表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/503

01-43 屋敷斡旋

「いやいや、わざわざ手紙を届けてくれて済まなかったな!」

 応接室に通されたゴローとサナは、ディアラの息子、モーガンに頭を下げられていた。

 あまりに勢いよく頭を下げたのでごん、と凄い音を立ててテーブルにぶつかる。

 テーブルに置かれたティーカップが揺れ、紅茶が少しこぼれた。

「え、ええと、あ、頭をお上げください?」

 さすが? のゴローも狼狽ろうばいして、疑問形で声を掛けてしまった。

「あなた、そろそろ落ち着いてください。お2人が困ってらっしゃいますよ」

 マリアンはおっとりとしており、テーブルにこぼれた紅茶を拭いたり、減った分の紅茶を注いでくれたりしている。


(そういえば紅茶か……紅茶でいいんだよな?)

 ゴローは謎知識に照らし合わせて『紅茶』と思ったのだが、こちらでは何と呼ばれているのかよく知らないのだ。

 が、そんな疑問もすぐに解消する。

「さあさあ、紅茶が冷めないうちにどうぞ」

 とマリアンが勧めてくれたからである。

「あ、いただきます」

 勧められるままにゴローは紅茶を一口。

「……美味い……この紅茶、美味しいですね!」

「あらあら、ありがとうね」

「ふふふ、女房の淹れた紅茶は天下一品だからな!」

「あらあらあなた、持ち上げても何も出ませんよ」

「なにを言う。本当のことを言って何が悪い」

「はいはい、もう一杯お注ぎしますね」

「……」

 砂糖を吐きそうだとゴローは思ったが、口には出さなかった。

 口に出したら出したでサナが『お砂糖!?』とか言ってややこしいことになりそうだったからだ。

(口から出すのはセリフであって砂糖じゃないからな……)

 などとゴローが考えていると、

「ふむふむ、母上もお元気そうで何よりだ。ライナもいい子にしているようだな……なるほどなるほど、ゴロー君たちには随分と世話になったのだな。これは礼をせねばなるまい」

 手紙を読んだモーガンが、何やら考え込んでいた。


「……時にゴロー君、行商人見習いということだったが、今はどこに泊まっているのかな?」

 口を開いたかと思うと、そんな言葉が飛び出してきた。

「ええと、環四北東……って言えばいいんでしたっけ? ……そこのマッツァ商会と知り合いなので、泊めてもらっています」

「ふむ、なるほど。なら、まだ家もしくは店は決まっていないのだな?」

「はい」

 するとモーガンは、また少し考えた後にマリアンを手招きし、何やら小声で話を始めた。

「……あそこの家はどうなっておったかな? ……ふむ、そういうことか。ならば……」


 耳を澄ませば、ゴローたちなら聞き取ることもできるのだが、特にその必要はなさそうなのでやめておく。

 そしてサナは、紅茶と一緒に出されたクッキーを無心で食べていたのである。


「……ゴロー君、サナさん」

「は、はい」

「この町の北西の外れに、空き屋敷がある。そこを安く譲りたいのだが、どうかな?」

「ですからあなた、まず見てもらってからですよ」

 どうやら、家を世話してもらえるようだ、とゴローは察した。

 お金ならそこそこあるので、この王都の物価がとんでもなく高くない限り、買うことはできるだろう、と考える。

 北西の外れ、というのも、静かでよさそうだ、とゴローは考えた。


「そこは、知人の持ち物だった屋敷なのだが、その知人は地方の領地に隠遁してしまってな。それで、気に入った相手がいたら売却して欲しいと言われ、管理を任されているのだよ」

「そうなんですのよ。お義母さまと娘がお世話になったことですし、ゴローさんたちならいいかなと思いまして」

 モーガンとマリアンが説明してくれる。

「でも、知り合ったばかりなのに、いいんですか?」

 少しだけ気になるゴローである。

「元々誰かに売りたいと言っていた屋敷だからな。それに、こう見えて、妻は人を見る目があるのだ。それがいいと言っているんだからいいのだよ」

「……そうですか」

 光栄です、と言ってゴローは頭を下げたのである。


*   *   *


「……どうしてこうなった」

 謎知識がそんなセリフを脳裏に描いてくれるのを感じながら、ゴローはモーガンに引きずられるように歩いていた。

「さあ、こっちだ! わははははは!」

 いくら体格差があっても、ゴローが本気を出せばモーガンの5人や10人に引きずられることはないのだが。そこはそれ、厚意でしてくれていることなので流されているわけだ。

「ごめんなさいねえ、あの人、暑苦しくって」

「いえ」

 一方、マリアンとサナはそんな2人のあとを付いて歩いていた。


 モーガン邸から北西の角までは『北西通り』を行けるところまで行くだけ。その距離は2キル(km)弱。歩いても30分掛からない距離だ。

「これだ」

「これは……」

 城壁までは目と鼻の先。『北西通り』のどん詰まり。

 そんな場所にあるその屋敷は、レンガの塀に囲まれた、これまたレンガ造りの洋館。

 建物自体はそれほど大きくはないが、ゴローとサナ、それにティルダが住むとしたら、維持管理が少し大変かもしれない、と感じる程度だった。

 庭の広さは、見えているだけでも1000坪はあるだろうか、とゴローは目算しながら、

(坪って何だっけ……そうか、3.3平方メル()のことか……)

 と頭の中で謎知識と会話をしていた。


 その間にモーガンは門扉の鍵を開けてゴローたちを手招きしていた。

「さあ来い」

 ゴローは屋敷内に足を踏み入れた。

「……ん?」

 何か、空気が変わったような、僅かな違和感を感じた。

 続いてサナとマリアンも敷地内にやって来た。

 そして、

「……結界?」

 と呟くサナ。

「おお! サナちゃん凄いな! 正解だよ!」

 モーガンがびっくりした目でサナを見た。

「この屋敷には『屋敷妖精(キキモラ)』がいるんだよ。そいつが屋敷全体を守ってくれているわけなんだが……」

 結界に気づけるとは、かなり魔法適性が高くないと無理で、モーガンもマリアンも何も感じられないのだそうだ。


「『屋敷妖精(キキモラ)』……見たんですか?」

「いや。『屋敷妖精(キキモラ)』は、屋敷の主になった者に一度だけ姿を見せると言われているのだが」

 モーガンが説明してくれた。

「私は預かっているだけなので見ていない。持ち主だった友人は見たことがあると言っていたからな。それを信じているのだ」

 それに、手入れをしないのに家の中には埃が溜まらないし、傷みも少ないので、何かがいるのは間違いない、とモーガンは言った。


「それとも、そんな家は嫌か? なら、このまま帰るが」

 そんなモーガンの言葉に、ゴローは首を横に振った。

「いいえ。興味が湧きましたよ」

(シルキーとか座敷童とは……どう違うんだろう?)

 ゴローにとって、『屋敷妖精(キキモラ)』という存在は非常に興味があった。

 謎知識もそこまでは教えてくれないようであった。

「そうこなくてはな」

 豪快に笑ったモーガンは、玄関の鍵を開けた。

「さあ、見てくれ」


「おお……お?」

 玄関の扉を開けた先は、小広いホールになっており、そこにやけに古風……な感じの侍女服に身を包んだ少女が立っていたのだ。

 とはいえ、『そう見える』ていどの薄ぼんやりした輪郭でしかないが。

 その少女は綺麗なお辞儀をして、口を開いた。

〈お帰りなさいませ、ご主人様〉


(ここは侍女喫茶かっ!)

 ……と思わず叫びそうになったゴローだったが、

「キ、キ、『屋敷妖精(キキモラ)』……?」

 隣にいるモーガンが目を丸く見開いているのに気が付き、落ち着きを取り戻した。

(やっぱりあれが『屋敷妖精(キキモラ)』か)


〈どうぞ、お入りください〉

「うん」

 一方、サナは特に驚いたりせず、普通に『屋敷妖精(キキモラ)』に接している。

「あなた、名前は?」

〈今はありません。新しいご主人様に付けていただいております〉

「んー…………ゴロー、付けてあげて」

「え、俺?」

「そう。私みたいに」

「うーん……」

 『屋敷妖精(キキモラ)』だからキキ、と安易なことを言いそうになったが、危ういところでゴローは踏みとどまった。

「じゃあ、マリーで」

〈ありがとうございます、ご主人様。これより私はマリーと名乗ります〉

 その瞬間、『屋敷妖精(キキモラ)』の身体が淡く発光した。

 そして、透けて見えるほど薄かったマリーの輪郭がハッキリした。

 その姿は黒目黒髪で、古風な侍女服に身を包んだ10歳前後の女の子に見える。

「どうぞよろしくお願い致します」

 改めて、綺麗なお辞儀をする女の子、いやマリー。

「…………」

「……」

 モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、ただあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月17日(木)14:00の予定です。


 20191203 修正

(誤)モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、だたあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。

(正)モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、ただあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「いやいや、わざわざ手紙を届けてくれて済まなかったな!」 > 応接室に通されたゴローとサナは、ディアラの息子、モーガンに頭を下げられていた。 > あまりに勢いよく頭を下げたのでごん、と凄い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ