01-41 教会
ちょっと流血表現あり注意
気絶した『ヘルイーグル』を、ゴローは抱き上げた。
「とにかく、介抱してみよう。懐かなかったらその時に考えることにして」
「うん、いいと思う。もし懐かなくても、飼い主のところへ戻るだけ。……その時にあとをつければ、飼い主がわかる」
「お、おう」
どっちに転んでも問題ないというサナに、ゴローは少し驚いた。
(そんな冷静な面もあったんだな……)
「ゴロー、何か失礼なこと、考えてない?」
「い、いや」
念話は切っていたはずなのに、感付かれかけてゴローは焦った。
「そう? なら、いい。……帰ったら、ラスクと芋チップス」
「はいはい」
ゴローは溜め息をつき、『ヘルイーグル』を抱えて歩き出した。
ゴローの腕の中で『ヘルイーグル』はおとなしくしている。
こうしていると可愛いかもしれないな、とゴローは思い始めていた。
そしてそれはサナも同じだったらしく、
「飼うと、可愛いかも」
と言い出す。
さっきは容赦なく叩き落としたくせに、とゴローが言うと、サナは反論した。
「向かってくるなら躊躇いはない。でも、庇護下に入れば、別」
「そういうものか」
「そういうもの」
(窮鳥懐に入れば猟師も殺さず、と言うしな……)
と、そこへ、超高速で何か小さなものが飛んできた。
「痛てっ」
1つはゴローの額に、もう1つは……。
「あっ」
ゴローが抱えた『ヘルイーグル』を貫いていた。
ぐぇっ、とも言わず、『ヘルイーグル』は事切れた。
「あ……」
サナも残念そうな顔をした。
「どこからだ!?」
「わからない。魔力も気配も感じなかった」
身構えるゴローとサナ。
だが、それきりなにも飛んでは来ない。
門の側での出来事だったが、門兵は自分たちには関わりないことと、知らん顔を決め込んでいるようだ。
ゴローとしても、それはそれで構わないのだが……。
「……やられた。捕まえた『ヘルイーグル』を口封じされた」
この場合、『口』封じと言っていいのか、ということは置いておいて、何者かが潜んでいることは間違いない。
「だけど……」
王城の門の周辺はちょっとした広場というか、たいした建物はない。
「射線から見て、あそこじゃないかとも思うんだが」
ゴローが睨んだのは500メルほど先に建っている尖塔。教会っぽい建物だ。
「うん、あれくらい遠くからなら、気配が感じられないのは当然。でも、何が飛んできたの?」
「そうだ、それだな」
1つは『ヘルイーグル』を貫いてゴローの脇腹に当たって止まっていた。
もう1つはゴローの額に当たって地面に転がったはずである。
「あった」
地面の方はサナが見つけてくれた。
ゴローは『ヘルイーグル』の血に染まったそれを手のひらに載せた。
「……玉?」
直径8ミルほどの金属製の玉だった。
「弾だな」
ゴローはそれが『銃』のようなもので発射された『弾丸』ではないかと推測した。
「それも謎知識?」
「そうだと思う」
その段階で、血を流している『ヘルイーグル』を抱えて突っ立っている異様さを自覚したゴローは、とりあえずその場を離れることにした。
「可哀想なことをしたな」
「うん……」
おや、とゴローは思った。
『ヘルイーグル』に容赦なかったサナであるが、こうなってしまうと、やはり可哀想だと思うようだ、と。
(ハカセが言っていたように、少しずつ感情が豊かになってきたのかな……)
とりあえずゴローは、馬車にいた店員のレナートに、
「これ、どうしたらいいと思う?」
と、聞いてみることにした。
すると、
「『ヘルイーグル』の羽毛は売れますので、こちらで処理しておきますよ」
と言うので、レナートに任せることにしたゴローとサナであった。
「可哀想だが、しょうがない」
「うん。あとは、土に埋めてあげて」
サナはレナートに頼んだ。レナートも、少し寂しそうなサナを見て頷いた。
「わかりました」
* * *
「な、なんだ、なんだ、あいつらはっ!」
500メル離れた教会の尖塔では、1人の男が驚愕の声を漏らしていた。
「……女は『ヘルイーグル』を叩き落とすし、男の方は頭に弾を喰らって平気な顔をしているだと? 人間か、やつらは!?」
実は人間ではなく人造生命だとは知る由もない。
「とにかく、虎の子の『ヘルイーグル』まで使ったってえのに、失敗したなんて大損だぜ」
そして男は小脇に抱えた『銃』を布でくるみ、着ていたローブの下に隠すと、下へと続く階段を下りていったのである。誰に会うこともなく。
……というのも、その階段は一般には開放されていない、関係者だけが使えるものだったからだ。
「おや、司祭様、望楼に行っておられたので?」
侍祭(雑用係)が尋ねた。
「うむ。高いところで瞑想すると、神のご意志に僅かでも近づける気がするのだ」
「ははあ、そういうものですか」
「ではな」
司祭と呼ばれた、ローブの男は自分の部屋に入った。
そして床下の隠し倉庫に、布にくるんだ『銃』をしまったのであった。
* * *
ゴローとサナは、『北通り』を歩いていった。
〈ゴロー、さっき『銃』って言ったけど、それって細長い弾丸を撃ち出すんじゃなかったの?〉
念話でサナが尋ねてきた。
〈ああ、そうか。サナと『ハカセ』には、そっちの話しかしていなかったものな〉
かつてゴローは『謎知識』にあった『銃』の話も語っていたのだった。
が、銃身にライフリング(銃身内に施された螺旋状の溝)の施された銃の話がメインであったため、サナも、丸い弾丸を見てすぐに銃と結びつけられなかったのだろう。
〈あれも多分銃だよ。ちょっと原始的な〉
〈原始的? 型が古い、という意味?〉
〈まあそうだ。 弾が丸いと、銃身にライフリングを施さなくていいから、作りやすいんだよ〉
〈作りやすいといっても、銃なんて、誰が作ったのか……〉
〈そうだな〉
サナの懸念ももっともだった。
丸い弾丸だったのと、長距離——旧式の銃にとっては——だったため、ゴローも『痛い』で済んだが、近距離だったらどうなっていたか。
人造生命である自分たちを脅かす武器が存在する、ということに、ちょっとだけ気を引き締めるゴローだった。
が。
〈ゴロー、さっきの弾、当たったとき、痛かった?〉
〈え? うん、まあ、そこそこ痛かったけど〉
〈なら、『剛体化』を覚えると、いい〉
〈『剛体化』?〉
〈そう。例えば『丈夫に』。身体強化系の初歩、ゴローにはまだ、教えてない〉
1.5倍から2倍に強化されるという。
〈それって、頑丈さもか?〉
〈うん〉
〈そうか……是非教えてくれ〉
〈わかった。それじゃあ、今日の夜にでも〉
〈おう〉
そして2人は歩いていく。
次第に建物の密度が増し、店が増えてきた。
「で、この町に、住むの?」
「そう思ってる。でも、どこにするかは全然決まってないな」
ティルダの工房も一緒に作りたいから、ある程度大きな家、あるいは広い敷地が欲しいと思っている。
「そうなると中心部じゃなく辺縁部だろうしな」
「マッツァ商会の近くでもいい?」
「それは構わないと思う」
そして2人は、先程見た尖塔のある建物にやって来た。
「教会、か……」
「単に教会、って書いてある」
「ということは、他の宗教はないか、ここがもの凄くメジャーなんだろうな」
宗教ではなく山岳会では、The Alpine Clubというときには英国山岳会をさす。
世界で最も古く伝統ある山岳会である。
他の国では、例えば日本山岳会、The Japanese Alpine Clubというように、国名や地方名を冠することになる。
(……本当に謎な知識だ)
ゴローは謎に首を傾げつつも感謝している。
「見ていく?」
「いや、やめておこう」
「わかった」
というわけで、2人は『教会』の前を素通りしていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月13日(日)14:00の予定です。
20191010 修正
(旧)その時に後を付ければ、飼い主がわかる」
(新)その時にあとをつければ、飼い主がわかる」




