である。
「嗅いでみてください」
葉っぱを毟ってサナとティルダに渡すマリー。
「爽やかな匂いなのです」
その名のとおり、レモンバームは、レモンのような爽やかな香りが特長だ。
「……おいしくない」
サナは葉っぱを口に入れ、顔を顰めた。
「サナ様、ハーブはそのままでは美味しくないものがほとんどです。香りを楽しむために、ほんのちょっとだけお料理に入れます」
「うん、わかった」
「こちらはローズマリーです。肉や魚料理の臭み消しに使いますし、お茶にすると気持ちが落ち着くと言われています」
「これもいい匂いなのです」
「うん」
今度はサナも、葉っぱを口に入れることはしなかった。
「これはミントです。繁殖力が旺盛なので、畑ではなく鉢で作っています」
「爽やかな匂い」
サナも気に入ったようだ。
「香油も採れますし、使い道は多いです」
だが繁殖力が強いので、こうして鉢で栽培しているとマリーは説明した。
「今は以上です」
これから増やしていきます、とマリーは言った。
「これまではご主人様がいなかったので、日陰でレモンバーム、日向でローズマリー、鉢でミントしか作っていませんでしたけれど、もっといろいろ作りますのでご期待ください」
「うん、お願い」
そのあとは果樹園へ。
「こちらはリンゴの木です」
かなりの大木だった。小さな青い実がたくさん付いている。
「普通は小さく仕立てるのですが、わたくしには関係ないので」
マリーは飛べる……というより浮けるので収穫には困らないという。
「それからオレンジです」
こちらは白い花が咲いていた。
「この種類の収穫は秋から冬になります」
「うん、楽しみ」
オレンジのことはサナも知っているので、収穫が楽しみだと言った。
「それから、栗の木があります」
「あ、それも、楽しみ」
「お任せください」
その他の果樹も、ゴローたちの要望があれば増やしていくとマリーは言った。
「うん、楽しみ。考えておく。ね、ティルダ」
「はいなのです!」
「クルミの木もありますので、秋には収穫できます。お菓子に使うと香ばしくて美味しいですよ」
「それも楽しみ」
そして別の畑。
「今は何も作っていません」
食べてくれる人がいなかったので、とマリーは済まなそうな顔をした。
「……甘芋は?」
サナが言うと、
「甘芋でしたら今からでも作れますね」
とマリーは答えた。
「うん、なら、お願い」
「かしこまりました。……種芋に、倉庫の甘芋を使ってもよろしいでしょうか?」
「え、種を播くんじゃないの?」
てっきり甘芋の種、というものを播くのだと思っていたサナは思わず聞き返した。
「はい。甘芋は放っておくと芽が出てきます。それを摘んで土に埋めると根が出て育ち、また芋になるんです」
「そうなの?」
「はい」
甘芋の栽培について初めて知ったサナは感心していた。
「なら、買い置きの甘芋、使っていいから」
「ありがとうございます。今日から栽培に入ります」
マリーが請け合ってくれたので、サナも一安心だった。
「あの林は?」
サナが指差したのは、庭のまだ案内されていないエリア、つまり北西側にある疎林だった。
「あそこは、前の前のご主人様の奥様がお好きだった木を植えた場所なんです。それが50年ほど経った今、あのようになりました」
「ふうん……どんな木が植わっているの?」
「はい。一般には『雑木』と呼ばれる、どこにでもあるような樹なのですが、その奥様は、『雑木』なんて樹はない、全て名前があるの、と仰り、あちこちで拾ってきた種を播いたり、踏まれそうになっていた芽を掘り上げてきたりされて植え替えられたものです」
「ふうん……でも1本だけ、古い木があるようだけど」
サナが指摘したのは、一番北西の隅に植わっている木だった。
「はい。それは、この屋敷が建つ前……いえ、この町ができる前からそこにあった木のようです」
マリーは、自分が生まれる遙か前からあった木だ、と言った。
「……不思議な、木」
高さは5メルないくらい。ごつごつと節くれだっていて、枝は横に広がっている。木の下に立って上を見上げれば、さながら天蓋のようだ。
「これ、何の木?」
「よくわからないのです。わたくしが知る限り、花を咲かせたことがありませんので」
「そう」
サナはその木の前に立ち、目を閉じ、抑えていた魔力を少しだけ解放する。
すると。
その木が一瞬、淡く発光した。
そして。
その光は木の根元に集まっていき、人型をとる。
やがて光は薄れていき、代わりに人型が鮮明になった。
「あんたがあたしを起こしたのかしら?」
その人型はサナを見て話し掛けた。
「起こしたつもりはない。あなたが勝手に起きただけ」
淡々と答えるサナ。
「……」
ティルダは、何が起こったのか理解が及ばず、絶句している。
そしてマリーはと言うと、
「あなたは『木の精』ですね?」
と、人型に声を掛けていた。
「……そういうあんたは『屋敷妖精』か。なるほど、そういうわけね」
何か、1人で納得している様子の『木の精』。
「ねえあんた」
『木の精』はサナを見て話し掛けた。
「そう、あんたよ。あたし、あんたのこと気に入ったから、名前を付けさせてあげる」
「……本当に?」
サナは少し驚いていた。
ゴローならそれと知らずにやらかすだろうが、こうした精霊に名前を付け、それを受け入れられるということは『契約』したということになるのだ。
「……フロロ」
緑色の『木の精』を見て、サナはそんな名前を付けたのだった。
「フロロ、ね。うん、フロロ。いいじゃない。今からあたしはフロロよ! ……で、あなたは?」
「サナ」
「サナ、ね。この庭の植物のことならあたしに任せてね。作物の生育、畑の草取り、果実の収穫、何でも来い、よ」
するとサナは、
「わかった。美味しい作物、作って」
と言って微笑んだ。
「まっかせなさい! ……ああ、そうそう、そこの『屋敷妖精』、あんたの名前は?」」
『木の精』のフロロは、『屋敷妖精』のマリーに声を掛けた。
「……わたくしはマリーと申します」
「ふうん、マリーね。じゃ、マリー、同じ屋敷の敷地内に棲む精霊同士、そこそこ仲よくやりましょ」
「……わかりました」
「サナ、あたしとマリーがいるんだから、美味しいものは期待していいわよ!」
「うん、楽しみ」
こうして2体目の精霊が配下になったのだった。
ティルダが我に返ったのは、その10分後だったという。
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次回更新は10月29日(火)14:00の予定です。




