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01-45 引っ越しの話

 『屋敷妖精(キキモラ)』のマリーは、説明を続ける。

「ご主人様が名前を付けて下さったことで、魔力の通り道(パス)が繋がりました。もう魔力を隠蔽されても大丈夫です」

「え?」

「……ゴロー、『名付け』というのは『契約コントラクト』の1つ」

 サナが説明してくれる。

「そ、そうなのか」

 そういえば……と、ゴローは思い出した。

『魔法学的にはね、『名付ける』っていう行為は、『自我を与える』『個と認める』ことになるんだよ』

 という『ハカセ』の言葉を……。


「だから私は、ゴローと一緒にいる」

「思い出したよ……」

 37号にサナと名付けた時のことを。


「だから、名前を付けたことで『屋敷妖精(キキモラ)』の『(スピリチュアル体)』と繋がりができた」

「……まずかったのか?」

 少し焦ったゴロー。

「そんなことはありません!」

「そんなことはない」

 だが、マリーもサナも否定をした。

「わたくしは、ご主人様のお役に立てることが喜びです」

「うん、私も、名前があると、嬉しい」

「ならいいんだが……」

 そうした、魔法学というか神秘学というか……そちらにはまるきり疎いゴローなのであった。

(謎知識も、何も教えてくれないしな……)

 この分野に関しては、サナに教えを請うしかないゴローなのであった。


*   *   *


「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 そして改めて荷物を取りに戻るゴローとサナ。

 2人は早足で歩きながら話をする。

「まあ、この上なく信頼できる守衛がいると思えばいいのか」

「うん、まあ、そう」

 サナが言うには、『屋敷妖精(キキモラ)』は主人に忠誠を尽くし、その存在を賭けて屋敷を守るのだそうだ。

「大事に使われた屋敷が意思を持った存在、それが『屋敷妖精(キキモラ)』だという説も、ある」

「ふうん……」

 そういえば、100年を経た器物は付喪神つくもがみとなる……なんて話もあったな、と、微妙にピントの外れた謎知識に苦笑しつつ、ゴローは歩いていったのだった。


*   *   *


「ただいま帰りました」

「ただいま」

 早足で帰ったので、道中は40分くらいだったが、それ以前にいろいろと時間を喰っていたので、時刻は午後5時過ぎ。夕方だった。

「あっ、ゴローさん、サナさん!」

 2人を見つけたアントニオが駆け寄ってくる。

「遅かったですね。何かあったんですか?」

 と心配されてしまった。

「いや、そうじゃなくて……」

「ゴローさん、サナさん、お帰りなさいなのです!」

 説明しようとしたところにティルダもやってきた。

 そこで2人に、何があったのか説明を行うゴローだった。


「……と、いうわけなんだ」

「はああ、モーガン様がそんなお屋敷を……」

「すごいのです! ゴローさんはお屋敷持ちなのです!」

 感心するアントニオと感激するティルダ。

「そんなわけだから、明日引っ越ししようと思うんだ。……ティルダもいいか?」

「え、私も一緒でいいんです?」

「もちろんだ。いつまでもここに居候するわけにもいかないしな」

 ゴローがそう言うと、アントニオは少し寂しそうに、しかし、

「ずっといて下さっても構わないんですけどね……。わかりました。明日の朝、ティルダさんの荷物を運ぶ馬車を出しますね」

 と言ってくれたのである。


*   *   *


「……で、こうすると失敗が少なくなるわけだ」

「素晴らしい工夫ですね。保温にもなりますし」

 その日の夜、ゴローはアントニオと数名の店員に『石焼き甘芋』の作り方を教えていた。

 鉄鍋で甘芋、つまりサツマイモをじっくり焼くのは火加減が難しいが、石焼き芋ならもう少し簡単になる。

 玉砂利を綺麗に洗い、乾かしてから大きな鉄鍋に入れる。

 そこに甘芋を入れてとろ火に掛ければ石焼き芋ができるのだ。

「細い串を刺してみて、突き抜ければ焼けているよ」

 と、焼け加減の見方も教える。

 焼けていない甘芋は堅く、串が通らないのだ。

「とにかくじっくり焼くことがコツだ。急いで焼くと甘くならないから」

「よくわかりました」

「よし、それじゃあ実際に焼いてみよう。……」


 ということで、この日の夕食は『石焼き甘芋』がメインだった。

「はふはふ、美味しいのでふ」

「うん、甘い」

 ティルダとサナはできたての熱々を頬張っている。

「これは美味しいですよね。甘芋は原価が安いですから、儲かりますよ!」

 アントニオも芋にかぶりつきながら商売のことを考えていた。

「それなら、店舗の外に屋台を出しておけば人寄せにもなるぞ」

「あっ、いいですね!」

 石焼き芋は香ばしい匂いも出るから、通りがかりの人に興味を持ってもらいやすいだろうとゴローは言った。

「場所も取りませんしね」

 アントニオは客寄せとしてどう運用するかも考え始めたようだ。

「ただ、作り方を見せてしまうことになるな」

 ゴローは冷静に、その欠点を指摘した。

「ああ、そうですね。石に埋めてじっくり焼く、というのがキモですからね」

 いつかはばれてしまうだろうが、できるだけ長く秘匿しておくことで焼き甘芋市場を独占したいのも、また商人としては当然の考え。

「そうなると、一般に知られて競争力が落ちてからその手を使うのもいいかもしれませんね」

「そうだなあ。だが、それだってすぐに真似されるぞ」

 ゴローが言うと、アントニオは笑い、

「その頃には、また別の売り物を見つけておきますよ!」

 と、前向きな言葉を発したのであった。


「そういえば、オズワルドさんは?」

 食後のお茶の時間にゴローが尋ねると、

「父は今夜城に泊まってくると連絡がありました。なんでも、石を見た王女様がいたくお喜びで、その夜のパーティーに父も参加を許されたのだそうです」

「へえ、それは名誉なことだな」

「本当に。……これで、『王家御用達』になったら、わが商会も万々歳なんですけどね」


*   *   *


 そしてお茶のあと、ゴローは翌日の予定と自分の腹づもりを打ち明けた。

「……で、ティルダの工房は、その外にある倉庫を改造するか、さもなければ新しく建てようと思うんだ」

「え? いいのです?」

「そりゃもちろんだ。家と工房は一緒の方がいいだろう?」

「便利なのでありがたいですが……」

「もうここまで来たんだ、遠慮するなよ」

「はいなのです……ゴローさん、サナさん、ありがとうございますなのです!」

 そういうことになったわけである。


*   *   *


「サナ、明日の朝一番で食料を買いに行こう」

「うん」

 引っ越しは明日午前中なので、朝のうちに食料を買い込んでおけば、ティルダの荷物と一緒に運び込めるだろうと考えたのだ。

「本当は今のうちに買えたらよかったんだがな」

 この町の店は、基本的に朝8時開店、夜6時閉店だ。

 もう午後7時なので、まだ営業しているのは酒場や食堂、それに夜の店くらいのものだった。


「これで、少しは落ち着けるかな……?」

 スローライフ、という謎の単語がゴローの頭をよぎる。

「うん、と、思う」

 サナが短い返事をくれた。

「でも、落ち着いて、それで何をするの……?」

「え」

 それは考えていなかったゴローだった。それで、

「お、落ち着いてから決めるよ」

 と答えておくことにした。

「そう」

 サナはそれ以上何も聞かなかったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月22日(火)14:00の予定です。

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