01-43 屋敷斡旋
「いやいや、わざわざ手紙を届けてくれて済まなかったな!」
応接室に通されたゴローとサナは、ディアラの息子、モーガンに頭を下げられていた。
あまりに勢いよく頭を下げたのでごん、と凄い音を立ててテーブルにぶつかる。
テーブルに置かれたティーカップが揺れ、紅茶が少しこぼれた。
「え、ええと、あ、頭をお上げください?」
さすが? のゴローも狼狽して、疑問形で声を掛けてしまった。
「あなた、そろそろ落ち着いてください。お2人が困ってらっしゃいますよ」
マリアンはおっとりとしており、テーブルにこぼれた紅茶を拭いたり、減った分の紅茶を注いでくれたりしている。
(そういえば紅茶か……紅茶でいいんだよな?)
ゴローは謎知識に照らし合わせて『紅茶』と思ったのだが、こちらでは何と呼ばれているのかよく知らないのだ。
が、そんな疑問もすぐに解消する。
「さあさあ、紅茶が冷めないうちにどうぞ」
とマリアンが勧めてくれたからである。
「あ、いただきます」
勧められるままにゴローは紅茶を一口。
「……美味い……この紅茶、美味しいですね!」
「あらあら、ありがとうね」
「ふふふ、女房の淹れた紅茶は天下一品だからな!」
「あらあらあなた、持ち上げても何も出ませんよ」
「なにを言う。本当のことを言って何が悪い」
「はいはい、もう一杯お注ぎしますね」
「……」
砂糖を吐きそうだとゴローは思ったが、口には出さなかった。
口に出したら出したでサナが『お砂糖!?』とか言ってややこしいことになりそうだったからだ。
(口から出すのはセリフであって砂糖じゃないからな……)
などとゴローが考えていると、
「ふむふむ、母上もお元気そうで何よりだ。ライナもいい子にしているようだな……なるほどなるほど、ゴロー君たちには随分と世話になったのだな。これは礼をせねばなるまい」
手紙を読んだモーガンが、何やら考え込んでいた。
「……時にゴロー君、行商人見習いということだったが、今はどこに泊まっているのかな?」
口を開いたかと思うと、そんな言葉が飛び出してきた。
「ええと、環四北東……って言えばいいんでしたっけ? ……そこのマッツァ商会と知り合いなので、泊めてもらっています」
「ふむ、なるほど。なら、まだ家もしくは店は決まっていないのだな?」
「はい」
するとモーガンは、また少し考えた後にマリアンを手招きし、何やら小声で話を始めた。
「……あそこの家はどうなっておったかな? ……ふむ、そういうことか。ならば……」
耳を澄ませば、ゴローたちなら聞き取ることもできるのだが、特にその必要はなさそうなのでやめておく。
そしてサナは、紅茶と一緒に出されたクッキーを無心で食べていたのである。
「……ゴロー君、サナさん」
「は、はい」
「この町の北西の外れに、空き屋敷がある。そこを安く譲りたいのだが、どうかな?」
「ですからあなた、まず見てもらってからですよ」
どうやら、家を世話してもらえるようだ、とゴローは察した。
お金ならそこそこあるので、この王都の物価がとんでもなく高くない限り、買うことはできるだろう、と考える。
北西の外れ、というのも、静かでよさそうだ、とゴローは考えた。
「そこは、知人の持ち物だった屋敷なのだが、その知人は地方の領地に隠遁してしまってな。それで、気に入った相手がいたら売却して欲しいと言われ、管理を任されているのだよ」
「そうなんですのよ。お義母さまと娘がお世話になったことですし、ゴローさんたちならいいかなと思いまして」
モーガンとマリアンが説明してくれる。
「でも、知り合ったばかりなのに、いいんですか?」
少しだけ気になるゴローである。
「元々誰かに売りたいと言っていた屋敷だからな。それに、こう見えて、妻は人を見る目があるのだ。それがいいと言っているんだからいいのだよ」
「……そうですか」
光栄です、と言ってゴローは頭を下げたのである。
* * *
「……どうしてこうなった」
謎知識がそんなセリフを脳裏に描いてくれるのを感じながら、ゴローはモーガンに引きずられるように歩いていた。
「さあ、こっちだ! わははははは!」
いくら体格差があっても、ゴローが本気を出せばモーガンの5人や10人に引きずられることはないのだが。そこはそれ、厚意でしてくれていることなので流されているわけだ。
「ごめんなさいねえ、あの人、暑苦しくって」
「いえ」
一方、マリアンとサナはそんな2人のあとを付いて歩いていた。
モーガン邸から北西の角までは『北西通り』を行けるところまで行くだけ。その距離は2キル弱。歩いても30分掛からない距離だ。
「これだ」
「これは……」
城壁までは目と鼻の先。『北西通り』のどん詰まり。
そんな場所にあるその屋敷は、レンガの塀に囲まれた、これまたレンガ造りの洋館。
建物自体はそれほど大きくはないが、ゴローとサナ、それにティルダが住むとしたら、維持管理が少し大変かもしれない、と感じる程度だった。
庭の広さは、見えているだけでも1000坪はあるだろうか、とゴローは目算しながら、
(坪って何だっけ……そうか、3.3平方メルのことか……)
と頭の中で謎知識と会話をしていた。
その間にモーガンは門扉の鍵を開けてゴローたちを手招きしていた。
「さあ来い」
ゴローは屋敷内に足を踏み入れた。
「……ん?」
何か、空気が変わったような、僅かな違和感を感じた。
続いてサナとマリアンも敷地内にやって来た。
そして、
「……結界?」
と呟くサナ。
「おお! サナちゃん凄いな! 正解だよ!」
モーガンがびっくりした目でサナを見た。
「この屋敷には『屋敷妖精』がいるんだよ。そいつが屋敷全体を守ってくれているわけなんだが……」
結界に気づけるとは、かなり魔法適性が高くないと無理で、モーガンもマリアンも何も感じられないのだそうだ。
「『屋敷妖精』……見たんですか?」
「いや。『屋敷妖精』は、屋敷の主になった者に一度だけ姿を見せると言われているのだが」
モーガンが説明してくれた。
「私は預かっているだけなので見ていない。持ち主だった友人は見たことがあると言っていたからな。それを信じているのだ」
それに、手入れをしないのに家の中には埃が溜まらないし、傷みも少ないので、何かがいるのは間違いない、とモーガンは言った。
「それとも、そんな家は嫌か? なら、このまま帰るが」
そんなモーガンの言葉に、ゴローは首を横に振った。
「いいえ。興味が湧きましたよ」
(シルキーとか座敷童とは……どう違うんだろう?)
ゴローにとって、『屋敷妖精』という存在は非常に興味があった。
謎知識もそこまでは教えてくれないようであった。
「そうこなくてはな」
豪快に笑ったモーガンは、玄関の鍵を開けた。
「さあ、見てくれ」
「おお……お?」
玄関の扉を開けた先は、小広いホールになっており、そこにやけに古風……な感じの侍女服に身を包んだ少女が立っていたのだ。
とはいえ、『そう見える』ていどの薄ぼんやりした輪郭でしかないが。
その少女は綺麗なお辞儀をして、口を開いた。
〈お帰りなさいませ、ご主人様〉
(ここは侍女喫茶かっ!)
……と思わず叫びそうになったゴローだったが、
「キ、キ、『屋敷妖精』……?」
隣にいるモーガンが目を丸く見開いているのに気が付き、落ち着きを取り戻した。
(やっぱりあれが『屋敷妖精』か)
〈どうぞ、お入りください〉
「うん」
一方、サナは特に驚いたりせず、普通に『屋敷妖精』に接している。
「あなた、名前は?」
〈今はありません。新しいご主人様に付けていただいております〉
「んー…………ゴロー、付けてあげて」
「え、俺?」
「そう。私みたいに」
「うーん……」
『屋敷妖精』だからキキ、と安易なことを言いそうになったが、危ういところでゴローは踏みとどまった。
「じゃあ、マリーで」
〈ありがとうございます、ご主人様。これより私はマリーと名乗ります〉
その瞬間、『屋敷妖精』の身体が淡く発光した。
そして、透けて見えるほど薄かったマリーの輪郭がハッキリした。
その姿は黒目黒髪で、古風な侍女服に身を包んだ10歳前後の女の子に見える。
「どうぞよろしくお願い致します」
改めて、綺麗なお辞儀をする女の子、いやマリー。
「…………」
「……」
モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、ただあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。
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次回更新は10月17日(木)14:00の予定です。
20191203 修正
(誤)モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、だたあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。
(正)モーガンとマリアンの夫妻は、そんな様子を、ただあんぐりと口を開いて見つめていたのであった。




